第88話 投降兵の扱い
安全を取るなら、投降を認めず、全員殺したほうが確実だ。とはいえ、すでに戦いを続けるという雰囲気でもないんだよな。ハリムに恨みを持つファンガたちでさえ、戦う意思がない彼らを殺害する気はないようだ。今さら皆殺しなんて指示をしたらかえって士気を落としそうだ。俺だって、そんなことしたいわけじゃないしな。
だが、そうなると本当に扱いに困る。
放置は論外だ。今は形勢不利で戦意を失っているが、落ち着けばまた武器を手に取って戦列に加わる可能性は否定できない。王宮に突入したとき、前後から敵に挟まれると最悪だ。
拘束すれば少しは安心できるが、問題もある。まずは拘束するための道具がない。ロープで十分だが、この人数分となるとそれも難しい。敵戦力を削るためにとはいえ、手間がかかりすぎるのだ。俺たちが去ったあと、敵兵が彼らを発見して解放してしまうことも考えられる。時間のロスに対して、有効性は微妙。見張りに人員がとれるならともかく、少数で潜入している今、積極的に取りたい手段じゃないな。
どうするか考えあぐねていると、ピエールがやってきて囁く。
「警戒を。誰か来ます」
ぼんやりしていた俺と違い、ファンガたち獣人兵は気づいているようだ。困惑を消して、みな険しい顔で身構えていた。一部は投降兵のそばにつき、残りは城門に向かって右手側を睨んでいる。
「兵か?」
「そういう感じではありませんな。足音の数は二つ。こちらを刺激しないようにゆっくりと歩いてきます。先ほどの戦いの最中、視線を感じておりましたので、その者らだと思いますが」
ピエールの答えを聞いて、余計にわからなくなる。この状況で兵でもないのに、こちらに寄ってくる者がいるとは思えないんだが。
「止まれ! 何者だ!」
ファンガが誰何する。すると、暗闇から、どこか楽しげな声が返ってきた。
「まさか、そのように問われるとはね。それは本来、私のセリフだと思うが」
まぁ、それはそう。侵入者はこちらだからな。とはいえ、この状況でそんな軽口が叩けるのはなかなか肝が座っている。
「答える気がないってことでいいか?」
「ああ、いや、すまない。私はディラード。この国の第一王子といえばわかりやすいかな」
ファンガの威圧的な問いにも、暗闇からの声は飄々と応じる。
しかし、第一王子だって? 本物か?
普通に考えれば、ありえない。だが、声を聞いた投降兵たちがざわついている。心を折られてしょぼくれていた彼らだが、声の主が登場したことによって、奮い立っている気配がする。
だが、その彼らの気を鎮めたのも、暗闇からの声だった。
「ああ、兵ら諸君。私は戦いに来たわけじゃないんだ。だから、大人しくしてくれよ」
声は静かだが、有無を言わさぬ威厳に満ちている。途端に、投降兵から戦意が消えた。
「さて、私は交渉がしたい。もう少しそちらに寄ってもいいかな?」
要求に対して、ファンガが確認の目配せを寄越した。相手は二人。そして、先ほどの行動から戦う意志はなさそうだ。ならば良かろうと、頷いて肯定を示す。
「……いいだろう」
「では、そちらに向かう」
ゆっくりとした足取りで篝火の明かりの前に姿を表したのは、王子と思われる若い男と、屈強そうな大男だった。
「あら、あなたは」
「てめぇは!」
直後、二人の声が重なる。声を上げたのはイザベラとファンガだ。あまり接点がなさそうな二人だな。
「君は……そうか、君はそちら側の人だったか。獣人には見えないが」
王子がイザベラに苦笑いを向ける。
「そりゃそうでしょうね。獣人ではないもの。こちらこそ、あなたが王子とは思わなかったわ」
「まぁ、王子にふさわしい振る舞いをしろと、よく怒られているよ」
イザベラと王子は互いの立場を知らぬまま、知り合ったようだな。だが、いったいどこで?
「潜伏中、イザベラが傭兵たちに絡まれて、そのときに仲裁に入ったのがアイツです」
ルイがこっそり耳打ちしてくる。なるほど……と納得しかけて、首を捻る。それもまた奇妙な話だな。なんで、王子が街中に出てるんだ。立場を把握していなかったってことはお忍びでってことだよな。ああいうのって、物語の中の話じゃなかったのか。
ああでも、うちの村にも一時期エステラの王女様が滞在していたな。そのときは普通に出歩いていたし、意外にあることなのかもしれない。
一方、ファンガのほうはまた別口らしい。
「お前……ダントンとか言ったか? なんでこんなところにいるんだ?」
「それは、私にもよくわからん。そろそろ復隊しなければと思っているんだが……」
大男はダントンと言うらしい。どこかで聞いた名前だなと思ったら、アブジンが「補給基地の隊長だ」と教えてくれた。そう言えば、補給物資を焼いたときに敵方に強敵がいたという報告で聞いたんだったか。
しかし、補給基地の隊長がなぜここに? あの村からは撤退したが、アルテヒルのそばに新たな基地を作ったはずだが。
「まぁ、そう言わないでくれダントン。父に反対してから、私に従う者は遠ざけられてしまった。君の手を借りなければ何もできないんだ」
「はっ……」
よくわからんが、本来の指揮系統を無視して、王子が便利使いしているようだ。ダントンは苦労人って感じだな。
そして、王子は父王と対立している。ただまぁ、あえて聞かせた感じなので、それを完全に信じるわけにはいかないな。
「それで交渉というのは?」
話が脱線していたので、元に戻そうと声をかける。すると、王子は「おや」という顔をして、人の配置を見てから「なるほど」と呟いた。
「あなたが代表者かな?」
「まぁ……そうかな」
迂闊に口を挟むべきではなかったか。だが、ファンガは交渉事を苦手としているからな。どのみち、俺が方針を考える役割なのはバレただろうから、気にしても仕方がない。
「あなたがたは投降した兵の扱いを決めかねているようだ。多数の捕虜を管理できないが、放置もできない。そんなところかな?」
「……ああ」
王子が核心をついてくる。誤魔化しても意味がないだろうから素直に答えると、王子は満足そうに頷く。
「そこで私から提案だ。兵らを解放してくれれば、私が代わりに人質になろう」
「なっ!?」
王子の提案にあちこちから驚きの声が上がった。




