第87話 圧勝したものの……
よし、狙い通り、傭兵たちが崩れたな。
煙と音で“蠢きの巨人”を演出してやると、傭兵の半分くらいが怯えだした。森を攻めてきた奴らか、それともスキルツリー伐採に同行していた奴らか。いずれにせよ、“巨人”と出くわしたことがある連中だろう。妖精不在で“巨人”本体を操ることはできなかったが、夜の闇がうまく恐怖感を煽ってくれたようだ。
誰かが逃げ出せば、崩れるまではあっという間だった。まずは、巨人に士気を挫かれた奴らが逃げ、それに釣られるように他の連中も逃げはじめた。誰だって貧乏くじは引きたくない。王国の危機なんて、傭兵にとっては他人事だからな。不利と思えば簡単に逃げ出すってわけだ。
「情けない……いや、これが傭兵なのか。むむ……」
俺の護衛をピエールから引き継いだルーマがボヤている。今さらながら、傭兵のあり方を知ったらしい。
さて、そのピエールだが、ルイ、イザベラとともに城壁を越えて、敵射手に攻撃を仕掛けるべく動いている。一度は却下しようと考えた危険な策だが、ピエールが今ならば実行可能と踏んだのだ。“巨人”の出現に近衛軍も慌てている。どうにか傭兵らを踏みとどまらせようとしているが、効果は上がっていない。焦りと恐怖で奴らの視野も狭まっているはずだ。そこを狙おうというわけだな。
「ぐぁ!?」
「何、いつの間に!」
「後ろだ! 後ろに敵がいるぞ!」
狙い通り、ピエールたちの奇襲が決まったようだ。しかし、動揺しているとはいえ、未だ敵は多数。いくら古代種が身体能力に優れているとはいえ、三人で柵後方の敵を制圧するのは無謀だ。なので、当然対策は立ててある。
「アブジン」
「任せろ!」
毎度同じ手で芸がないが、困ったときの魔剣頼みだ。ピエールたちの後方撹乱によって射手は混乱している。こちら側への警戒は薄い。結果、アブジンは攻撃を受けることなく魔剣を振るうことができた。
虚空に生じた黒刃は防御柵を軽々と吹き飛ばす。巻き込まれた兵らも無事ではない。さらに魔剣は振るわれ、都合三度黒刃が近衛兵を蹂躙する。
「よし、俺たちも行くぞ!」
ファンガの掛け声とともに、獣人たちも城門前に突入していく。兵数で言えば、まだこちらが不利。だが、次々と討ち取られていくのは敵のほうだ。浮足立った近衛兵たちはまともに抗戦できていない。
戦闘能力の差もあるが、より影響が大きいのは士気の差だろうな。こちらは、ハリム王の理不尽な政策によって故郷を追い出された獣人兵が主体だ。かつての恨みを晴らさんと、実力以上の力を発揮しているように思える。
一方、敵軍の士気はガタ落ちだ。近衛だけあって王への忠誠心も高く、当初は王都防衛に燃えていたようだが、それも過去のこと。傭兵の逃亡、後方からの撹乱、そして魔剣による蹂躙。度重なる想定外の出来事に心が折れた者もいるようだ。
「むぅ……」
「どうしたんだ、ルーマ」
戦いは順調に推移しているが、護衛のルーマは落ち着かない様子だ。気になって声をかけたが、答えたのはローニーだった。
「気にしないでください。発作みたいなものですから」
発作……?
ルーマは何か病気を患っているのか?
意味がわからず困惑するが、ローニーからの説明はそれだけのようだ。代わりに、ルーマを軽く睨みつけた。
「ルーマ、わかってるわよね?」
「わかっているとも。我々の任務は護衛だ」
「わかってるならいいんだけどね……」
ハキハキと答えるルーマにジト目を向けたあと、ローニーがこれ見よがしにため息を吐く。よくわからないが、苦労しているようだ。表向きの団長はルーマだが、実際に取り仕切っているのはローニーらしいからな。
そのやり取りを見ていると、ウェルがスススと近づいてきて囁く。
「ルーマはバトルマニア……」
「なるほど」
つまりは戦いたくてうずうずしていたわけか。とはいえ、今は護衛任務中。勝手に飛び出していかないように、ローニーは釘を刺したようだ。
俺が頷くと、ウェルもかすかに首を縦に動かしたあと、近づいたときと同じようにスススとも持ち場に戻っていった。わざわざ、説明のために移動してきてくれたらしい。
いや、普通に喋ってくれれば、聞こえるんだけどな。ウェルはウェルで癖があるみたいだ。
残る一人であるラピードについてもよく知らない。かなり無口らしく、ほとんど喋っているところを見たことがない。今だって、一人無言で佇んでいる。もちろん護衛中なので至極真っ当な態度なのだが、ラピードの場合、いついかなるときもこうである。
たしか、ピコに挨拶したときは喋ってたよな。子どもが相手だったからだろうか。でも、他の子相手には無言で通していたんだよなぁ。もしかして、あれは相当珍しいことだったのか?
なんとなく観察していると、見られていることに気がついたようだ。ラピードが少し首をかしげたあと、ゆっくり頷いた。
「良い作戦だった」
「あ、ああ。ありがとう」
礼を言うと、また頷いて無言に戻る。どうしてそういう結論に至ったかわからないが、褒められたようだ。
と、そうこうしている間に、城門前の戦いに決着がついた。敵兵は負傷者多数で戦えなくなり降伏したらしい。
「旦那、どうするよ?」
投降した兵の扱いに困ったらしいファンガから相談を受けるが、俺としても良案は思い浮かばない。
「俺たちは少数だからな……」
多くが手傷を負い、すっかり士気が落ちているとはいえ、投降兵のほうが数が多いのだ。捕虜に取るなんてことはできないよな。




