第86話 城門前の敵
燃える建物を脱してからは、とにかく王宮に向けて走る。潜伏している間に地形を把握したイザベラが先導してくれるので、迷うことはない。
「ケント様、うまくやりましたな」
並走するピエールが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。しかし、視線がちらりと後方に向くのを見て、意図を理解する。
「別にそんなつもりはなかったんだけどな」
俺が火事だと叫んだせいで、後方に混乱が生じている。おかげで、俺たちの追撃にまで手が回っていないようだ。狙ったわけではないが、結果として、俺たちに有利に働いている。
最初の襲撃以来、まとまった数の兵と鉢合わせてはいない。スキルツリーの伐採に走り回っていたと思われる斧を担いだ数人の兵と何度か出くわしたが、そいつらはファンガたちがあっという間に撃退した。残る兵は王宮で待ち構えているのだろう。かなり減らしたとはいえ数百は残っているはずだ。なかなか厳しい戦いになるかもしれない。
「もうすぐメインストリートに出るわ。王宮は目の前よ」
先導するイザベラが目的地への接近を知らせる。その言葉通り、俺たちは道幅が大きな通りになだれ込む。右手側が王宮だ。篝火が燦々と辺りを照らし、その一帯だけが真昼のように明るい。
敵は守りを固めているようだ。城門の前に設置型の柵が用意されているのがわかる。
「思ったよりも兵が多いな」
「どうやら傭兵で水増ししているようですな。懲りない奴らです」
アブジンの言葉にピエールが応じる。
柵の前に傭兵。後ろに近衛軍が待ち構えているようだ。
「獣人どもを王宮に近寄らせるな! 射撃開始!」
敵指揮官の号令が響く。
「マズい、矢がくるぞ! 物陰に身を隠せ!」
ファンガの指示で散開する。反応が遅れた俺は、ピエールによって近くの路地に放り投げられた。
「失礼しました」
「いや、助かった」
ピエールがいてくれて助かった。あのままだとハリネズミになっていたかもしれない。改めて、戦場に立っていることを思い知らされる。
「ふむ。傭兵どもは仕掛けてきませんか。守りに徹するようです。なかなか厄介ですな」
ピエールが大通りから顔を出して、敵の様子を確認する。傭兵たちは動かず柵を守っているようだ。そのため、射手を排除するのが難しい。
「どうします? 俺たちなら壁を越えられると思いますけど」
ルイが後方に回って、射手に仕掛けようかと提案してくる。ここの城壁は六mくらいはありそうだが、古代種の身体能力であればどうにか越えられないこともないようだ。
だが、見張りもいるだろうから、簡単にはいかないはずだ。仮にうまく壁越えできたところで、少数で柵の後ろに控える兵を相手にするのは厳しいだろう。少なくとも、射手の注意を逸らす何かがなければ危険だ。
ここはアブジンの出番か。しかし、柵を破壊している間に矢を射られれば、アブジンといえども無事では済まないだろう。
「傭兵が邪魔だな」
嫌らしい配置だ。せめて傭兵を散らせればどうにかできると思うんだが。
うーん。傭兵といえば、“蠢きの巨人”作戦が有効なんだが、残念ながら今回の作戦には連れてきていない。接木によってできる飛び地の支配地にも帰還魔法による転移で連れてくることはできるが、その状況でスキルツリーが伐採されると、どうなるかわからない。もし命に関わるようなことがあれば大変なので、今回は置いてきたのだ。
しかし、そうだな。これまで、傭兵連中には散々巨人の恐ろしさを刷り込んできた。今ならば、巨人の姿が見えなくても、彼らの恐怖感を呼び起こすことはできるかもしれない。
「ルイ。イザベラと話はできるか?」
「はい、つながったままなので」
矢を避けるために分散したので作戦共有が大変だが、イザベラとルイのおかげでどうにかなりそうだ。
◆
とある傭兵視点
エステラ攻めに加勢し、しっかり略奪に励んだおかげで懐もかなり暖まった。しばらくはあくせく働く必要もない。冬の間はハリムの王都で羽を伸ばして、雪が溶けたらおさらばしよう。そう考えていたんだが、甘かったか。
なんでも、ハリムは今、侵略を受けているらしい。敵はかつて国内にいた獣人どもの生き残りって話だ。エステラを攻める前に不穏分子として排除しようとしたそうだが、結果逆襲されてるんだからとんだ笑い話にしかならない。
国の事情なんぞ傭兵には関係ないから、鼻で笑っておしまい……にできれば良かったんだが、そうもいかなかった。
王国軍の奴ら、相当追い込まれてるらしく、王都に残っている傭兵全員に動員をかけてきやがった。
俺たちは傭兵だ。そんな指示に従う義理なんざない。だが、従わない場合は王都からの一時立ち退きを要請された。なんだかんだ理由をつけていたが、まぁ単純に嫌がらせだな。これが地味に対処に困る対応だった。
逆賊として討つとかだったら、他の傭兵を巻き込んで蜂起するところだ。しかし、街から出ていけば、金にならない戦いは避けられる。とはいえ、この時期に集団で移動するのもツラい。なので、渋々ながら仕事を受けるかって流れになった。報酬もケチな王様にしてはそこそこ弾んでくれるようだったからな。他にも同じように考える傭兵団は多く、そこそこの人数が集まったようだ。
襲撃は真夜中だった。敵は小勢と聞いていたので、夜襲を仕掛けてくれることは折り込み済み。万全の体勢で迎え撃つことができた。
闇の中から現れたのは、五十人ほどの小集団だ。傭兵だけでも数では圧倒している。鉄壁の布陣に守られた兵に矢を射掛けられた連中は、物陰に隠れたまま身動きが取れないらしい。これなら、怪我することなく戦いを終えられそうだな。柵の前で立ってるだけで金が得られるなんてボロい仕事だぜ。
内心でほくそ笑んでいると、ひんやりとした風が足元を吹き抜けていった。この時期の夜風は堪える。冷えると動きが鈍るので、十分に対策をしているのだが、それにしても寒い。
「お、おい、これって……」
「煙か……?」
「い、いや、まさか、な?」
誰かが怯えた声で言った。よく見れば、たしかに足元を白い煙が漂っている。煙はひんやりと冷たい風によって流れてくるようだ。
その直後だ。不気味な笑い声が聞こえてきたのは。
「ひぃ!?」
「おい、この声って!」
「あ……ああ、ああ! 巨人だ! 巨人が来るぞ!」
ざわめきが大きくなる。よその団員らしい男がガタガタ震え出し、別の男はその場にへたり込んでしまう。
「聞いてねぇよ! 巨人が出るなんて!」
「駄目だ、勝てねぇ! 俺の仲間は巨人に食われたんだ!」
「や、やってられるか! 俺たちは撤退するぞ!」
恐怖に耐えかねて、あちこちで逃亡者が出はじめた。柵の向こうから逃げるなと怒声が届くが、安全な場所に身を隠している奴らの言葉が届くわけもない。
「おい、マジかよ。巨人ってあの噂のだよな」
同じ団の奴が、信じらないって顔で囁いてくる。気持ちは同じだ。どう考えても与太話にしか聞こえないバカげた噂話だったが、こうも信じている奴らが多いとは。だが、恥も外聞もなく逃げ出す連中を見ると、あながち与太話とは言い切れなくなってきた。
だが、噂が嘘でも真実でも関係ない。重要なのは、今なお逃亡者が続いているってことだ。このまま手をこまねいていれば、少数で襲撃者と対峙するハメになる。この混乱ではまともな迎撃はできないだろう。下手すればここで命を失うことになる。
金銭的な余裕は十分にあるのだ。ここで、命を張る意味はない。
「俺たちも撤退だ。速やかにここを離れるぞ」
うちの団長も同じ判断をしたらしい。反論などあるわけもなく、俺たちは静かに持ち場を離れ、暗がりに身を隠しながら撤退した。




