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第85話 敵の火計

 九往復目。これが最後の運搬になる。最後はルーマ傭兵団の面々だ。すでに近衛軍が動いていることは伝えてあるので、余計な言葉はなく、淡々と転移を実行する。


「押せ、敵は少数だ! 獣人どもの首を陛下に捧げるのだ!」


 転移した瞬間、物騒な言葉が耳に飛び込んでくる。どうやらハリムの兵が踏み込んできたようだ。


「ケント様」


 目ざとく俺に気づいたピエールが音もなくそばに寄ってきた。


「これで全員運び終えた。こっちの状況は?」

「攻め寄せてくるのは少数ですね。せいぜい三十人ほどでしょうか。扉を挟んだ攻防なので、どちらも攻めあぐねています」

「それはまずいな。いや、そうでもないのか?」


 ここは敵の本拠地だ。時間が経てば敵の増援が駆けつけてくるのは間違いない。今は人数的に優位でも、いずれ逆転されるのは目に見えている。


 さて、どうするか。兵数差が覆ったところで、その有利を活かせる状況ではないとも言える。戦線となるのが扉付近しかないので、人数差で押しつぶすことができないのだ。少しずつ安全に敵戦力を削れると考えれば、むしろこちらに有利かもしれない。


 ただ、敵方はその可能性に気づいていないのだろうか。勇ましい掛け声は聞こえてくるが、そのわりに積極的に踏み込んでくる様子はない。どちらかといえば、守備的な動きで、こちらを殲滅するというよりは逃げ道を塞いでいるといった感じだ。増援を待っていると考えれば不自然な動きではないが、どうも嫌な予感がする。


「これは……ケント様、火です!」

「嘘だろ!?」


 ルイが指さす奥側の壁を見えば、本当に火の手が上がっている。どうやら、入口で戦っている奴らが気を引いている間に建物ごと焼いてしまおうというつもりらしい。


 おいおい、正気か。端のほうとはいえ、ここは商業区の一画だぞ。他に燃え移ったらどうするつもりだよ!?


 幸い、気づくのが早かったので、燃えているのは壁の一部だ。しかし、勢いが強い。飲み水魔法程度では消火が追いつかないだろうな。このままでは蒸し焼きだ。


「仕方ない。アブジン、正面の兵に向かって魔剣をぶっ放してくれ。できれば建物が崩れない程度に」

「細かい調整は難しいんだがなぁ」


 威力過剰の魔剣を建物内で使うと倒壊を招いてしまいそうで怖いが、背に腹は変えられない。アブジンがうまくやってくれることを祈ろう。


「ファンガ、避けろよ!」


 ファンガに声をかけたあと、アブジンが魔剣を振るう。悲鳴のような声を上げながら避けるファンガの脇を黒刃が駆け抜ける。直後、建物の外からいくつもの悲鳴が上がった。避けきれず数名のハリム兵が犠牲になったらしい。ついでに、玄関も大破している。それでも、破損の範囲はそれほどではないので、ある程度威力を抑えてはくれたのだろう。


「アブジン、この馬鹿野郎が!」

「文句は後で聞く!」


 ファンガの非難をあっさりスルーして、アブジンが破損した玄関から外へ飛び出す。敵に追い打ちをかけるつもりらしい。


「な、なんと……恐ろしい威力だ」

「あ、あんなもの、人の手に扱えるものなの……?」


 魔剣の威力を目の当たりにしたルーマとローニーが立ち尽くしている。言葉こそないが、ラピード、ウェルも同じだ。そういえば、初めて見るんだったか。


 そこに、外からアブジンの声がかかった。


「行けるぞ、ケント!」

「わかった! おい、呆然としている場合じゃないぞ」

「おっと、そうだったな」

「わ、わかっている!」


 それでも立ち直りは早い。声をかけると、すぐにハッとなって駆け出していく。


「ケント様は我々のあとに」

「頼む」


 ピエール、ルイ、イザベラに守られながら、俺は最後に建物を出た。真夜中だが、建物が燃える炎で、外は明るい。


 これだけ騒ぎになれば、周囲の住民が気づかないわけがない。建物の窓からこちらを窺っている気配がある。いやいや、そんなことしてる場合じゃないだろ。


「火事だ! 燃え移る前に逃げろ! 安心しろ、俺たちは兵以外に手は出さない!」


 効果があるかわからないが、叫びながら進む。ようやく危険に気づいたのか、後方が騒がしくなってきた。うまく逃げてくれればいいんだがな。



 ◆


「隊長! 封じ込め部隊が突破されました!」

「クソ! 何をやっている!」


 侵略者の殲滅を命じられた隊長は思わず罵りの言葉を吐いた。


 王国に未曾有の危機が訪れている。敵を排するため、あらゆる手段を尽くせ。それが王の指示だ。だからこそ、町中で火を放つという強硬策に出た。作戦を敵に悟らせてはならない。そのために周辺住民に避難させる時間すら惜しんだ。住民に犠牲が出ることもあるだろう。しかし、ここで侵略者を討たなければ、被害はさらに広がる。そう信じて。


 だが、民の犠牲すら許容した作戦はあっさり食い破られてしまった。入口を封鎖する部隊がこうも簡単に破られるとは想定外だ。いったい何があったというのか。


(壁を破壊して飛び出してくることを警戒して、兵を分散させていたことが徒となったか。いや、今さら悔いたところでどうにもならん。それよりも、ヤツらを食い止めねば)


「王宮に伝令を送れ! 火計は失敗、これより足止めに移る」

「はっ!」


 伝令兵を送り出したあと、さらなる指示を出す。


「正面に近い小隊は侵略者を追って後方から仕掛けろ! 残りは敵正面に回り込め!」


 とにかく、敵を食い止めなければならない。敵は小勢だが、あの聡明な王が警戒しているからには何かがあるはずだ。


 だが――――


「火事だ! 燃え移る前に逃げろ! 安心しろ、俺たちは兵以外に手は出さない!」


 侵略者の声が響く。


 それは民を心から案じたものか。それとも、こちらの兵を足止めするための策か。いずれにせよ、息を潜めて状況を見守っていた民らの危機感をその言葉が呼び起こした。


「逃げろ!」

「なんで、街中に火を放ったんだよ、くそ! 俺たちを何だと思ってるんだ!」

「馬鹿! 敵の言葉に踊らされるな!」

「道を塞ぐな!」

「それはこっちのセリフだ!」


 半ばパニックになって家から飛び出してきた者たちによって道が塞がれ、追撃部隊は身動きが取れなくなってしまった。


「隊長」


 どうしますかと視線で問うてくる部下に、隊長はゆっくりと首を振る。大義のために多少犠牲は仕方がないと考える彼も、逃げ惑う民に直接武器を振り下ろす決断はできなかった。ここに至っては、追撃は諦めざるをえない。


(火計に失敗したという伝令は送ったのだ。あとは、王宮警備の連中がうまくやってくれることを祈るしかない)


 隊長は意識を切り替える。


「これより消火活動に入る。兵以外は大人しくこの場を離れるように!」


 怪樹伐採のために駆り出された兵は百余り。最低限の目的は達成したものの、自身らの作戦によって建物火災の鎮火を優先せざるをえなくなる。結果として、ハリム王は多数の防衛戦力を削られることになった。



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