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第82話 シャボン玉の約束

 スキルツリーと“蠢きの巨人”で近衛軍を釣り出す作戦はそれなりにうまくいった。最初の近衛軍を撃退したあと、じわじわと王都に進軍しながら聖樹化を進める。伐採部隊が出てきたら、“蠢きの巨人”を出して返り討ちだ。最初は傭兵が主体だったが、徐々に協力する傭兵がいなくなったのか、最後はほぼ近衛軍だけになっていた。傭兵は逃げるに任せていたので、巨人の噂はすっかり広まっているのだろうな。


 正直な話、一度に多数の、それこそ近衛軍の半数を差し向けられていたら、こちらの被害も大きく計画をそのままの形で続行するのは難しかっただろう。だが、そうはならなかった。


 一応、そうなるように、こちらも手を尽くしていた。ピエールに動いてもらって、王都を挟んで逆側にもスキルツリーを設置してもらっていたのだ。敵からすると、厄介な状況だろうな。戦力を集中させすぎると、別の場所で発生したスキルツリーへの対応が遅れる。どうしても兵を小出しにせざるを得ないんだ。


 スキルツリーによる支配は、システム上のもの。領土を全て奪われてしまえば、勢力コマンドが使えなくなるというデメリットが生じるが、それまでは実害はない。思い切って放置するのがハリムとしては最良だった。とはいえ、心情的には難しいだろうな。なにせ、通知で支配を受けていることがはっきりと認識できてしまうから。


 ううむ。あまり役に立たない機能だと思ったが、心理的なプレッシャーを与えるという意味では意外と使えるかもしれんな。スキルツリーによる支配も。


 とはいえ、最近ではハリム側の動きも鈍くなってきた。こちらの思惑に気づいたのか、それとも心情的にこれ以上王宮の守りを減らしたくなかったのか。いずれにせよ、ここ数日は伐採部隊が出てくることはなくなってしまった。これでは戦力を削れないので、計画を次に進める頃合いだろう。


「ファンガ。ここらで切り上げよう」

「そうだな。兵がこないんじゃしょうがない。聖樹はどうするんだ?」

「……まぁ、そのままにしておこうか」


 スキルツリーの役目は敵を引きつけること。そういう意味では役割を終えているが、このまま放置しておくことにした。敵に利用されるのは望ましくないが、近衛軍は王宮に引きこもってるし、巨人を恐れる傭兵連中が近づくこともないだろうからな。


 逆に、周辺住民は気にせず集まってくる。巨人が現れてもお構いなしだ。兵は撃退しているが、住民たちには好きにさせているから危険はないと思っているみたいだな。そのせいか、住民の間には“豊穣の巨人”と呼ばれてるようになっている。スキルの実は巨人の恵みだということらしい。この国の兵と敵対しているのは知ってるだろうに、いいんだろうか。


 ともかく、ファンガからも賛同を得られたので一度撤収する。村への帰還前に、赤い狼煙を上げるのも忘れない。ピエールへの合図だ。


 各々で帰還魔法を使いアラヤ村に戻る。合図は無事伝わっていたらしく、ピエールはすでに村に戻っていた。それはいいのだが、何故かエプロン姿だ。


「その格好はどうしたんだ?」

「おっと、失礼しました。戦略上必要だったもので」


 何もおかしなことはないと言いたげな堂々たる態度でピエールが答える。エプロンが必要な戦略とはいったい何なのかとツッコミたい気持ちはどうにか抑え込んだ。どうせろくでもない答えが返ってくるに違いない。頼んだ仕事はしっかり果たしてくれたようなので、うるさくは言うまい。


「状況は?」

「ルーマの予測では半分くらいは釣り出せたんじゃないかって話だ。これ以上は効果がなさそうなので切り上げた」

「ということは、いよいよですか」

「ああ。アブジンを拾って王都に向かうぞ」


 大人数で向かっては見咎められるので少数で王都入りする計画だ。その後、王都に聖樹を作ってファンガたちを転移で運ぶ。聖樹ができたことはハリム王に伝わってしまうからそこからは時間との勝負だ。


「旦那。なるべく早く頼むぜ!」


 ファンガが獰猛な笑顔で俺の肩を叩く。ファンガだけじゃなくて、獣人たちはみな戦意が高い。待ち望んだ時がきたと言わんばかりの表情だ。


「ま、しばらくは体を休めてくれ。移動するにも数日がかりだからな。今からその調子じゃ体が持たないぞ」

「わかってはいるんだがなぁ」


 本当に大丈夫かよ。いざというとき疲労で役に立たないといのはやめてくれよ。


「にゃー」


 珍しくノアが声をかけてきた。


「ノアたちは村の守りを頼むな。ないとは思うが、こちらの意表をついてハリムが攻めてくるかもしれない」


 ハリム本国の兵は動かせないだろうが、エステラにはまだ大勢の兵がいる。それらを死招きの森に回さないとも限らないのだ。まぁ、ハリム兵が駐留しているのはエステラの王都より西側に偏っている。雪中行軍するには距離があるので、まずないだろうが。


「にゃ」


 どうでも良さそうに頷くノア。それよりもこっちに来いと言いたげに、テトテト歩いていく。ついていくと、淋しげな表情をしたピコがポツンと切り株の椅子に座っていた。

 

「ピコ」

「ケント……また、どこに行くの?」

「ああ、ごめんな。また、しばらく留守にする」

「……うん」


 聞き分けよく頷いてくれるけど、寂しそうな表情は消えない。そりゃそうだよな。


 ここしばらく相手をできていない。近衛軍の急襲に備えて、夜も家には戻らなかったので、こうして会うのも久しぶりだ。しかも、今回はレンも連れて行った。ノアたちがいるとはいえ、家にはピコ一人。本当に寂しかったのだろう。


 俺は駄目だな。ピコの親になったつもりだったけど、全然役目を果たせていなかった。敵への備えは必要でも、もう少しやりようはあったんじゃないかと思う。そこは反省しなければな。


 とはいえ、すでにハリムとの戦いははじまってしまった。できるだけ早く決着をつけなければ無駄に血が流れてしまう。それもまた無責任な行いだ。ピコには寂しい思いをさせるが、それでもやりきってしまわないと。


「ごめんな。できるだけ早く戻ってくるから。そしたら、一緒にシャボン玉を作って遊ぼうか」


 戦いに赴く前の約束って、なんか死亡フラグっぽいが、シャボン玉ならセーフだろ。たぶん。


「本当?」

「ああ、本当だよ。俺が戻るまでに、大きなシャボン玉を作るコツを見つけておいてくれ」

「うん! そしたら、ケントに教えてあげるね!」


 嬉しそうに笑うピコの頭を撫でる。これで少しは寂しさが紛れるといいんだけどな。

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