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第81話 作戦進行中

ピエール視点


 西の空に緑色の煙がたなびいているのが見える。


「ふむ。作戦は順調に進んでいるようですね」


 自然には見ない色の煙。あれは燻煙魔法によって生じる魔法の煙だ。ケント様はそれを狼煙として活用することを考えられた。赤色の狼煙が作戦停止、そして緑色は作戦継続の合図である。距離が離れすぎると見えなくなってしまうのが難点だが、それでも情報伝達速度に目を見張るものがある。距離のことも、中継する者がいればさほど問題にはならない。実際、私が確認しているあれもケント様が直接あげたものではなく、間にルイとイザベラが中継したもののはず。二人ともうまくやってくれたようだ。


「さて、では私も働きますか」


 と言っても、ケント様から頼まれたことは難しいことではない。ハリム東部に潜伏して、作戦継続の合図があれば、この地に聖樹を作れというものだ。敵地潜入と聞けば困難に思えるが、ほとんどの兵はエステラに遠征中で、敵の目は各地に行き届いていない。傭兵らしき姿をしていれば、堂々と歩き回れるのだから何の苦労もなかった。


 聖樹を作るには接木が必要だ。持ち歩いている袋から、穂木を取り出す。流石は聖樹というべきか、数日前に採取した枝だというのに、しなびた様子もない。これを適当な木にセットすれば、作業は終了だ。明日には、立派な聖樹となっていることだろう。


 敵地に聖樹を作って、何の意味があるのか。実はこの聖樹には、ケント様の影響力を強める効果があるそうだ。影響力とは何なのかと新たな疑問が生まれるが、今回の作戦にはあまり関係しないらしいので詳しくは聞いていない。重要なのは結果だ。影響力が高まれば、自然とハリムの王はそれを悟り、妨害してくるだろうということらしい。なぜハリムの王にそれを察することができるのかという新たな謎が生じるが、まぁそれも気にすまい。ケント様が不思議なことを仰るのは今にはじまったことではないので。


 ともかく、ケント様の狙いはハリム王に、兵を出させることだ。王の籠る宮殿に残る兵は多くはない。その多くはない兵をさらに削ることによって、守備を薄くし、襲撃をしやすくする算段のようだ。


 流石はケント様だ。普段はのほほんとしているが、なかなかの策略家であられる。私としてはその智謀を活かして、孤児たちの串焼きのクオリティをさらに上げて欲しいのだが……まぁ、このようなご時世なのでまずは戦か。平和が訪れれば、もう少し串焼きにも力を入れてくださるだろう。酒造りも考えているそうなので、そちらでもいいかもしれない。


 念のため、追加で二本、少し場所を離して接木しておく。三本あれば、いずれか一本は成功するだろう。今のところ、聖樹化に失敗したことはないらしいが、念には念を入れよとの指示だ。


 あとはハリムが兵を差し向けてくるのを見届けるまでがここでの任務となる。兵を引きつけることが目的なので防衛はしない。燻煙魔法で作戦成功を知らせてから、次の場所に移動して同じことを繰り返すのだ。


 非常に容易い任務だが、ひとつ耐え難いことがある。それは待機時間が長く、食事が大きく制限されることだ。聖樹があるので食事には困らないのだが……私は肉が食べたいのだ!


 ケント様からのご指示を蔑ろにするつもりはないが……果たして耐えられるだろうか? 耐えて耐えて耐えた末に食べる串焼きは至高だとケント様は仰っていた。それはそれで楽しみなのだが、果たしてそれまで私の肉への渇望が抑えきれるだろうか。


 聖樹化の際には当たり障りのないスキルが選ばれるのだが、今回用意されたのは【焼肉奉行】の実だ。それがまた私を悩ませる。


 はっ!?

 これはもしや、ケント様からの謎掛けではあるまいか。きっと、そうだ。ケント様はこの地にも串焼き屋台を出すことを望まれているのだ!


 例え、そうでなくともかまうまい。任務にあたって、私にはある程度の裁量が与えられている。任務遂行のために必要とあれば、現地民を雇って串焼き屋台を出しても問題あるまい。そう、これは私の士気を維持するために必要な措置だからな!


 そうと決まれば、急がねばなるまい。ハリム兵がくる前に形を整えておかねば! 従業員の選定に、調理の仕込み、肉の仕入れ……やることはたくさんあるぞ! 張り切らねばな!




イライザ視点


 街を歩きながら、周囲に視線をめぐらしていく。ハリムの王都、名前はキレヒレイと言ったかしら。そこそこ立派な街並みね。人も多い……のだけど、歩いているのはほとんど傭兵連中だわ。ヤツらが好き勝手するから、市民たちは出歩くのを控えているみたいね。哨戒の兵がほとんどいないことが、それには拍車をかけてるのでしょう。


 そのせいもあって、少し目立ってるわね。傭兵連中が不快な目を向けてくる。


 本当にイライラするわ。ぶん殴ってやろうかしら?


 いや、駄目よ。私は任務中なのだから。騒ぎを起こすわけにはいかないわ。


 ケント様から頂いた任務は、燻煙魔法による情報伝達の中継とハリムの王都の兵の出入りを監視すること、あとは然るべきときのために聖樹化させる樹を選定することね。


『燻煙魔法の中継は完了。一度戻るよ』

『わかったわ。私は今、商業区にいるわ』

『了解』


 テレパシーを繋いだままのルイから連絡が届いた。あっちは中継担当で、日中は主に街の外に出てるわ。頻繁に門を使うと怪しまれるから、市壁をよじ登って出入りしている。人手不足で見張りもろくにいないから、私たちの身体能力なら大した苦労はない。とはいえ、私の格好だと少し不都合があるからルイに押しつけたわ。スカートはこういうとき不便ね。


 私のテレパシーがもっと遠くまで届けば、燻煙魔法による中継なんてしなくてもよかったんだけどね。力を磨いていけば、いずれ伝達距離も伸びるのかしら? もっとケント様のお役に立てるように努力しなくてはね。


 王都に聖樹を作るのは最終作戦決行の直前、ケント様が王都入りしてからになるわ。聖樹は目立つから、事前に作ってしまっては警戒されるもの。決行日前日に接木をして、聖樹化後すぐにケント様が精鋭部隊を送り込む手筈になっているわ。


 できれば王宮に近い場所に設置したいけれど、近すぎると発見が早まって対処される。利便性と隠密性を両立させなくてはならないので意外と難しいのよ。しかも、元になる木が生えていないと駄目だ。まぁ、最悪の場合、よそから木を引っこ抜いて夜のうちに植えてしまえばいいかしら。


「よう、お嬢ちゃん。散歩かい?」


 はぁ、迂闊だったかしらね。樹を探して大通りを外れた場所を歩いていたら、数人の男たちに声をかけられてしまった。どうやらたちの悪いタイプの大人みたいね。まぁ、傭兵なんてこんなものなのでしょうけど。


 さて、どうしようかしら。ここは人通りが少ない場所だし、ここでならボコボコにしても目撃者はいない……あら?


「お前たち! 何をやっている!」


 残念。ストレス解消の機会は失われてしまったみたいね。傭兵連中の背後から大柄な男が現れて、大声を上げた。


 傭兵連中は怒鳴り返そうとしたようだけど、男の姿を見て怯んだようだ。本当につまらない。意気地がないわね。


 とはいえ、仕方がないかしら。あちらは武の心得のありそうな巨漢。うだつの上がらない下っ端傭兵では相手にならないわ。


「……別に何もしてねぇよ。なぁ、お嬢ちゃん?」

「知り合いか?」

「いえ、まったく」

「っち!」


 それでも未練がましく声をかけてきたけれど、知り合いではないとはっきり答えると、すごすご逃げていったわ。ボコボコにできなかったのは残念だけど、後の処理を考えると助かったわね。


「大丈夫だったかい、お嬢さん」


 と声をかけてきたのは、さっきの大男ではなく少年だった。と言っても、私よりはいくつか上でしょうけど。大男が壁になって見えなかっただけで、最初からいたみたいね。庶民風の服を着ているけど、質が良いので出自の良さが隠せていないわ。お忍びの貴族ってところかしら。となると、大男は護衛ね。


「お……若様。危険です!」

「何を言う、ダストン。お前の巨体ではご令嬢を怖がらせるだけだ」

「いや、しかし……」


 あら。ナンパ男と思ったけれど、気遣いだったみたい。もっとも、私はそんなこと気にしないけれどね。


「イザベラ、大丈夫か!」


 タイミングが良いのか悪いのか。ルイが合流してきたみたい。あの“大丈夫か”は私の心配ではなくて、誰か殴り倒して作戦を台無しにしてないかってことよね。まったく、私を何だと思っているのかしら。私だって、作戦の重要性はわかってるわ。まぁ、ほんのちょっと危なかったけれど。


「連れがいたのか。仲が良さそうだな。恋人かね?」

「「違う!」」


 お忍びの少年が妙なことを言うせいで、ハモっちゃったじゃない。ルイが恋人だなんてこと冗談にもならないわ。まぁ、それなりに長く一緒にいるから仲は悪くないと思うけれど。


「はは、そうか。それはすまなかった」


 少年は目を丸くしたあと、朗らかに笑う。貴族だとは思うけど、気さくな性格のようね。私が知っている貴族は傲慢なヤツらばかりだけど……今は違うのかしらね?


「あ、いえ。すみません。イザベラが世話になったようで助かりました」


 ルイがまるで私の保護者のように頭を下げる。なんだか納得いかないけれど、私もそれに合わせて頭を下げた。実際、少年たちの介入がなければ、傭兵連中をボコボコにしてルイの小言を聞かされることになっていたものね。


「助けになれたなら、よかった。しかし、今は街の治安があまりよろしくない。一人では出歩かないほうがいいですよ。では」


 少年がにこやかに笑みを浮かべて踵を返す。大男がぼやきながら、それに続く。


「あの、私はそろそろ補給基地に戻らなくては……」

「まぁ、そういうなダストン。もう少し付き合ってくれ」

「はぁ」


 どうやら少年が大男を振り回しているようね。補給基地というからには軍人なのかしら。まぁ、私たちの任務には関係がないわね。

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