第80話 凄まじき魔剣の威力
バナンザ視点
兵を率いて、ハリム王国との国境近くまでやってきた。実質的に指揮を取るのはアブジンだが、名目上は儂が総指揮官だ。そのため、老骨をおしてここまで移動する必要があったわけだ。
まったく年を取ると、ちょっとのことで疲れる。アラヤ一家が用意してくれた肉体強化の実とやらを食べたので、少しはマシになったのだがな。
まったく、どうしてこんなことになったのだかな。少しでも稼げればとはじめた投資が大成功して早期退職したのは良かったが、それはそれで暇な毎日だった。おかげで、50を間近にしてゲームにドはまりすることになったが、それでこんな妙な世界に転移することになるとは。平穏な毎日に飽き飽きしていたとはいえ、戦乱に身をおきたいとはまったく思っていなかったんだがね。
おっと、愚痴っている暇はない。儂らの目的はハリムの国境兵を引きつけること。できれば、国内の余剰戦力を引き付けることができれば尚良しといったところだ。あのなかなか愉快な盟主殿も働いていることだし、儂も怠けるわけにもいかん。
「ほ、本当にやるつもりなのか、バナンザ殿」
儂の隣に並ぶ男が声をかけてきた。ノルスルの隣接都市キンダイルの副市長のオーガンだ。ひょろ長で神経質そうな男だな。
「無論だ。でなければ、なんのためにここまでやってきたのだ」
「それはそうなのだが、ハリムを刺激するような真似をするなんて正気とは思えない。何かあれば、被害を受けるのはキンダイルなのですぞ!」
自由都市同盟の中でハリム王国との国境に近いのがキンダイルだ。オーガンの意見は杞憂とは言えんが。
「文句があるなら、デーケンスに言い給えよ。我らとともに兵を出すことを決めたのは、君の上役だぞ」
「そ、それはあなたが……!」
「話を持ちかけたのは儂だが、決めたのはヤツだ。そうだろ?」
自由都市同盟をまとめるため、手を尽くしている。一番最初に乗ってきたのが、キンダイルの市長デーケンスだった。ハリムの圧力を一番感じていたというのも理由のひとつだろうが、決め手は“アラヤの仙桃”だ。ヤツは儂よりも年だからな。体調には不安があったというわけだ。特に、あそこは後継者が若いからな。権力を引き継がせるまでに倒れるわけにはいかんと考えていたところに、良いものがあると囁いてやったら、協力的になった。同じ手で、いくつかの都市を手繰り寄せているので、早晩半数は儂の味方につくだろう。
とはいえ、完全に権力を掌握するには武力の行使も必要であろうがな。なかなか握った権力を手放すのは難しかろう。まぁ、そのために、各都市には戦いの行方を見届けるための人員を派遣するように言ってある。来ていないところもあるが、ほとんどは人をよこした。
ノルスルとキンダイルの合同でハリム王国を攻めるのは、オーガンの言う通り、普通では考えられない暴挙だからな。儂らが動いた理由を探ろうとするのは当然のこと。儂はそれを利用して力を示すという算段だ。ケントは兵の目を引きつけるだけでいいと言っていたが、せっかくのでこの状況を利用させてもらおう。
国境の関所までたどり着いたところで、関所の向こうがにわかに騒がしくなった。この状況で増兵など、侵攻の意志があると言っているようなものだからな。即攻撃してこないのは、侵攻軍にしては数が少ないからだろう。ノルスルとキンダイルの兵を合わせても五〇〇足らず。国境の関所を破るには半端な人数だ。
「貴様ら、何のつもりだ! まさか、我らと矛を交えるつもりではないだろうな!」
おっと、ハリム側から関所の責任者らしき者が出てきたな。こちらの動きを問いただしてくるが、友好的な内容でないこと自明なので、最初からの喧嘩腰だ。それに対してアブジンが言い返す。
「そのまさかだ! エステラ魔法国との盟により、貴国に宣戦を布告する!」
「何!? エステラ魔法国と自由都市同盟が同盟を組んだのか!」
敵軍から動揺するようなどよめきがあがる。もっとも、動揺しているのは、こちらにも多いが。各都市から派遣されてきた観戦のための使者は同盟など知らんぞと儂を見てくる。まぁ、同盟の話はノルスルとエステラとの間に結ばれたものだからな。それをハリムの将兵が大袈裟に捉えただけにすぎん。
まぁ、そう言っても気になるのであろうな。どういうことだと詰め寄ってくるので、今はそのような状況ではないと遠ざける。実際、一触即発の状況だ。各都市の使者は渋々ながら引き下がった。
「よかろう、ならば戦争だ! 貴様らの愚かな選択を後悔させてやる!」
さて、これからしばらくは睨みあいかと思ったが、国境の守備責任者は血の気が多いヤツだったらしい。いきなり矢を射かけてきよった。両国の関所はそれなりに距離があるので、兵らは矢が見えた瞬間に退避して無事。とはいえ、明らかに攻撃を受けたので、これで正式に開戦だ。
「ぐぅ……はじまってしまった」
儂らは少し離れた櫓に退いた。隣ではオーガンが胃の辺りを押さえながら、まだそんなことを言っている。だがまぁ、じきにそんな不安感も吹き飛ぶだろう。
「恐れるな、ノルスルとキンダイルの勇士たちよ。我が魔剣があれば、ハリムなど恐るに足りぬ!」
アブジンが兵を鼓舞して、関所から飛び出す。途端に矢が襲うが、アブジンは構わず剣を振るった。剣先から黒い刃が生じて、凄い勢いで敵方の関所を襲う。防壁の上から矢を射ていた兵がボロ切れのように吹き飛ぶ……どころの話じゃない。
なんだあれは。一部とはいえ石壁まで吹き飛んでるじゃないか。ゲームでの威力は知っていたが、現実となるととんでもないな。
「バ、バナンザ殿……あれは一体?」
オーガンが目を丸くして儂を見る。どうやら相当驚いたようで、胃痛は吹き飛んだようだ。驚いたのはこちらも同じだが、それはおくびに出さずにニヤリと笑って返す。
「あれは魔剣よ。並の者では手にするだけで命を散らす禍々しき剣ではあるが、アブジンは使い手として認められたようでな。あのように雑兵相手なら戦いにもならん」
「なんと! バナンザ殿もお人が悪い! そのようなものがあるなら、おっしゃってくだされば!」
「言葉で聞いたとて、実際に見ないことには空言と思うであろう?」
「それは確かに。あの威力ですからな。なるほど、それで各都市から人を出させたのですね」
「そういうことだ」
目的は十分に達せられたと言える。顔を青くしたり、何かを考え込んだりと各都市の使者の反応はそれぞれだが、魔剣の威力は刷り込まれたはずだ。場合によっては、あれが自分たちに向けられるかもしれない。そう思えば、表立ってノルスルに反発するのは難しくなる。あとは、スキルの実という飴で懐柔すれば、概ね統制できるだろう。
と考えている間にも、アブジンが魔剣を数度振って、関所の壁を完全に破壊してしまった。そうなれば、兵らに身を守る術はない。あの刃をその身で受ければ、その末路は明らかだ。抗戦などできるわけもなく、皆散り散りに逃げ去っていく。そのあとを、アブジンがこちらの兵を率いて悠々と制圧した。
「魔剣の力とは凄まじいですなバナンザ殿! このまま進めば我々でハリムの地をいくらか占領できるのではないですか!」
さっきまでの気弱な発言が嘘のようにオーガンが調子の良いことを言っている。魔剣の威力を見て、気が大きくなっているようだな。
「いや、それは無理だ。こちらは少数だからな。いかに魔剣でも、扱えるのはアブジンただ一人。多数の兵に囲まれてしまえば轢き潰されておしまいだ。平地での戦いはこうはいくまいよ」
「むぅ。それはそうですか。他都市も兵を出してくれていれば……」
オーガンが他都市の使者らを責めるようにぼやくが、さっきまであれだけ正気じゃないと言っていたのによく言うな。
まぁ、ここからは儂らの出番じゃない。アラヤの連中に任せるとしよう。
しかし、改めて思う。早い段階でケントと出会えて本当に良かった。おかげで、儂も野心を捨てることができたのだ。そうでなかったらどうなっていたことか。
憑依型の転移の厄介なところは、経験や知識を引き継ぐことだ。多くの場合はメリットではあるが、反面危険でもある。ベースとなった人物の人格に影響を受けてしまうのだ。決して影響は大きくない。基本的には地球にいた頃の精神のまま……少なくとも自覚のうえではそうだ。
だが、ふとしたときに顔を出すのだ、この世界に生きた老獪な政治家としての自分が。そして、そいつは囁くのだ。動乱の世に覇を唱えよと。
しかしなぁ。あれを見れば、そんな世迷言は吹き飛ぶわ。今回のことで、災厄の魔剣の凶悪な性能がわかった。だが、本当にヤバいのは、魔剣のペナルティをいとも簡単に踏み倒させるアラヤの特殊性だろう。本来のゲームにはない特別な力、いわばルール破りの力だ。そりゃ弱いわけがない。
こんな力を持つ者がいるのでは、儂が世界統一をすること叶わんわな。おかげで、無謀な覇業に手を出さずにすんだわ。うまくやれば、平和裏に動乱を終わらせられるかもしれんしな。
ケントには悪いが、あいつには頑張ってもらわねばならん。そのためには協力は惜しまんさ。
とりあえず、ここまでは予定通りだ。さて、ケントのほうはうまくやっているだろうか。




