第79話 進撃の……
ハリム侵攻を開始して数日。最初の攻勢はかなり地味なものとなった。死招きの森に近い敵領土から木を三本選び接木して待機。以上。
接木はもちろんスキルツリー化を意図したものだ。これ自体が特殊な侵攻行動になるので、システム通知でハリム王側に俺たちの行動が筒抜けになるが、実はそれが狙いだったりする。
侵略を受けていると知れば、さすがに放置はしないはず。しかし、ハリム王に今すぐ出せる戦力は近衛兵か傭兵ぐらいだ。ルーマ傭兵団を中核とした傭兵集団をけしかけたあとの逆侵攻なので、傭兵たちは頼りにならないと判断するのではないかと思っている。いくらか近衛兵を出してくるのではないか。それを叩いて、王の守りを削ぐのが狙いだ。
俺たちは接木でできたスキルツリーのうち一本のそばで待機する。死招きの森から、敵領土を窺う形だ。スキルツリーは設置済みなので、偵察任務は妖精に任せられる。
スキルツリーが観光名所みたいな扱いになって、次々と近隣住民が集まったのは予定外だったが、それでも目論見通りことは運んだ。
「ケント、来たよ! 武器をもった人がたくさん!」
「おお、ありがとう」
妖精からの報せで、一足早く敵の接近を知ることができた。想定通り、王都から一番近いツリーにやってきたようだ。
やがて、俺の目にもツリーを目指して進む集団が見えた。思ったよりも人数が多いが、大半は傭兵みたいだな。だが、正規兵はいるので、多少は戦力を削れるだろう。
伐採のためか、敵部隊は群がる住人を樹から遠ざけはじめた。そろそろ、作戦決行だ。
「よし、やるぞ。みんな準備はいいな?」
「「「おー!」」」
妖精たちが手を振り上げて応じ、他のメンバーは無言で頷く。今回連れているのは、レンとファンガ率いる獣人部隊、それにルーマ傭兵団だ。ピエールは別に動いてもらっている。
「レンも、大丈夫か」
「だ、大丈夫です」
緊張のためか、レンの顔は青い。それでも、しっかりと頷いた。
戦争を嫌って国を出ることになったレンを駆り出すのはどうかと思ったが、それでもレンの力は頼りになるからな。申し訳ないが、耐えてもらうしかない。
やることはこれまで特に変わり映えのない『蠢く巨人』作戦だ。ただし、今回はこちらから打って出る。傭兵たちには散々恐怖を叩き込んだので、うまくいけばパニックを誘発できるだろう。
妖精が巨人を支える骨組みを浮かす。俺はSE魔法で効果音担当だ。獣人たちには作戦のために燻煙魔法とそよ風魔法を習得してもらっている。
なぜ、燻煙魔法が必要なのかと言えば、足元を隠すためだ。巨人のボディは布製なので、足元で布がダブついてしまう。森の中なら茂みで隠れるが、外ではそうもいかない。そこで、燻煙魔法の出番だ。煙はアレンジできるので、ドライアイスから生じるような冷たい煙を出せばいい。冷たい煙は空に向かわず、地面にとどまる。さらにそよ風魔法で煙を布の外に逃がせば、足元を隠しながら進軍できるわけだ。
「で、出た!? 蠢く巨人だ!」
巨人を立たせてすぐに、悲鳴が上がる。やはり、傭兵連中には効果抜群だな。
巨人の恐怖が浸透している傭兵たちは戦意を喪失。ほとんどが逃げてしまったので問題ない。残るは近衛兵だ。流石に正規兵だけあって、脱落者はいないようだ。しかし、こちらに攻めかかってくる様子もないな。警戒しているのか?
「よし、このままできるだけ近づこう」
「「「わかったー!」」」
妖精たちから元気の良い返事がある。獣人たちは魔法を使うのに手一杯のようだが、ファンガが頷いているので指示は伝わっているはずだ。
「むむ……このような戦いがあるのか」
「お願いだから逸って突撃しないでよ、ルーマ」
「わかっているさ、ローニー。とはいえ、そろそろ出番ではないか?」
この中で特に役割がないルーマ傭兵団だけが呑気に喋っている。いまいち緊張感がないな。まぁ、やってることは、大掛かりな人形劇みたいなものなので、無理もないか。
「来た!」
「あっちの人間、突撃してきたよ!」
高所から状況を監視していた妖精から報告が入る。森とスキルツリーの中間くらいまで進んだところで、ようやく敵軍が動き出したようだ。
「わぁ!?」
「危ない!」
妖精から悲鳴上がる。どうやら射られたらしい。これまでは森での襲撃だったので、枝葉が邪魔で矢を射られる心配がなかったが、平地だと弓矢にも警戒しないと駄目か。幸い、奴らが狙っているのは“蠢く巨人”なので、俺たちに直接被害はないが、それでも流れ矢は怖い。早めに決着をつけたいところだ。
「そろそろ、こちらからも仕掛けるか」
「俺らは準備できてるぜ」
ファンガが魔法を止めて答える。ルーマたちも視線で肯定の意志を示した。
「わかった。妖精が布を取り去るのが合図だ。同時に爆音で相手の気を逸らすが、構わず突っ込んでくれ」
「おう、任せろ!」
「じゃあ、妖精君。布を除けてくれ」
「わかった!」
ザバッと布がめくり上げられ、視界が広がる。遠目なので表情までは見えないが、それでも敵兵が動揺しているのがわかった。急に目標を失ったせいか、矢が止まっている。
――ドォォン
合わせて、詠唱していたSE魔法を発動。こちらに駆け出していた兵たちの足が鈍った。一方で、事前に知っていたこちら側の足は止まらない。もう少しで接敵だ。
しばらくSE魔法で敵の動揺を誘ったが、音だけだと気づかれたのか効果が薄くなってきた。なので、痛風魔法に切り替える。素早く立ち直った者に狙いを定めて魔法を発動。ちょうど、獣人部隊とぶつかるところだったその兵は、まともに切り結ぶこともできずに、倒れてしまった。やはり、痛風魔法は凶悪だ。
さらに二、三度、痛風魔法で味方の支援をする。が、魔法を使うには対象を目視する必要があるので、乱戦になると使えなくなった。
こうなると、俺にできることはほぼない。とはいえ、ここまで来ると、戦いの趨勢はほぼ決まっている。兵の数は敵のほうが多いが、“蠢く巨人”作戦がうまく決まって、不意をつけた。多くの逃亡兵を出した直後ということで、士気も低かったので、俺たちの圧勝だ。
とはいえ、近衛だけあって、相手の練度もそれなりに高かったようだ。こちらにも少なからず被害が出た。死者は出なかったようだが、けが人も多い。出血がひどく、このままではいずれ命を落とすであろう者もいた。
「レン、頼めるか」
「は、はい。大丈夫です」
顔は青いまま。しかし、大きく息を吐いたレンはしっかり頷いて、両手を掲げた。淡い光の粒がレンを中心に踊るように集う。
「〈大いなる聖樹の癒し〉」
かつて孤児院で使った、大規模治癒魔法が発動した。むしろこっちが正規の使い道だけどな。ゲームでは兵を復帰させる効果があったと聞いている。深手を負って虫の息だった獣人もすっかり回復したようだ。
「うぐぐ……もう限界です」
「ああ、ご苦労様。おかげで誰も死なずにすんだ」
「ふへへ……まぁ、先輩のためならお安い御用ですよ。でも、ひざまくらしてください」
だらしなく笑うレンを見て、意外と元気なんじゃないかと思ったが、それでも助かったのは事実なのでひざまくらくらいはしてやるか。
さて、作戦の第一段階はこれで完了だ。ハリム王はどう出るかな。




