第78話 アラヤの侵攻
佐々木 裕太 17歳 = ハリム王国 国王ブリジステッド
(さて、そろそろ派遣部隊は“アラヤ一家”のねぐらを掴んだ頃かね?)
ルーマ傭兵団を中核に複数の傭兵団を死招きの森に送り込んだ裕太は、その派遣部隊からの成果報告を待ち望んでいた。クロニクル・オブ・ロード好きとしてはその素性についても興味はあるが、あくまで二の次だ。ゲーム攻略の邪魔になるのであれば速やかに排除しなければならない。
(奴らさえ排除すればエステラ攻略はうまくいく。他の“プレイヤー”も動き出したみたいだが、速攻が徹底できてない。まだ俺が有利だ)
そのために高い金を出して、傭兵を動員した。当初はルーマ傭兵団にすべてを任せるつもりだったが、変に潔癖なところがあると聞いて、他の傭兵団も動かすことにしたのだ。
(噂通りの実力なら、ルーマ傭兵団が化物とやらを討ってくれるだろ。そうなれば他の連中が嬉々として獣人どもを根だやしにしてくれるはず。とはいえ、森は広いらしいからな。もう少し時間がかかるのか?)
こういうところが、ゲームとは違うところだ。指示を出してから結果が出るまでに時間がかかる。
(ゲームがリアルになったって喜んでたけど、いいことばかりじゃないな。待ち時間が長いのは苦手だぜ)
とはいえ、王としてやるべきことは無数にある。新たに獲得した領土と、それに関わる利権の数々。欲望に忠実な貴族たちは少しでも多く手にしようと動き出していた。地球では冴えない高校生であった裕太だが、こちらでは現役王としての知識と経験がある。彼らの欲をうまく利用して自らの権力を拡大していく。それはかつての裕太にはなし得ない経験で、面倒くさいと思いながらもどこか楽しんでいた。
だが、思いもやらぬ報せに政務の手が止まる。
“リガイア平原北部がアラヤ一家から特殊侵略を受けています”
(なにっ!? くそ、傭兵連中め、失敗しやがったな!)
報せから、裕太は派遣部隊の失敗を悟る。今回の侵攻が、報復行動であることは想像に難くない。
(だけど、特殊侵攻ってなんだよ。初めて聞くんだけど……おっ)
視界にポップアップするような形で、特殊侵攻に関する情報が表示された。裕太はそれに素早く目を通す。
(ほーん。侵略オブジェクトを配置することで、その一帯を仮支配地にできるのか。地域の半分以上仮支配されると、支配権を奪われると。これがアラヤ一家の特性なのかね?)
裕太はホームオブジェクトから自勢力の領土を確認する。簡易マップ上に侵略オブジェクトの位置も表示されるので、侵略地点は簡単に把握できた。
(オブジェクトは木か。切り倒せば、影響は取り除けるなら、それほど脅威じゃないな。まぁ、向こうもわかってるだろうから守備兵くらいは置くだろうが)
侵略されたのは、死招きの森に近い西側の三箇所だ。裕太は少し考えて、近衛軍の一部を派遣することにした。人数は三十人。オブジェクトを守備兵が守っているとすれば心許ない人数なので、傭兵も動員する。
(近衛軍を監視役にすれば、傭兵連中も少しは働くだろう。木を切り倒すくらいの仕事はきっちりやってもらわないとな)
対策を指示したことで、裕太の心は少し軽くなった。
(タネがわかれば、あんまり怖くないなぁ。でも、システム通知がなかったらヤバかった。さてはエステラを支配したのも、この手口だな。非“プレイヤー”には通知がなくて対処できなかったんだろう。それで味を占めてうちにも仕掛けてきたか。だが、残念だったな。“プレイヤー”相手には無意味だぜ)
敵の企みを看破したと気を良くした裕太は、侵攻を受けているという事実を重視しなかった。その慢心が取り返しのない結果を招くことを彼はまだ知らない。
---
ハリム王の指示を受けた近衛騎士ウィーグが兵を率いて西進する。その内訳は近衛軍五十に傭兵が二百ほど。思ったほど傭兵の数が集まらず、傭兵とは名ばかりのごろつきを集めてようやくこの数だ。口に出すのは憚られるが、王の求心力が低下していることを如実に表しているように思えてウィーグは密かにため息をついた。
傭兵はもちろんだが、近衛軍の指揮も低い。その理由は任務内容の不可解さだ。
今回の目標は、王国西部に発生した怪樹の伐採である。王はこの怪樹を獣人どもによる侵略の一端であると断じた。アムレス部族の残党が怪しげな術により、ハリムの地を侵食しているのだと。
怪樹とは何なのか。遠く離れた場所から、王はいかにしてその事実を掴んだのか。何も明かされないまま、ただ樹を伐採してこいと命じられる。それが兵の役割といえばそうなのかもしれない。しかし、彼らは近衛軍だ。王族を守ることこそが本来の役割である。今回の任務には思うところがあるのは当然だった。
人手が不足しているのは理解している。王命であれば、それに異を唱えるつもりもない。が、それでも、樹木伐採が任務とはどうなのか。口さがない者に木こりに転職したのかと揶揄される始末。それでは士気が上がるはずもなかった。
とはいえ、ウィーグは生来の真面目さを発揮して、どうにか隊をまとめ上げた。必要とあらば傭兵にも気安く声をかけ、最低限の士気を維持することに腐心する。その甲斐あって、ウィーグの部隊は離散することなく指定された地点にたどり着いた。
早速調査を開始すると、件の怪樹はすぐに見つかった。周辺住民の間ではすでに噂になっていたのだ。
「本当に存在したのか……」
「ウィーグ。その発言は少し問題だぞ。気持ちはわかるが」
「あ、ああ、すまない。失言だった」
王の指示に疑いを持っていたともとれる発言だ。同僚である副隊長に指摘されて、ウィーグははっとする。隊長がそれでは部下に示しがつかない。
報告によれば、怪樹は一見するとごく普通の果樹に見える。だが、明らかに異常な特性を持っているそうだ。
「住人の話によると、採取した次の日には前日と同じくらいの実がなっているらしいのです」
それゆえ、周辺住民は豊穣の樹と呼んでありがたがっているらしい。
頭の痛い報告に、ウィーグは眉根を寄せた。任務遂行にあたって、住民の反発があるかもしれない。
「これは……早めに動いたほうがいいかもしれんな」
副隊長も同じ意見らしい。部隊の任務を広く知られる前に伐採してしまうという魂胆だ。
到着まもなく、休むことなく怪樹の伐採に向かう。傭兵たちからは不満の声が漏れたが、早く動けばそれだけ仕事も早く終わると説き伏せた。
「あれか」
「気は進まないがやるしかないな」
「……ああ」
怪樹の周りには人だかりができていた。怪樹を豊穣の樹だと勘違いして、その実を得ようとする者たちだ。伐採作業の前に彼らを散らさなければならない。
「どけ! 王命により、怪樹を伐採する!」
「それは豊穣の樹などではない! 獣人どもの呪いによって生み出された怪樹だ。実を食べると、どんな災いが出るかわからんぞ!」
大声で叫びながら、人々を散らす。中には不平を漏らす者もいたが、武器を振り上げてみせるとすごすごと逃げ去った。全員が散ったのを見届けてウィーグは小さく息を吐いた。
「少々強引だったが、全員散ったか」
「強引にやったのは仕方があるまい。兵の多くは傭兵だ。抵抗が長引けば何かの拍子に殺してしまうかもしれんかったのだ」
「そうだな」
副隊長の励ましを受け、ウィーグは気を取り直す。落ち込んでいる場合ではない。早急に怪樹を伐採してしまわなければ。ここを終えても、他に二本あるのだから。
「しかし、聞いていたような守備兵はいないな」
「そうだな。傭兵たちは必要なかったかもしれん。だが、まだ一本目だ。他の怪樹には守りを置いている可能性はある」
「それもそうか」
副隊長の意見に頷き、ウィーグは兵らに指示を出そうとして――――固まった。
「な、なんだ……あれは?」
その視線は怪樹の向こう、死招きの森との境界に注がれている。
いつからそこにいたのだろうか。
まるで睥睨するかのように。
緑色の巨大な何かが、伐採部隊を見下ろしていた。
「で、出た!? 蠢く巨人だ!」
「くそ、何でだ! 森には入ってねぇぞ!」
「怒りを買ったんだ! 何度も森に入ったから!」
それに気がついたのはウィーグだけではない。傭兵の一人が大声を上げたため、その存在は部隊全員が知ることになった。たちまち、傭兵たちが恐慌状態に陥る。ある者はしゃがみ込み、ある者は一目散に逃げ出した。状況がわからず戸惑っているのは、即席傭兵のごろつきたちだ。しかし、マズい状況だというのは理解できたようで、すぐに逃げはじめた。
もはや傭兵は役に立たない。幸いなことに、近衛軍に逃亡者は出ていないが、五十の兵であれに立ち向かうことができるだろうか。
「ウィーグ、どうするんだ、ウィーグ!」
副隊長の声が耳をすり抜けていく。ウィーグは徐々に迫りくる緑の巨兵を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
電撃的な侵攻作戦で隣国の領土の半分を奪い取ったハリム王国。栄光と繁栄は約束されたものと思っていたのに。どうしてこんなことになったのか。
我々は滅びへの道を突き進んでいるのではないか。ウィーグは緑の巨兵に王国の暗い未来を見た。




