第72話 ハリムからの侵略者
冬だ。死招きの森にも雪が降っている。降雪量はそれほどでもないが、それでも薄っすらと積もって歩きづらい。
というか、足が濡れて辛いんだよな。というのも、まともな靴がないんだ。俺が普段履いているのは草で編んだサンダルだからな。木靴もあるが、歩きにくいんだな、これが。
うーん、長靴が欲しい。必要な素材はなんだろう。ゴムがあれば何とかなるだろうか。どのみち、現時点では存在を確認できていないが。
外に出たくないなと考えていたら、それがフラグになってしまったのか、厄介事がやってきたようだ。
「大変、大変! ケント、また人間が来たよ!」
妖精が家に飛び込んでくる。『死招き』なんて大仰な名前がついているのに意外と訪問者が多いんだよな。
「そうか。どっちからかわかるか?」
「あっち!」
妖精が指さしたのは東側。やや南寄りだから、ハリム王国のほうだな。一番厄介そうな展開だ。
「どんな人間だった?」
「ええとね。ケントみたいな人間!」
俺みたいってことは普人か。ってことは、獣人なら難民の可能性が高いが、普人なら敵の可能性が高いな。どうせ傭兵だろう。
システム通知のことがあるから、ハリムが何らかのアクションがあるだろうとは思っていた。正規軍ではなく傭兵を派遣してきたか。何もこんな雪の中、攻めてこなくてもいいのに。
「数は?」
「たくさんいたよ! でも、いくつかに分かれてるよ!」
うーん、具体的な数がわからない。十人以上いたら『たくさん』だからな。
「そのいくつかのグループにもたくさん人がいるのか?」
「そうだよ」
「グループはたくさんか?」
「たくさん!」
十人以上のグループが十以上か。思ったよりも大部隊だな。斥候ではなくて、襲撃部隊と思ったほうが良さそうだ。いくつかに分かれてるのは、何でだ?
やっぱり情報が足りない。憂鬱だが、正体を確かめる必要があるな。
というわけで、雪の中、調査に出かける。メンバーはファンガと獣人戦士二人、それにピエールだ。
妖精から聞いた情報を頼りに、最寄りのスキルツリーに転移して、ピエールだけが索敵に出る。足手まといの俺はツリーのそばで待機だ。ファンガたちは俺の護衛だ。決して、歩くのがダルいから待機しているわけじゃないぞ。このほうが効率的だってだけだ。
しばらくして、ピエールが戻ってくる。
「やはり傭兵のようですな」
「そうか。森の化物の噂も効果はなかったか」
「いや、どうでしょう。かなり恐る恐るという様子でした。全員というわけではないでしょうが、信じている者はいそうですな」
ほほう。それなら、では再び森の化物においで願ってもいいかもしれないな。
というわけで、一度戻って準備をする。以前作った化物の骨組みや大きな布はこんなこともあろうかと残してあったのでそのまま使える。念動で操作しなければならないので妖精の協力も必要だ。戦いになったときのために、戦闘要員もいる。数回往復して準備が整った。
さて、どんな反応をするかな?
「ば、化物だ!」
「だから嫌だと言ったんだよ!」
「に、逃げろ! 逃げないと食われちまうぞ!」
おお、いい反応するな。やっぱり、噂はそれなりに効果があるようだ。最初に見つけた傭兵たちは二十人弱の集団だったが、化物を見た途端蜘蛛の子を散らすように逃げていった。非常に逃げ足が早く、以前のように置き去りにされるようなヤツはいない。たぶん、化物が出たら逃げると決めていたのだろう。そのせいで戦力を削ることはできなかった。まぁ、あの様子なら二度と森に戻ってくることはないだろうが。
「『蠢く巨人』作戦は有効みたいだな。この調子で追い返していこう」
妖精の話の通りなら、森に入った傭兵の集団は十以上いる。面倒だが、一つ一つ追い返さなければならない。わりと広範囲に散らばっているみたいなので、移動にも時間がかかる。
「転移で運ぶのは厳しいな」
最寄りのスキルツリーに転移すれば移動時間短縮になるんだが、そのたびに帰還魔法を使うのはマナ消費が厳しい。そこで、画期的な移動手段を開発した。その名も丸太タクシーである。
準備は簡単。丸太を用意して、そこに数人ずつ座るだけだ。今回は丸太を四本用意して分乗した。
「全員乗ったな。よし、妖精君頼むぞ」
「はーい!」
あとは、俺たちが乗った丸太ごと、妖精君に運んでもらうだけだ。単純だが、実に効果的である。何より、雪まみれの地面を歩かなくてすむのがいいな。
ちなみに、この丸太タクシー。カペタたちが自分たちの移動のために仕込んだらしい。簡単そうに見てバランスを取るのが難しく、経験の浅い妖精には真似できない技術なんだとか。今回ついてきているのは最初期からいるベテラン妖精なので不安はない。
「ケント、人、いなくなってる」
運搬役とは別の妖精が合流してきた。傭兵隊たちの居所を掴むために派遣していたのだが、見つからず戻ってきたらしい。
「この先も確認したのか?」
「うん! 村のほうに行くところは確認した!」
「でしたら、危険を察して撤退したのかもしれませんな。先程の傭兵隊たちが騒がしく逃げ帰ったので、化物が出たことに気づいたのかもしれません」
「布を広げてるときはデカいしな、この距離なら見えたのかもしれん」
ピエールとファンガが理由を推測する。確かにありそうな話だ。
逃げたんなら逃げたで構わない。いちいち追い回すのは面倒だからな。しっかりと化物の噂を広めて欲しいものだ。何度かやってれば、森に入ろうとする傭兵はいなくなるだろう。
とはいえ、全ての傭兵が逃げ帰ったとは限らないので探索は続ける。
実際、遠くに確認に向かっていた妖精からは傭兵発見の報告が届いた。そいつらは落とし穴地帯にハマっていたので、化物で脅しつけてから、穴に落ちて逃げられなくなっている奴らをファンガたちが仕留めた。
「ケント! また、いたよ! たくさんのたくさん!」
「まだ残っていたか」
南寄りの場所から、北側に向けて移動して、そろそろ探索を切り上げようかというところで再び妖精からの報告があった。言葉の感じから、今までの集団よりは人数が多そうだ。もしかして、これが本命の部隊かね? まぁ、部隊っていうより傭兵団ごとにバラバラに探索しているみたいだが。
とはいえ、この傭兵たちも数が多いだけで他と変わらなかった。斥候に出したピエールによると、最初の集団と同じく恐る恐る森を進んでいる様子らしい。今回も『蠢く巨人』作戦が通用しそうだ。
「ば、化物だ!」
「どこに隠れていやがったんだ!」
「南から来やがったぞ。よその奴らはどうなったんだ……?」
「うだうだ言ってる場合か! 逃げるんだよ!」
おうおう、鮮やかな逃げっぷりだな。これなら戦闘には至らなさそうだ。ファンガたちは不満そうだが、村に危険が及ばないならそれでよし。寒いのでさっさと形付けて帰りたい。
だが――
「逃げるな! 我らの任務を思い出せ!」
む、怯んでいないヤツもいるみたいだな。
「ケント。あの人間、他の人間とちょっと違うよ」
「いい装備してる!」
「逃げないねー」
空から状況を見ている妖精たちが状況を教えてくれる。どうも大勢の中に毛色の違う小集団がいるようだ。どうやら、この集団は複数の傭兵団の寄り合いで、その一部だけが戦う意志を捨てていないらしい。
しかし、大部分は逃げに入っている。この流れは止まらない――と思いきや。
「我らルーマ傭兵団が先陣を切る! 心ある者らは続け!」
なんと、その小集団は自ら突貫することで、他の傭兵団を踏みとどまらせようとするつもりらしい。見上げた根性だ。その勇猛さは味方なら頼もしいんだろうが、敵方にいるのでただただ厄介である。
マズいぞ……ハリボテなのがバレてしまう!?




