第68話 ハリムの次の手
佐々木 裕太 17歳 = ハリム王国 国王ブリジステッド
遅々として進まないエステラ攻略に裕太は苛立ちを募らせていた。
傭兵たちを敵国内部に浸透させ、単一民族ボーナスで高まった攻撃力で緒戦を押し切る。目論見通りに戦いは進み、裕太は勝ちを確信した。エステラ側は、ハリムの動きにまったく対応ができていない。十中八九、非“プレイヤー”国家だ。となれば、予想外の戦術をとってくることはなく、あとは消化試合となるはずだった。
しかし、現実は違う。
最初に齟齬を感じたのは傭兵の動きだ。彼らが周辺の村々を襲うのは織り込み済み。ある程度満足させたあとは、都市攻めの先鋒として使い潰し、正規軍を温存する予定だった。
だが、目論見は外れる。彼らは村を襲ったことである程度満足してしまったのだ。懐が潤った彼らは、リスクを冒してまで都市攻めに加わろうとはしなかった。
普通なら傭兵にも仁義がある。契約を結んだなら、建前でもそれを果たそうとする。少なくとも、理由もなくそれを放棄することはない。でなければ、以後の活動に差し障るからだ。
しかし、今回、ハリム王国は彼らと正式な従軍契約を結んでいない。ある程度の支度金を渡し、敵国での略奪を依頼した形だ。正規の契約ではないので、契約金の支払いは少額で済む。それが傭兵を多数動員できた理由だ。だが、同時に彼らが軍の指示に従う理由もなくなった。求められたのはあくまで敵国領土を荒らすこと。彼らの中ではすでに依頼は達成された状態である。
傭兵たちの考えはこうだ。美味しい話なら乗ってる。だが、死を前提とした過酷な戦いには付き合わない。
そんな風に彼らが言えるのも懐に余裕があるからこそ。ハリム王国は傭兵の扱いを間違えたのだ。
(くそ、なんでだよ! ゲームならちゃんと指示を聞くだろうが!)
裕太がそう考えたのにも理由がある。ゲーム時代のハリム王国にはある特性があった。それが“略奪許可”だ。この特性で、ハリム王国は傭兵を安価に雇える。兵の少ない序盤に傭兵で兵数を稼ぎながら圧倒するのがハリム王国の定番戦術。裕太の行動はそれを踏襲したに過ぎない。
だが、ゲームと現実は違うのだ。単純に戦術をなぞるだけではうまくいかなかった。その事実を裕太は受け入れられずにいる。
(傭兵は役に立たない。正規軍で攻めるしかないな)
一般的に傭兵よりも正規軍のほうが戦闘力も統率も優れている。だが、正規軍は一度減ると簡単には補充できない。防衛戦力である彼らをここで使い潰すわけにいかなかった。結果として、都市攻略は慎重なものになる。力攻めを避け、心を折る形で敵を降す。その結果、都市攻略には相応の時間がかかるようになってしまった。
(冬前にはエステラを降伏させるつもりだったのに……せめてポリステラまでは取りたいんだけどな)
緒戦の大勝で、ハリム王国は大きな優位を築いた。狙い通りの速攻勝利は無理でも、手堅く攻めればいずれは勝ちが転がり込むはずだ。
しかし、その予測さえも不透明にする事態が発生した。
「なんだと!? むざむざ物資を焼かれたのか!」
「はっ。都市攻めを焦るあまり、補給基地の守りが薄くなっておりまして」
「何をやっている!」
思わず怒鳴り散らしてしまった。しかし、存在しないはずの王としての経験が裕太の怒りを抑制する。一呼吸をおいて冷静さを取り戻した彼は、意識して落ち着いた声音を作り、報告に戻った兵に尋ねた。
「敵の数はわかっているのか?」
「はっ。数は三十から五十ほど。主に獣人だったようです」
「獣人か……」
(アムレス部族の残党か? くそ、ゲームじゃそんなイベントなかったのに!)
聞けば、守備兵二百を少数で打ち破ったらしい。夜目が利く獣人とはいえ、普通ではありえない結果だ。
「そやつらの所在は掴めたのか?」
「未だ掴めておりません。しかし、西側の村が反抗勢力が集まっているという噂がございます」
エステラの西側と言えば、死招きの森がある。
(なるほど、“アラヤ一家”ってのは獣人の残党が興した勢力か。放置したのはまずかったか? いや、あの時点では最善手だったはずだ)
予期せぬ出来事に振り回されてしまったが、それでもまだハリムは優勢だ。このままエステラを飲み込んでしまえば、周辺国よりも国力が一段高まる。思い通りとは言えないが、十分な成果だと自分を納得させることはできた。
しかし、そうも言っていられない事態が訪れる。それは、システム通知によって伝えられた。
“アラヤ一家がエリンシア地方西部を占領しました”
“アラヤ一家がエリンシア地方中央部を占領しました”
“エステラ魔法国は滅亡しました”
「なん、だと……?」
衝撃的な内容に思わず声が洩れてしまう。執務中だったので、手伝いの文官が何事かと見てくるが、そちらへのフォローもできない。
(どういうことだ。“アラヤ一家”は獣人の残党じゃなかったか? それがなんで、エステラの残りの領土を奪うほどの力を持っている?)
ケントがシステム上の名義を書き換えただけで、実質的な支配者はエステラ王家のままだ。遠く離れた裕太には、それがわからない。ノーマークだった新興勢力の台頭に胸がざわつく。
(野放しにするのは危険だ。正体を確かめないと……!)
幸い、システム通知で本拠地はわかっている。エステラを占領するほどの兵を出しているなら守りも手薄になっていることだろう。まとまった兵を送れば制圧することも難しくないはずだ。
(だが、正規軍を動かすわけにはいかないよなぁ。ここでいきなり方針転換なんてしたら、反発を食らってしまう。ゲームだと指示して終わりなのになぁ)
ここに至って、裕太もゲーム時代の感覚のままでいてはまずいとおぼろげながらも理解してきた。朝令暮改の指示では兵たちの支持を失う。せめて、理由を説明できれば違うのだが、システム通知で得た情報をもっともらしく理由付けすることも難しかった。
(正規軍はこれまで通りだ。“アラヤ一家”がエステラの半分を支配したなら防衛のために兵を残すはず。そちらを引きつける役も必要だからな。森へは別働隊を派遣するとして……)
問題は派遣する部隊だ。まず第一に候補として上がるのは傭兵。だが、戦力として心許ないうえ、まともに指示を聞くとは思えない。
(それに傭兵たちの間に妙な噂が広まっているらしいからな。死招きの森に入るのを嫌がるかもしれん)
傭兵たちに広がる“蠢く巨人”の噂は裕太の耳にも入っている。新イベントの導入かと考えていたが、状況から判断すれば“アラヤ一家”が仕掛けた情報工作の疑いが強い。
(誰か適役は……そうだ、奴らがいる!)
ルーマ傭兵団。少数ながら団員はいずれも一騎当千の猛者である。実力があるだけに、仕事を選ぶので、裕太からすれば扱いづらい。実際、エステラ侵攻の依頼も“略奪など恥ずべき行いだ”と言って断られている。
(気難しくて面倒な連中だが、実力は確かみたいだしな。それになんだかんだ言っても、傭兵なんだ。金さえ積めば、仕事はするだろう)
裕太は傭兵との折衝を任せている将を呼び、ルーマ傭兵団と契約を結び、死招きの森に潜む獣人の残党を仕留めよと命じた。
(これでいい。通知には焦ったが、潰すべき相手がエステラからアラヤ一家に変わっただけだ。死招きの森に奴らの根城があるのだとしたら、それも奪えるかもしれないな。はは、なんだ悪くないじゃないか)
手を打ったことで、裕太の心にも余裕ができた。
(エステラの攻略が遅れたのも、アラヤ一家の妨害のせいだな。情報不足で遅れをとったが、その正体を掴んだからには次はない。せいぜい、つかの間の勝利に浮かれていればいいさ)
勝利を確信した裕太が笑う。しかし、その確信は、やはりゲーム時代の常識に囚われた砂上の楼閣でしかなかった。




