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第67話 エセ女神の微笑み

 その日の夜。眠りに落ちた俺は、気がつけば例の庭園にいた。白いお茶会テーブルの一席にはフィクスが座っている。しかし、いつものようなニヤニヤした笑みはなく、疲れた様子で机に突っ伏していた。


「やぁ」

「その様子だと、出資者とやらに絞られたみたいだな?」

「うーん、まぁそうでもないよ。多少はチクチク言われたけどね」


 ホームオブジェクト設置によって、他勢力を侵略できてしまうというとんでもないバグだ。真っ当なウォーゲームを楽しもうとしている――趣味の悪い話だが――連中にとっては看過できない事態だろう。不手際を激詰めされたに違いないと思ったのだが、予想に反してフィクスは首を振った。


「じゃあ、どうしてぐったりしてるんだ?」

「どっちかというと、その後の対応でね。急いで修正したものだから大変だったよ」


 なるほど、不具合修正か。電気メーカー勤務だったので、その苦労は身に染みている。


「そりゃ大変だったな」

「お、珍しく優しいじゃないか。さては惚れたかな」

「殴るぞ」

「はは、冗談じゃないか」


 まったく、少し心配してやったらこれだ。


「それで、今回のことはどうなってるんだ」

「そうだね。一から説明しようか」


 まず、“アラヤ一家”がエステラの領土を占領してしまった原因。これは俺の予想通り、スキルツリーを設置だった。設置した段階で、その周辺が“アラヤ一家”による侵略を受けた状態になるらしい。そして地域の半数以上が侵略を受けると占領したという扱いになるそうだ。


「エステラ魔法国が滅亡したというのは?」

「あくまでウォーゲームのシステム上はって、ことだね」


 システム的には滅んでいるが、実際にはある程度の勢力を保って大陸に存在している。これをどう扱うかで、出資者からも問い合わせを受けたようだ。そこで有力者数名を集めてルールを決めたらしい。


「まず、前提としてスキルツリーによる占領は“アラヤ一家”の特殊な侵略手段のひとつとして正式に認められたよ」

「は、マジか?」

「マジマジ。私が頑張ったんだよ」


 褒めろ言わんばかりのドヤ顔を無視して、話を進める。


「よく認めたな」

「むぅ、つれないな。まぁ、そこまで難しい交渉ではなかったけどね。もともとイレギュラーな弱小勢力だから、少しくらい特殊な攻略手段がなければ勝負にもならないって言えば、結構ノリノリで受け入れてくれたよ。彼らは娯楽に飢えているからね、面白そうだと思えば反対はしないよ」


 そういうものか。


「ただ、これは君たちが勝負に大きな影響を与えるような存在でないと思われているからだよ。君たちが他の有力勢力と肩を並べるようになったとき、どういう反応をするかはわからない」

「厄介な話だな」

「ごめんねぇ」


 へらっと笑いながらフィクスが謝る。あいかわらず態度は軽薄だが、やけに素直だな。少し調子が崩れるじゃないか。


「システム上滅亡した勢力は勢力コマンドが使えないというペナルティを受ける。エステラ魔法国は非“プレイヤー”国家だから関係ないけどね」


 やはりエステラの王は非“プレイヤー”か。


「ペナルティは勢力コマンドが使えないだけか?」

「そうだよ。まぁ、勢力コマンドが使えないのは大きなデメリットだけどね。あと、滅亡した勢力も、他勢力の支配地域を奪いとれば復帰できることにした。これは非“プレイヤー”も同じね」

「なるほど。じゃあ、エステラも東部や南部を奪還すれば復帰するのか」

「するよ。まぁ、あまり意味がないけどね。非“プレイヤー”国家が大陸統一するのは現実的じゃないから」


 フィクスが言うには、勢力コマンドの有無はかなり大きいらしい。ハリム王国が同じくらいの国力のエステラに圧勝したのも勢力コマンドがあってのことらしい。


 まぁ、わからないでもない。“アラヤ一家”も支援ユニットの妖精にはかなり助けられているからな。


「あ、スキルツリーによる占領行為は、対象となった地域の“プレイヤー”の勢力だった場合、その“プレイヤー”に通知が行くようになったから」

「こっそり占領はできないというわけか」

「そうそう。あと、スキルツリーを伐採すると、その地域を実質的に支配している勢力に支配権が戻る」


 ふむふむ。なら、“プレイヤー”の支配地をスキルツリーで占領するのは現実的じゃないな。占領が完了する前に、スキルツリーを伐採されて終わりだ。仮に占領できたとしても、その状態を維持するためにはスキルツリーが伐採されないように警備をつけなくてはならない。そんなことができるなら、たぶん普通に武力で占領できる。


 非“プレイヤー”の支配地ならエステラのようにサイレント占領できる。しかし、そうしたところで大した意味はないよな。占領した勢力が言うことを聞いてくれるようになるわけじゃないんだから。


「結局のところ、スキルツリーを使っての占領にはあまり意味がないってことか」

「とんでもないよ! 君のおかげで希望が見えてきた!」

「は、どういうことだ?」

「君の力なら、戦争をせずとウォーゲームを終わらせることができるってことさ!」


 今までにないほど、顔を輝かせてフィクスが語る。


 ウォーゲームの最終目標は単一勢力による大陸支配。どの勢力が勝つにせよ、勝者以外の勢力は戦争によって蹂躙され支配される運命にある。が、スキルツリーによる占領なら、表面上は何事もなく攻略を進めることができるのだ。“プレイヤー”によって世界を荒らされたくないフィクスにとって、この事実は喜ばしいことだったらしい。


「俺に大陸を統一しろって言うのか?」


 流石に無理だろ。俺にはそんな能力もなければ野心もない。自分の周りの人々が平和に過ごせればそれでいいんだ。


「私が勝手に期待しているだけさ。君は人に頼られると放っておけない性格みたいだからね」


 そう、だろうか。

 エリト王子たちのことならば、“アラヤ村”を守るために都合がいいから協力しただけであって、見返りなく救いの手を差し伸べたわけじゃないんだが。


「買いかぶりじゃないか?」

「ふふ。まぁ、いいじゃないか。私が期待するぶんには。君を選んだのは偶然に過ぎないけど、今では君がこの地にきてくれてよかったと思っているよ、心の底からね」


 優しく微笑んだフィクスの顔は、まるで本当の女神のように見えて、俺は少しだけ居心地の悪さを感じてしまった。

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