第65話 ポリステラに王子
ポリステラを包囲していた軍が退いた。しかし、数週間にわたり包囲されていたので、食料などの物資が不足しているかもしれない。そんなわけで、一度様子を見に行くことにした。
向かうのは俺とピエール、ルイとイザベラだ。大袋にタダの実を詰め込んで、かつて補給基地があった村から徒歩で向かう。
「止まれ、何者だ!」
街の入口で、厳つい顔をした衛兵に止められた。警戒態勢が解かれていないのか、槍まで構えている。それだけではなく、声を聞きつけた衛兵たちがぞろぞろ集まってきた。
「近くの村から来ました。包囲されていたので食料がすくなっているかもしれないと思って。ほら、これです」
袋を開けて見せるが、衛兵たちは厳しい顔を緩めない。ちょっと警戒しすぎじゃないか?
「ほう……なぜ、よく包囲が解けたと気づいたな。奴らが撤退したのは昨日のことだが」
おっと、疑われているようだ。そりゃそうか。情報伝達が遅い世界で、敵軍の動きを素早く正確に把握している一般人……たしかに、怪しい。
「あ、いや。この村の近くの者でして。ハリムの兵が引き上げていったのを見て、もしかしてと思ったんです」
そう言い訳をしたら、対応している衛兵の目がさらに鋭くなった。
「この近くの村か。名前は言えるか?」
村の名前か。念のために聞いておいて良かった。
「ルアケン村です。先日までハリムの軍に占拠されていたんですが、村人全員で逃げ出して、近くに身を潜めてたんです」
「む、そうか。それならたしかに辻褄はある……のか? 南から来たので、てっきり敵のスパイかと思ったんだが」
ああ、そうか。南は敵に占領された地域だもんな。そりゃ警戒も厳しくなる。そっちから歩いてきたら疑われるのも当然だ。何も考えてなかったわ。
だが、今はそれを逆手にとろう。
「ははは。スパイだったら、南の門から入ったりはしないですよ。あからさまに怪しいですから」
「む。そう言われれば、そうか……?」
よしよし。何食わぬ顔でそう言えば、衛兵も構えをといて、困惑を顔に浮かべた。警戒が一段階下がったようだ。これなら中に入れてもらえるかな?
「入ってもいいですか?」
「あ、いや、そういうわけにもいかない。街はまだ厳戒態勢だ。万が一を考えて、人の出入りを制限している」
むむ、そうか。しかし、スパイを警戒するのもわかる。ハリムの連中が侵攻を諦めるとは思えないからな。内側にスパイを潜ませておいて、次の侵攻を有利に運ぼうと企む可能性は十分に考えられる。
「そういうことでしたら、仕方がないですね。だったら、食料だけでも受け取ってもらえませんか」
「お、おう。ずいぶん持ってきたな。これ全部、木の実なのか……?」
「はい。他にも不足しているものがあれば教えてください。運んできますから」
俺たちの目的は街への支援。中に入らずとも、物資を受け取ってもらえさえすればいい。そう思っての提案だが、衛兵の顔がまた険しくなった。
「お前たち、少し前までハリムの連中に捕らえられていたんだよな? どうして、これほどの物資を用意できるんだ」
ああ、うん。そうね。たしかに、怪しい。
さて、どう言い訳したものかと考えていたら、救いの声が衛兵の向こう側から届いた。
「ケント殿!」
「え?」
なぜ、俺の名前を戸惑うのもつかの間。衛兵をかき分けて駆け寄ってきたのはエリト王子だった。
ひとまず、王子の知り合いということで、街へ入ることを許されたので、俺たちは王子の滞在しているという屋敷に案内された。怖い顔の衛兵も同行している。どうやら、衛兵の中でもそれなりの立場らしい。外の状況が知りたいとか言ってついてきたが、まぁ本当のところは監視だろうな。
屋敷の一室でお互いの状況について情報共有する。
「王子はどうしてこちらに?」
「敵軍が迫っていると聞いて、居ても立ってもいられず……」
どうやら、エリト王子は包囲直前にポリステラに入っていたらしい。その時点ではほとんど兵は集まっていなかったが、王子自らが街に入って住人を鼓舞したので士気は高まった。おかげで、ポリステラの士気は高く保たれ、ハリム軍の攻勢を跳ね除けることができたようだ。
「そうだったんですね。だったら、無理に補給妨害をしなくても良かったかな?」
「ひょっとして、途中で一部の兵が引き上げたのは、ケント殿が?」
「おそらく、そうだと思います」
エリト王子の方でも、包囲部隊の一部が引き上げたことは把握していたらしい。今度は俺から、補給基地襲撃について説明した。
「流石はケント殿ですね! 住人を救うだけではなく敵の兵站を破壊するなんて!」
「アブジンもいましたからね」
「ですが、そのアブジン殿の協力を取り付けたのもケント殿だからこそですよね」
エリト王子が瞳を輝かせて俺の功績を持ち上げてくれるが、厳つい顔の衛兵は懐疑的だ。胡散臭いと思っていることが、表情からにじみ出ている。とはいえ、王子が肯定している言葉を真っ向から否定もできないらしく、微妙な顔つきで口を挟んできた。
「俄には信じられないような……その、英雄的な働きですな。私のような凡夫には、ええ、想像もつかないような。ところで、エリト王子は、こちらのケント殿とどういうご関係ですか?」
表面的には賛美しているようで、その実まるで信じてないことが丸わかりの口調だ。エリト王子も男の真意を理解しているだろうに、少しも表情を崩さず頷く。
「ああ、そうだな。ケント殿でなくばできないような英雄的な活躍だ。此度もケント殿のおかげで救われた。これで命を助けられたのは二度目になる」
「二度目……では、この方が森の聖者!?」
男が驚愕に目を見開く。だが、驚いたのはこちらも同じだ。なんだ、その肩書は。
「森の聖者……?」
「ああ、それは私がケント殿を説明するときに使った言葉です。森の守護者フィクス様に仕えるお立場ですからね」
いや、待て!
フィクスに仕えた覚えはないぞ! 最大限譲って協力者だ。
とはいえ、ここで詳しく説明しても余計に大変なことになりそうな気がする。フィクスが神の如き力を持っているのは確かなのだ。そのフィクスと対等な立場を主張すれば、俺の立ち位置がよくわからないことになってしまう。ここは曖昧な笑みでお茶を濁しておくとしよう。
俺の素性を知ってからは、衛兵の男の態度もガラリと変わった。疑いはすっかり消えて、大きな敬意を感じる。いったい、王子はどんな話をしたんだか。
「ところで、ケント殿はどこにでも転移できるのですか?」
一旦兵を退いたとはいえ、戦争はまだ終わっていない。エステラの東部と南部は占領されたままだ。それに残された地域のケアも必要となる。そのための話し合いをしていたら、エリト王子からそんな質問をされた。そう言われれば、きちんと説明はしていなかったか。
「あ、いえ――」
まだしばらくはエリト王子の手助けをするつもりでいる。情報を共有していたほうが作戦を立てやすいだろうと、帰還魔法の使用について教えておくことにした。厳つい衛兵も聞いているが、今の様子なら、無闇に吹聴したりしないだろう。
ついでに妖精による警戒網についても話しておく。彼らをうまく配備すれば、敵の行動を早期に知ることができる。そういう手段があることは伝えておいたほうがよいだろうと思っての判断だ。
「なるほど。聖樹の力を分け与えることで、新たな聖樹を生み出すことができるのですね」
「はい、まぁ」
「でしたら、まだ北部や中央にも聖樹を配置してもらえないでしょうか。ケント殿にはご負担をかけますが……」
エリト王子は残された領土の情報伝達速度を上げたいらしい。妖精による敵軍浸透の早期発見と、転移による速やかな伝令だ。俺がいなければ実現しないというのはネックだが、その有用性は言うまでもない。
少し考えたが、俺はこの要請を承諾した。いざ必要になったとき、慌てるよりは事前に備えておいたほうがいいと判断したからだ。
だが、この判断がとんでもない事態を引き起こしてしまった。




