第62話 謎の実がなった補給基地
ポリステラ近くの村 補給基地隊長 デッセル
エステラとの戦争がはじまり、もう少しで二月。近衛と国境を守る兵を除くほぼ全軍を投入してエステラを攻めると聞いたときは王の正気を疑ったが、結果としては戦況は我が軍優位に進んでいる。捨て身とも言える攻勢に出るとは周辺諸国も思っていなかったようだ。このまま早期にエステラを飲み込んでしまえば、他国も動けまい。
私の役割はポリステラを囲む8000の軍を飢えさせぬこと。物資は本国からの輜重隊が運んでくる。補給線が長くなるのが目下の悩みだ。
できれば占領した村々からも徴収したい。だが、陛下が略奪を報酬として約束して大量の傭兵を招き寄せたのでそれも難しいのだ。聞くところによれば、傭兵らに襲われた村々はひどい有様らしい。
果たして、傭兵の大量動員は良策と言えるのか。たしかに、エステラ攻略は一気に進んだ。正規軍が睨み合う中、迂回させた傭兵らが後方を荒らすことで敵軍が動揺。その隙をついた大攻勢で我らは大勝利を掴んだ。それは確かだ。
しかし、その後も傭兵たちが奪うに任せるにしたのはどうか。占領した村々は我が国の領土となるのだ。今後の統治を見据えなければならない。荒れ果てた村々に人をいれることはできるが、それにも限りがある。それに、人々の恨みは消えない。大きな街は軍が占領しているが、そこに住む人々にも村に縁者がいた者がいるはずだ。今は大人しくとも、それがいつ暴発するかわからない。
規律の緩みも問題だ。傭兵が略奪を許されている。それを見た兵らが影響を受けている。私の隊はどうにか押さえつけているが、それもいつまで保つか。
昨日も、兵が若い娘に乱暴しかけたという事件が起きた。まったく何を考えているのだ。早期攻略のため、包囲軍に人手をとられている現状、我らは少数で補給基地を維持する必要がある。住人は貴重な働き手であると同時に、潜在的な敵でもある。だからこそ、丁重に扱わねばなんというのに。
幸い、その兵を厳しく罰することで、住人たちの怒りが爆発するのを抑えられた。しかし、そう長くは保つまい。やはり守備兵の増援を願うべきだろうか。だが、本国の守りは引き抜けない。本格的に雪が降る前にポリステラをおとすためにも包囲に人がいる。やはり、厳しいか?
「隊長!」
執務室としている部屋に部下が飛び込んできた。何事にもよく気が利いて、少々のことには動じない男だ。その部下にしては珍しく、慌てているようだ。
「どうした?」
「それが……木に大量の実が!」
はぁ?
何を言っているのだ。
「詳しくは知らんが、実がなる木などいくらでもあるだろう」
「そ、そういう話ではないのです! 一夜にして大量に……とにかく、来てください!」
要領を得ないが、この取り乱し方はただことではない。聞き出すよりは、実際に見たほうが早かろうと、部下の案内に従うことにした。
行き先はすぐそばにある蔵だった。今は村人をまとめて閉じ込めるのに使っている。
「あちらです」
部下が蔵の脇を示す。そこには一本の木があるのだが……確かにおかしなことなっている。鮮やかな色合いの実が大量になっているのだ。
「……いつの間に、こんなに?」
このところ、忙しくて執務室にこもりがちだった。そもそも、立木の一本など、あまり気にしてもいない。なので、私が気づかなかっただけかと思った。
だが、違った。部下が大きく頭を振る。
「今朝です! 今朝、いきなりこうなっていました。昨日までは、まったく……予兆すらありませんでした!」
「なに?」
一日でここまでたわわに実をつけるものなのか? 流石にそれは普通ではないな。
「村の者に話は聞いたか?」
「はい。しかし、そんな木は知らないと。村長を連れて見せましたが、大変驚いていました。その様子から嘘はないかと」
もともと、この木は実をつけるような種類ではないらしい。それが何故か、一夜にして激変した。理由がわからず、村の者すら困惑しているようだ。
うむむ……いったい、何が起きているのだ。悪い予兆でなければ良いが。
ともあれ、実際に起きたのは木一本の異変。不可解で、据わりが悪い感じはするが実害はない。
「現状はわかった。実害はないなら放っておけ。ただ、食べられるとは限らんので、口に入れるなと言っておけよ。いっそのこと切り倒してしまおうか」
「いや、それが……」
部下が気まずげにしている。
「どうした?」
「実は、最初に見つけた者が食べてしまっていて。それを見て、他にも数名が続いたようです」
「何だと?」
迂闊な真似を。
「それで、その兵たちは?」
「今のところは何とも。とはいえ、遅れて効く毒もありますので、油断はできませんが」
今は、実を食べた兵たちの経過観察中というところらしい。それまでは、実を食べるなという指示はすでに出してあるとのこと。動揺していたように見えても、対応は的確だ。ありがたい。
「そうか。よくやってくれた」
「はっ! 食べた者の話によれば、実は食べたことがないような甘さらしいです。もし、毒がないのなら、貴重な食料となりますね」
「おお、それはいいな」
戦場で甘味は貴重だ。味気ない糧秣ばかりでは兵たちは飽き飽きしているだろう。新鮮な果物があれば士気も上がるはずだ。
ただ、数が問題だな。たくさんの実がなっているが、木一本分だ。全軍に行き渡るほどの数はない。うまくやらないと、争いの種になりそうだな。また頭の痛い問題が。
しかし、そんな悩みなど些細なことだった。その日の夜、事件が起きた。
「隊長! 夜襲です!」
「なに!? 敵は?」
「素性はわかりません。が、獣人の姿があったとのこと。狙いは補給物資です!」
獣人……焼き討ちした村の生き残りか!
まずいぞ。奴らは夜目が利く。少人数とはいえ、対応を誤れば大惨事になりかねない。
「兵を叩き起こして、全員で守れ! 物資を守るのを優先して、深追いはするなよ!」
「了解です!」
我が軍が彼らにした仕打ちには思うところがある。だが、私はこの補給基地を任された身だ。悪いが、思い通りにはさせんぞ。




