第59話 要塞化と密かな仕事
俺たちが助けに入った村はベンゼル村という名前らしい。防衛力の強化はぐんぐん進んでいる。進みすぎている。
というのも――
「ぐずぐずしてる暇はねぇぞ! ハリムの奴らに目にものを見せてやるんだ。絶対に崩せない守りを作り上げろ!」
「はっ、当たり前よ!」
「けけけ、奴らなんざ返り討ちよ!」
防備強化のために連れてきた面々の士気が異常に高いからだ。というか、獣人はみんなヤル気に満ちあふれている。
しかし、熱意だけで劇的に作業スピードが上がるわけではない。それを支えるサポート役がいるのだ。
「カペタ! 土掘り、終わったよ!」「木の板、たくさん作った!」
「新しい木、運んでくる?」
カペタに群がる小さな存在。そう、妖精たちである。
うん、おかしいな。彼らは支援ユニットという位置づけなので、勢力範囲から出られないという制約がある。実際、以前森から出られるか試したときは駄目だった。
しかし、いつの間にか状況が変わっていたらしい。帰還魔法のアクセスポイントを増やすため、小聖樹から勢力メニューを開いたときに気づいたのだ。支援ユニットの項目が選択可能なことに。
あいかわらず、召喚可能なユニットは働き妖精だけだ。しかし、勢力範囲外にもかかわらずコマンドが実行できそうな気配だった。試しに問題なく召喚できてしまったのだ。
驚きつつも、ではアラヤ村で召喚した妖精を転移で連れてこれるどうかも試した。結果、問題なく連れてこれたのだ。それどころか、死招きの森から直接行き来もできるようだ。
こうなると、ノルスルの拠点のほうも気になるよな。あまり意識してなかったが、思い出してみると向こうでも支援ユニットを呼び出すコマンドは有効な状態だった気がする。
勢力範囲からは出られないはずの妖精が、なぜ行き来できるのか。単純に考えれば、とある仮説が浮かび上がるが……うん、やめよう。この件について深く掘り下げては駄目な気がする。あまり気にしないでおこう。
ともかく、妖精が動員できるようになったおかげで作業効率がかなり上がった。妖精が森と行き来できるようになったので建材にも困らない。そのおかげで信じられないようなスピードで作業は進み、気づけば村は要塞のようになっている。
まぁ、要塞というのは言い過ぎか。防御面は充実しているが、閉じこもっているだけでは勝てない。敵を追い返すための武器が必要なのだ。残念ながら今はそこまで手が回っていない。
とはいえ、現状、攻撃力が不足しているかといえば、そうでもないんだが。なにせ、こちらには人間兵器こと、アブジンがいる。物見櫓から魔剣を振るだけで、敵兵は紙くずのように切り裂かれていくのだ。それだけでオーバーキルである。
人員の拡充も進んでいる。エリト王子が各村を回ってくれているのも大きいが、近隣の村から逃げてきた人員も多い。中には村人全員が避難してきたところもあるようだ。あとは、傭兵たちに襲われて離散した村の生き残りが流れてきたということもあった。おかげで村の人口は当初の五倍ほどに膨れ上がっている。
増えた人員の三割くらいは防衛戦力としてあてにできそうだ。食料はスキルツリーを増やすことで対応している。が、そろそろ本格的に冬が到来するので、住居や防寒具が必要だ。それらをどうするかが課題である。まぁ、住居はともかく防寒具は買ってくるしかないだろうな。
というわけで、ベンゼル村の守りはかなり強固になっている。その甲斐あってか、最近はこちらに攻めてくる傭兵はいない。
だが、この状況は一概に良いとも言えないんだよな。傭兵が減っているわけではないのだ。ベンゼル村だけを守っても、他の村が襲われては意味がない。
そろそろ他の村にも防衛部隊を派遣すべきか。東部の村に兵を駐屯させることができれば、敵軍の侵攻を防ぐための防衛ラインが築けるはずだ。いくつかスキルツリーを設置できれば、妖精たちに哨戒も頼めるようになる。エリト王子はまだ戻っていないが、計画を前倒ししても良い気がするな。
◆
ルイ視点
ハリム王国の襲撃から人々を守るために、俺たちもベンゼル村に滞在している。ケント様は俺たちをすぐにアラヤ村に戻すつもりだったみたいだけど、無理を言って残してもらった。
戦争の真っ最中だ。やるべきことはたくさんある。無気力にうずくまる人々を再び立ち上がらせるのも仕事の一つだ。下を向いているだけでは、敵にすべてを奪われてしまう。大切なものを守るためには、戦わなければならない。
幸い、ケント様が用意したスキルツリーから採れる【盛り上げ上手】は人々を奮い立たせるには最適だ。村人たちは全員がこの実を食べている。お互いに励ましあうことで、気持ちが上向きになるようだ。なので、周りを敵に囲まれていても村人たちの士気は高い。
流石はケント様だ。俺なんて、もっと戦いに向く実を用意すればいいのにと思っていた。けれど、この展開を見越してのことだったんだな。
『ルイ、例のヤツが動いたわ』
カペタ親方の仕事を手伝っていると、イザベラに声が頭に響いた。これはイザベラの特殊能力テレパシーの力だ。慣れているので、特に驚きはない。
それよりも伝えられた内容が重要だ。監視対象が動き出したらしい。どうやら、俺たちの本当の仕事をこなす必要があるようだ。
ピエールさんは俺やイザベラの親も同然。今の俺たちがあるのはピエールさんのおかげだ。その頼みを断ることなんてできない。それに断る必要もない。この仕事はアラヤ村とケント様を守るためのもの。そのために働けるのなら誇らしいくらいだ。
『すぐに行くよ』
『ゆっくりしててもいいのよ。私ひとりでも十分だから』
『そういうわけにもいかないだろ。確実を期すため、二人で動けって言われてるんだから』
もし怪我でもしたら、ケント様はすぐにでもアラヤ村に戻そうとするだろう。それでは仕事ができない。そうならないためにも、カバーし合うように言われているんだ。
「イザベラ」
「来たわね。ほら、あれよ」
物陰に身を隠すイザベラと合流する。彼女の示す方向には不審な男がいた。少し前にこの村に避難してきた男だ。
賢く、慈悲深いケント様にも欠点はある。それは、人が良すぎるということだ。
戦争のせいで、あちこちで村が焼かれている。ケント様の守るこのベンゼル村にもたくさんの避難民が押し寄せてきた。そのすべてをケント様は受け入れてしまったのだ。中には身元が怪しい人物もいる。それなのに、ずいぶんと無警戒だと思う。
だけど、俺たちもケント様の慈悲深さのおかげで受け入れてもらえたんだ。それを否定するつもりはない。だからこそ、ケント様の欠点は俺たちが補う。それが、俺たちの恩返しだ。
村の隅でこそこそしているあの男は、たぶんどこかの傭兵が送り込んできた間者だ。避難民のようなみすぼらしい格好だけど、目が死んでいなかった。あまり露骨ではなかったけど、村の中を探るような気配もあったので、警戒していたんだ。ようやく尻尾を出したらしい。
「あれは何をしてるんだ?」
「さぁ。火でもつけるつもりじゃないかしら?」
「大変じゃないか!」
慌てて飛び出す。ちょうど火をつけようとしていたタイミングだったらしく、男は油の入った瓶をぶちまけようとしていたところで固まっていた。そこをすかさず殴り倒す。
「ちょっと、ルイ。一人で先走るなと言っといて、ずるいじゃない」
「いや、そんな場合じゃなかっただろ」
「まぁ、たしかに。油まで撒かれてたら【飲み水魔法】じゃどうしようもなかったわね」
軽口を言い合いながら、男の様子を確かめる。ちょうど良いところに一撃が入ったのか、男は気絶しているようだ。
それなら好都合だ。縛り上げて、動けないようにする。ここで殺すと死体の処理が面倒だ。夜を待って、村の外で殺す必要がある。
「血ね」
イザベラがポツリと呟いた。どうやら殴りつけたときに鼻血が出たらしい。点々と赤いモノが地面にこぼれている。
「おい。妙な気を起こすなよ?」
「バッカじゃないの! そんなわけないでしょ」
「悪い、悪い。そうだよな」
「当たり前じゃない。誰が、あんなもの好き好んで摂取しようとするのよ。痕跡を残すのはマズイって話でしょ」
そうだよな。俺たちは他の生物の血をすすらないと生きていけない呪われた種族だった。その呪いから解放してくれたのがケント様だ。跳ね返りのイザベラすら、ケント様には恩を感じている。
「わかった。それじゃ、そっちの処理は任せるよ」
「仕方がないわね。そっちもうまくやりなさいよ」
言われるまでもない。
ケント様に恩を返す。そのためには汚れ仕事だろうと厭わない。それが俺の……いや、俺たち種族の覚悟だ。




