第57話 傭兵団を返り討ち
夜。俺たちは草むらに伏して、敵が来るのを待っていた。傭兵団に狙われる村から見ると、西側の草原地帯に潜んでいる。よほど注意して探らなければ見つからないはずだ。
空に浮かぶ月はわずかに欠けている。満月に近いので、そこそこ明るい。とはいえ、あくまで夜にしては、だ。やはり月明かりだけでは視界に大きな制限を受ける。近距離なら何となく見えるが、少し先は真っ暗闇だ。
ここにいるのは、全員ではない。今回の防衛戦では部隊を役割によって二つに分けることにしたのだ。
村に入った半分が防衛役だ。村は周囲を柵で囲って防備を固めている。とはいえ、にわか作りで鉄壁とは言いがたい。戦いの経験がない村人たちではすぐに守りを破られてしまう恐れがある。なので、村人を指揮して、守りを固めるのが村に入った面々の役割だ。
村人と接する必要があるので、エリト王子率いるエステラ兵が入っている。また、粘り強く守るのが得意なノルスルの兵もこちら。名目上の指揮官はエリト王子、実質的にはロウ爺さんが取る。
で、俺たち“アラヤ一家”の面々は攻撃役。村から少し離れた場所で潜んでいるのは、襲撃してきた傭兵団を側面から襲いかかるためだ。
なお、アブジンもこちらにいる。これは、魔剣を活かすため、らしい。村人は柵を利用して長柄の槍で攻めるので、剣では戦いにくいのだろう。
敵の数は不明。敵戦力を探るための斥候はあえて出さなかった。というのも、下手に探ると、こちらの存在に気づかれてしまう。敵の情報よりも不意をつけるという有利をとったというわけだ。
敵が想定以上に多ければ困ったことになりそうだが、その心配はほとんどないらしい。というのも、村々を荒らしているのはハリムの正規兵ではなく傭兵団。それも利益配分で揉めないように、それぞれが独立して動いているようだ。僻地の村を狙うような傭兵団なら規模も小さい。うまく奇襲できれば壊滅は難しくないんだとか。
勝てる条件は整っている。あとは敵が攻めてくるのを待つばかりということらしい。
「来るかな?」
「来るだろうさ。しきりに斥候を出していたからな」
「防衛部隊もうまく隠せましたからな」
黙っていられず小さく言葉を漏らすと、ファンガとピエールがそう言った。
こちらから傭兵団を探っていないが、敵側の斥候の姿は何度か報告があった。頻度的に今日中に攻めてくるのはほぼ間違いないとファンガは見ている。
その敵斥候に見つからないよう、防衛部隊はこっそり村に入った。通常なら士気をあげるために増援の存在を喧伝するらしいが、今回はあえて伏せたらしい。気づかれたら傭兵団が襲うのをためらうかもしれない。釣り出すためにあえて、隠したんだとか。
はぁ、なるほどな。こういう局所的な戦いでもいろいろ考えることはあるわけだ。やっぱり、俺に軍の指揮とかは無理だな。やりたいわけじゃないから、別にいいんだが。
ともかく、ファンガたちはいろいろと策を巡らせていたようだ。その甲斐あって、敵の油断を誘えたらしい。
「来たな」
アブジンが囁く。慌てて視線を南側に向けると、ポツポツと小さな赤い光が生まれるところだった。光は次々と増えていく。敵兵の松明の明かりだ。
「夜襲なのに松明とは。どうやら、こちらを警戒してねえみたいだな」
「そのようだ。しかし、思ったよりも数が多いな」
アブジンがファンガに同意しつつ、敵の数について言及した。
たしかに松明の数が多い。一人一つだとしても五十くらいはいそうだ。下手したらもっといるぞ。
「大丈夫なのか?」
「まぁ、あの程度なら問題ねぇよ。所詮は傭兵だからな。命を賭けるような戦いでもねぇ、ましてや絶対的に有利だと思っているところに思わぬ奇襲を受けたらあっという間に崩れるぜ」
ファンガが自信を覗かせる。
こちらは主要メンバーが獣人だ。明かりをつけずに側面から襲う。相手はこちらの人数も動揺するとのことだ。
さらにアブジンも頷く。
「こちらには魔剣もある。負けることはまずないな。ただ数が多いと取り逃がすことがある。それが心配だな」
それはたしかに。ここで逃げられたら、他の村が襲われることになる。血なまぐさいことを言うが、できれば殲滅しておきたいところだ。
「であれば、私は逆側に回り込みましょうか」
「そうだな。ピエールなら傭兵に遅れをとることはねぇだろ」
「まぁ、負けはしないでしょうが、すべてはさばけませんので、あまり取り逃さないようにお願いしますよ」
そう言ってピエールが闇に溶けていった。いや、単純に歩いていっただけなんだが、あまりに気負いがないのでそう見えただけだ……よな?
それにしても、みな余裕があるな。まるで勝つことは決まっているかのようだ。いや、実際そうなのだろうが、そこまで趨勢を見極める力がない俺には慢心のように感じられる。本当に大丈夫なんだろうか。
そうしている間にも敵兵は近づいてくる。声を抑えているようだが、それでも下卑た笑い声が風に乗って届いてきた。あまり練度は高くないようだ。いや、大した戦力がないと油断しているのかもしれない。
明かりが近づいてくると、奇襲部隊にも緊張が高まってきた。ファンガやアブジンも表情を引き締めて、敵の動きを見守っている。
俺は緊張どころではない。心臓がバクバクと鳴って、落ち着かない。以前、傭兵団を追い返したとき以上のストレスがヤバい。奇襲って仕掛ける側も大変なんだな。
傭兵団は村の少し手前で止まった。隊列を整えているらしい。しばらくして指揮官らしき者から号令がかかり、傭兵たちが一斉に村へと駆け出した。
「行くぞ!」
それに合わせて、ファンガからも号令がかかった。
「まずは私が」
アブジンが草むらから躍り出ると、剣を振った。剣閃は空を切り裂くが、それだけに留まらない。黒いのに何故か輝いてみえる不思議な刃が虚空に生じたかと思えば、それが傭兵に襲いかかったのだ。
「ぎゃ!?」
「な、なんだ!」
「て、敵襲だ!」
暗闇の中から複数の悲鳴と、動揺する傭兵たちの声が聞こえてくる。完全に不意を突かれたせいで、傭兵たちの足はピタリと止まった。
いや、ヤバいだろ。今のが魔剣の力か。ノアの衝撃波もかなりのものだったが、黒い刃はそれ以上だった。あんな物をまともに喰らえば、ただではすまない。今の一振りで何人の命が失われたのか。
だが、アブジンに躊躇はなかった。続けて、一、二と剣を振る。それを見たファンガは直接敵を攻撃するのをやめて、獣人たちをつれて背後に回り込むことにしたようだ。
「だ、駄目だ! 逃げろ!」
「化物だ! 勝てるわけがねぇ!」
アブジンの容赦ない攻撃にとうとう傭兵の統率が崩れた。一人が逃げを打てば、他もそれに続く。
「ぐぁ!」
「じゅ、獣人ども!?」
しかし逃げ道はファンガたちが塞ぐ。すでに戦う意志を砕かれた傭兵たちは次々と討ち取られていく。
「お前ら、こっちだ! 村の脇を抜けるように撤退する!」
敵の指揮官はなかなかの有能みたいだな。近くにいた団員をまとめて、こちらとは逆側に逃げるつもりのようだ。そちらにはピエールがいるが、まとまって動かれると対応はできないだろう。
ここは俺の出番か。
呪文を唱えて、魔法を発動する。凄まじい爆発音が周辺に響いた。
使ったのはもちろんSE魔法だ。音だけの虚仮威しだが、聞いたこともないような轟音は敵兵をすくませるのに役に立つ。暗闇で状況が把握しにくいのも、プラス材料だ。
「な、なんだ!?」
「新手の攻撃か!」
「や、やべぇぞ」
狙い通り、傭兵たちは動揺した。一方、音の正体を知っているファンガたちは動きを止めることはない。足を止めた傭兵たちを次々に仕留めていく。
そして――
「だ、団長がやられた!」
「もう駄目だ!」
この隙に誰かが敵の指揮官を討ち取ったらしい。傭兵団は総崩れ。ごく一部に逃亡者が出たようだが、そのほとんどが命を落とすことになった。
こちら側は数人が怪我を負ったが死者はなし。かなり一方的な戦いになった。それも、結局防衛部隊は何もせずに、だ。
なるほど。ファンガたちが、勝てると断言するわけだ。兵数こそ少ないが、俺たちはそれなりの戦闘力を持っているらしい。




