第56話 襲撃の予兆
これから向かうのはエステラ西部地区だ。システム通知ではまだ陥落したという報せはないが、あれは月一の報告なので最新情報が得られるわけではない。実際にはハリムの傭兵たちが浸透しはじめているらしい。そこで、前線となっている村を解放しつつ、ハリムの権力を削ろうというのが、今回の目的である。
エステラへの遠征メンバーは俺、ピエール、ファンガに有志の村人が二十人ほど。いずれも獣人で数名は女性も混じっている。レンはヒルエ王女の世話があるので不参加だ。
本当なら妖精たちも連れてきたかったのだが、彼らも留守番だ。支援ユニットという特性上、妖精たちは勢力の支配領域から離れられないらしい。アラヤ一家で言えば死招きの森が領土の境界なので、エステラの領土で活動する今回の作戦には参加できない。まぁ、里の防衛戦力も必要なので。そちらを任せるとしよう。
さらには、自由都市同盟からも援軍を呼ぶ。アブジンに打診したところ、二十名の私兵を率いて合流してくれることになった。私兵とは言うが、彼らは普段からアブジンの下で戦う精鋭で、家臣団と言ったほうが適切かもしれない。いずれにせよ、歴戦の猛者であり、大きな戦力となってくれるのは間違いない。
そして、忘れてはいけないのが、エリト王子が率いる兵五名。戦力としては一番小さいが、この部隊の中核だ。今は少人数でも、解放する村から人を募ればいずれ大規模化するはず。そうなれば俺たちもお役御免である。
以上が部隊の全容だ。総勢五十名ほどで、軍隊としては小規模だが、村を解放するくらいなら十分な戦力と言えよう。
「いやはや、転移能力とは。流石はケント殿だ」
自由都市同盟の兵を呼ぶにあたって、やむなく帰還魔法を披露することになった。はじめての転移に兵たちは戸惑っているが、アブジンは動揺もなく楽しげだ。
「ははは、どうもありがとうございます。しかし二十名も兵を出してもらえるとは思いませんでした」
「ノルスルとしても他人事ではないからな。バナンザ様からも許可をいただいているので問題ない」
アブジンが自信に満ちた表情で頷く。戦いに赴くというのに少しの緊張も見られない。実に頼もしい。
それに、今回の派兵はバナンザにも許可を取っているようだ。ここでハリムの戦力を削ることは自由都市同盟にとってもメリットがあるということか。ならば、しっかり頼らせてもらおう。
おっと。それはそうと、まずは彼らをエステラ組に紹介しなければ。
「エリト王子、こちらは自由都市同盟のアブジン殿です」
「アブジン殿というと、ノルスルの守護者と謳われる、あの?」
「身に余る名声ですが、そのように呼ばれることもありますな。このたび、ケント殿の要請によりご助力することになりました」
援軍の話は伝えていたが、アブジンがくるとは思っていなかったようで、王子を筆頭にエステラ側はかなり驚いている。どうやら思っていた以上に有名人らしい。援軍のリーダーということもあるだろうが、王子すら敬意を示している。
「まさか、アブジン殿にご助力いただけるとは……」
「なに。私もケント殿に命を救われた身。そういう意味では王子と変わりませんよ」
「なんと。そうでしたか」
アブジンがそう言うので、なんか俺まで凄い人物だと思われてそうだ。実際は毎日木の実を一つ配送するだけなので、大したことはしてないのだが。
さて、エステラ組の衝撃は大きかったようだが、いつまでも無駄話をしているわけにはいかない。ここは森の外縁部、少し行けばそこはエステラの領土だ。場合によっては会敵もあり得る。慎重に動かなければ。
この部隊の目的はエステラの領土奪還。本来ならば、エリト王子が指揮を取るべきだが、アブジンに遠慮してかこれを辞退。まぁ、一番の少数勢力なのでやりにくいというのもあるだろう。ではアブジンが指揮をとるかというと、彼もあくまで助っ人なのでと辞退した。というわけで、何故か俺がリーダーである。指揮なんてとれるわけもないのに。
「ピエール、任せた」
「いえ、私も部隊指揮は苦手で。ここはファンガに任せればよろしいかと」
「俺かよ!」
という締まらないやり取りのあと、実質的な指揮はファンガが取ることになった。
まずは周辺の情報を集める必要がある。周辺地理に詳しいエステラの兵と感覚の鋭い獣人をセットにして三組を斥候として放つ。この近くには北と南に開拓村があるらしいので、そちらに向かう方向とその中間、三方を探らせる。
近いと言っても村まで往復すれば半日がかりだ。その間に、ファンガとアブジンが中心になって部隊の動かし方を話し合っている。素人が口を出してもいいことはないので、俺は黙って聞いているだけだ。指揮官とは。
途中、食事も挟んだ。五十人規模となると、普通は食料確保もそれなりに大変だが、そこは転移地点確保のためのスキルツリーで解決できる。ちなみに、ここの木のスキルの実は【そよ風魔法】だ。効果はそのままで、そよ風を吹かす魔法である。痛風魔法とは違い正統派の風属性魔法という感じだが、使い勝手は微妙だ。本当に微風なので。風呂上がりに使えば心地よいかもしれない。
三組のうち、北側・中央に送った二組は軍団が通ったような形跡はなしとの報告だった。しかし、南側の斥候がなかなか戻らない。ようやく姿を現したとき、戻ったのは獣人の一人だけだった。
「ファンガ!」
「おう、もう一人はどうした?」
「南側の村だ。襲撃の予兆があるってんで、村に残った」
その報告で一同に緊張が走る。
南の村はここから遠くない位置にあるらしい。偵察に出た彼らは、村が防備を固める様子を確認。ペアのエステラ兵の提案で村人に接触したらしい。
「昨日、怪しい人影を見たとかで、警戒してるんだと。たぶん、どこかの傭兵団の斥候だろう。予想があたっていれば、今日の夜にでも襲ってくるんじゃないかって話だ」
村には南から逃れてきた他の村の住人もいて、敵軍の侵攻が迫っているのは確実らしい。怪しい人影が傭兵団の偵察である可能性は高い。ハリムの傭兵は略奪のために降伏を認めないので、村は死ぬ気で防衛するしかないらしい。
差し迫った状況だが、今ならまだ間に合いそうだな。そう考えていると、みなの視線が俺に向いていることに気づいた。
「なんだ?」
「旦那、どうする?」
え? もしかして、俺が決めるのか?
部隊の指揮はファンガに任せたつもりなんだが。
しかし、ファンガもアブジンもエリト王子も俺の言葉を待っているようだ。基本方針は俺が示せってことか?
まぁ、この状況ならやることは一つだ。
「もちろん、村を救う。まずは、村のそばまで行って状況確認だ。防衛についてはファンガに任せる」
「了解だ! おう、みんな聞いたな! 夜襲の可能性が高いが、それより早く襲ってくるかもしれないねぇ。足の早いヤツは先行しろ。何かあれば報せにもどれ!」
さぁ。いよいよ、戦いだ。




