第55話 覚悟を決める
救出した二人のエステラ王族は王子がエリト、王女がヒルエという名前で双子らしい。
村に案内したあとは、最低限の世話役をつけただけで、こちらから干渉はせず見守った。二人は村の様子を見て回ったようだ。積極的に交流することはなかったが、村人を見下すような態度をとることなく普通に接している。獣人への忌避感は無さそうなので、ほっとした。
エステラ兵にもわずかながら生き残りがいたようだ。落とし穴地帯周辺を哨戒していた隊が保護して、今は数人が二人に合流している。
そして、今日。ついに彼らから会談の申し出があった。特に、引き延ばす理由もないので、即日会談をセッティングする。俺としても、彼らの決定は気になるところだ。
会談場所は作戦会議などを行うために新しく作った建物だ。王族を俺の狭い家に招くのは憚られたので、カペタの弟子や妖精たちに頼んで、急ぎ建ててもらっていたのだ。何とか間に合った。
あちら側はエリト王子にヒルエ王女、そして老臣のロウ爺さんが出席している。こちら側は俺とレン、ファンガ、ピエールだ。レンに関しては、元女王とは告げずに、村で保護しているエルフとして紹介してある。
議題となったのはまず彼らの去就。まずはヒルエ王女の話になった。
「ケント殿、どうかヒルエの保護をお願いしたい」
エリト王子がそう言って頭を下げた。あちらは王族でこちらはただの村人。だというのに、かなり謙った態度だ。ロウ爺さんは何か言いたげだが、事前に言い含められているのか口を出すこともない。
おっと、いつまでも王族に頭を下げさせておくのはよくないな。
「頭を上げてください、エリト王子。ヒルエ王女をお迎えすることやぶさかではございません。ですが、ここは何もない村です。王宮のような快適な暮らしはできないですよ」
念のため、華美な生活は保証できないと伝えておく。それに対して、ヒルエ王女がふわりと笑みを浮かべる。
「そんなことはございませんよ。この時勢においては平穏こそが何ものにも代えがたい贅沢だと心得ております」
ずいぶんアラヤ村を買ってくれているようだ。その評価は正直嬉しいな。
実際にはシステム通知を聞いた“プレイヤー”から警戒されているので、絶対に安全とは言えないんだが……あえて伝えて不安にさせることはないか。
「わかりました。それでは、ヒルエ王女はうちの村でお預かりします」
「ありがとうございます、ケント様。これからは村の一員になるのですから、私のことはヒルエとお呼びください」
滞在を許可するとヒルエ王女からそんな申し出が。
この王女、村の一員になるとか言っているぞ。一時的に滞在するだけじゃないのか?
いやまぁ、エステラを奪還できるとは限らない。他国に渡ればそれなりに遇させるかもしれないが、政治的に利用されることになるだろう。それを避けるためには、この無名の村に身を寄せるというのもひとつの選択肢かもしれないが、かなり思いきった決断だな。
しかし、それでも一国のお姫様だぞ。小市民の俺としては、いきなり普通の村人と同じ扱いにするのは抵抗がある。
困った俺を見かねててか、レンが代わりに口を開く。いつか見たお澄ましムーブだ。
「ふふ、ヒルエさん。急にそんなことを仰ってはケント様が困ってしまいますよ」
「ええと……あなたはレンさんでしたか」
急に割って入ってきたレンに、ヒルエ王女が戸惑う。それにも構わず、レンが爆弾を落とした。
「ええ。正式にはリーレンと申します。ユーリッド聖樹国の女王と名乗ったほうが通りはいいかしら」
「えっ!?」
この発言には、流石にエステラ側の三人はかなり驚いたようだ。そりゃそうだろうな。こんな隠れ里に他国の王族がいるとは思わないだろう。しかも申告通りなら国のトップ。王子王女とはいえ、女王と比べれば立場は下だ。
というか、俺も驚いた。レンが元女王であることを明かす予定はなかったはずだが。
どういうことだと意図を込めて視線を送れば、レンは目をパチパチと瞬かせる。たぶん、アイコンタクトだと思うが……まぁ、何か意味があるんだろうな。以前のレンは腹芸とかからっきしだったが、こちらに来てからは参謀としてふさわしい能力を身に着けている。ここは任せよう。
「も、申し訳ございません。失礼いたしました」
咄嗟に礼を取ろうとしたヒルエ王女を、レンが止める。
「いえ、ごめんなさい。さきほどの名乗りは、素性を説明するためのもの。実際には元がつくのです」
「元?」
レンがエステラ側に自身の事情を伝える。バナンザのときとは違って、追放されたことを伏せたりはしないようだ。戦争に反対した結果だということも伝えたことで、ヒルエ王女なんかは尊敬の目でレンを見るようになった。戦争で王宮から落ちのびることになった彼女としては、身分を捨てることになってまで戦争に反対したレンが偉大な人物として見えているらしい。
「そんな事情があって森を彷徨っていた私をケント様が救ってくださったのです」
「そうだったのですか……」
「ええ。そういう意味では私もヒルエさんも変わりません。逆に同じ立場だからこそ、わかることもあると思います。ですので、何かあれば私を頼ってくださいね。ケント様はお忙しい方ですから、私が対応しますので」
「わかりました。よろしくお願いします、リーレン様」
「いえ、レンでいいですよ。この村では私もあなたも同じ立場ですから」
今まで見たこともない慈愛に満ちた表情でレンがヒルエ王女に微笑みかける。こいつは本当にレンなのだろうか……と思ったら、こちらをちらりと見て、にへらと笑った。あの緩い顔はやっぱりレンだな。
どうやら、俺が王女の扱いに困っていることを察して、対応を買って出てくれたようだ。正直ありがたいので、ここは素直にレンに任せよう。
エステラの生き残りには侍女が一人いて、彼女がヒルエ王女と一緒に村に残ることになった。村の暮らしになれるまではレンが面倒を見るということで話がつく。
「それで、エリト王子はどうするつもりですか?」
「私は兵を率いて戦いたいと思います」
「そうですか……」
エステラの王族を支援して、ハリム王国の侵攻を遅らせる。それが、俺の想定していたシナリオだ。エリト王子の申し出は渡りに船ではある。
だけど……エリト王子は十二歳。かなり大人びているとはいえ、まだ子どもだ。村の安全のために、彼を利用していいものか。利害は一致しているので、一方的に利用するわけではないが、それでも心理的には抵抗がある。
「それは茨の道ですよ」
「わかっています。しかし、父上も兄上もまだ戦っておりますので」
決意は固いようだ。
「どうするつもりですか?」
「それに関してケント殿にお願いがあります。どうか兵をお貸しいただけないでしょうか」
エリト王子がまっすぐとこちらを見据えてくる。
兵か。たしかに必要だろうな。エステラの残兵はロウさんを含めて五名ほど。これでは、村を解放することすらできない。
「旦那。俺に行かせてくれ!」
「ファンガ……」
「ハリムの連中に一泡吹かせたいんだよ、頼む!」
そうだよな。理不尽に故郷を追われた獣人たちはハリム王国に憎しみを抱いている。そうでもしなければ収まらないという気持ちは理解できないでもない。
俺としては積極的に戦争に関わりたいとは思わない。思わないが……エリト王子のような少年を戦場に向かわせて知らぬふりというのもな。
ハリムの王はおそらく“プレイヤー”だ。だというのに、獣人に理不尽な仕打ちをして、エステラ王国に攻めかかるという非道な行いをしている。俺からすると、考えられないことだ。これがフィクスの言っていた“ゲームの駒としか見ていない”ということなのだろうか。
そんな“プレイヤー”にアラヤ一家のことが知られている。今の状況は俺にとっても望ましいものではない。
「……わかりました。エリト王子、微力ですが、エステラ奪還のお手伝いをしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
戦争はしたくはない。しかし、村を守るために避けられないというなら、俺も手を汚そう。それが村の長としての覚悟だ。




