第51話 落ちのびるエステラ王族
ここ数日、俺はひとり考えにふけっていることが多い。頭痛の種はもちろん、東から逃げてくるというエステラの王族だ。
フィクスからの情報提供があってから、監視を強化した。監視役は妖精たちに担ってもらう。と言っても、素材採取を東でやってもらうだけだ。飛んで移動する彼らの活動範囲は広い。素材集めをしながら、哨戒任務までこなすのだから非常に優秀だ。
逃げてくるエステラの王族の扱いは決めかねている。ただの庶民なら村で受け入れればいいだけの話だが、王族となると同じようには扱えない。新たな火種になるのは間違いないからだ。身分を捨てるというのであれば、逃亡の手助けをするのもやぶさかではないが……まぁ、実際には難しいだろうな。本人が望んでも、周囲の人間が許さないとか、普通にありそうだ。
まぁ、王族の処遇はひとまずはおいておこう。それよりも問題になるのは追手だ。
ハリム王国としては、王家の血族を取り逃すことはなんとしても阻止したいはず。他国に逃げ延びた場合、祖国奪還を企てる可能性が高い。皆殺しか、自分の手の届くところで飼い殺しにするのが一般的ではないだろうか。あくまでフィクションの知識だが。
となれば、追手は必ずかかる。仮に、ハリム王国の目をかいくぐって足取りを掴ませなかったとしても、捜索隊は組織されるだろう。おそらく、死招きの森にも派遣される。そうなれば、同じだ。アラヤ村の存在が露見する可能性が高い。
ベストなのは森へと逃げ込む前に、エステラの王族が捕らえられることだ。しかし、それを期待して無策というわけにはいかない。
こちらがハリムの兵に先んじて、エステラの王族を捕らえるのはどうだろうか。傭兵を装って、ハリムに引き渡せば、調査の手が死招きの森に及ぶのを遅らせることはできるだろう。
「でもなぁ」
村を守るためとはいえ、現時点で敵対しているわけでもない者たちをはめるのは抵抗がある。傭兵を装うにしても、うちにいるのは獣人ばかり。ハリム兵と接触させるわけにはいかないし……やっぱり無理かな。
やはり、落ち延びてくるエステラの王族たちの行動を見て、対処するしかないだろう。行き当たりばったり……いや、臨機応変というやつだ。
腹を決めたところで、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「村長、来たぜ! ちっこいのが知らせてきた!」
「いたよ! たくさん人がいた!」
部屋に飛び込んできたのはカペタだった。報告者らしき妖精も一緒に連れてきたようだ。
「来たか。そのたくさんの人の所属はわかるか?」
「わかんない! でも、ちょっとの人をたくさんの人が追いかけてたよ! 今、落とし穴のところ!」
どうやらエステラの王族と追手と見て間違いないようだ。しかし、落とし穴地点まで逃げ延びてしまったか。あれを見れば人の手が入っていることは明らかだ。ハリム王が森の調査をするきっかけになりそうだな。村に人を近づけさせたくなくて防衛ラインを遠くに置きすぎたか。失敗だったかもしれない。
さて、どうするか。
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エステラ魔法国第二王子 エリト視点
ハリム王国が兵を集めているという噂が流れ、王宮でも緊張が高まっていた。以前からの小競り合いとは違い、今回は傭兵も動員していると聞く。本格的な戦争になりそうだという予感はあった。
しかし、ハリムと我が国に国力の差はほとんどない。ならば、最初の攻勢は跳ね除けられるというのが大方の見方だった。さらに、こちらは防衛側。待ち構えて迎撃すればいいので、行軍の必要がない。城壁を頼りにすることもできる。初撃を凌げば、有利になるのはエステラだ。
王宮内の多くの者がエステラの敗北など想像もしていなかった。むしろ、撃退した余勢を駆って、逆侵攻を仕掛けようなどと勇ましいことをいう者もいたくらいだ。緊張感はあれど、不安を抱く者など微塵もいなかった。
しかし、その楽観は早い段階で打ち崩された。ハリムの兵は異常な士気の高さで国境の砦に攻め寄せ、それに釣られたのか傭兵たちすらも多少の被害をものともせず突貫してきたらしい。死を恐れぬ猛攻に砦の守護兵たちは恐れおののき、士気が挫けたという。結果、国境の砦は初日で陥落してしまった。
その後も侵攻は止まらない。むしろ、ますます勢いづいた。ハリムは略奪を餌に大量の傭兵を動員しているらしい。傭兵たちは我先にと各都市に襲いかかっていると聞く。
本来なら戦力の分散は愚の骨頂。各個撃破して終わりだ。しかし、今回の場合、戦線が分散しすぎて対処が追いつかない。しかも、ハリムの本隊は健在。そちらを警戒して、エステラ本軍も動かせない。おかげで、傭兵たちへの対応は後手に回り、南部と東部はイナゴの群れに襲われたかのように食い荒らされてしまった。
これにはたまらず、地方領主は兵を引く。本軍の人員が減ったところで決戦だ。士気、兵数ともに劣るエステラ軍は不利な戦いを強いられた。将兵の奮戦も虚しく、部隊は壊滅。南部は放棄し、中央に兵を集めて抗戦の構えを取っているが、王都陥落が間近なのは誰の目から見ても明らかだった。
「エリト、ヒルエ。そなたらは西に落ち延びよ。死招きの森を通れば、ハリムの目を盗み国外への脱出も叶うやもしれん」
父上の指示で私と双子の妹であるヒルエは王都から逃がされた。父上と兄上は私たちを逃すため、自らを囮になさったのだ。できるなら私も戦いたかったが、まだ未熟な私では大した役にも立てない。それよりも王家の血筋を残すことが大事と言われれば、自己満足で命を散らすことなどできようもない。
私とヒルエはわずかな手勢を連れて、死招きの森に逃れた。が、そこは聞きしに勝る魔境だった。獰猛な魔物が牙を剥き、護衛の兵は次々に倒れていく。逃避行は難航を極め、ついにはハリムの追っ手に追いつかれてしまった。
「エリト様、ヒルエ様! 我々がここでハリムの蛮族どもを食い止めます! お逃げください!」
足止めを買って出て、忠臣が一人また一人といなくなる。ついには私たちを守る者は皆いなくなってしまった。
「いたぞ! 捕らえろ!」
「最悪殺しても構わん! 死体さえ残ればな!」
ハリムの兵が迫る。ここまでか。
「ヒルエ」
「駄目よ。エリト、もう助からないわ。だったら、最後まで一緒よ」
最後はヒルエだけでも逃がそうと思ったが、先回りで拒絶されてしまった。
だが、そうだな。私では足止めにもならないだろう。ならば、最後まで醜くあがいてみせようじゃないか。
「わかったよ。行こう!」
「ええ!」
ヒルエと手をつなぎ、がむしゃらに走る。こんなこと、いつぶりだろうか。
不意に足元が崩れるような感覚に襲われた。そして、次に来るのは浮遊感。気づけば……私とヒルエは暗い穴の中にいた。




