第50話 ポンコツからのタレコミ
システム通知によって、エステラの陥落が近いと知った俺たちは、ノルスルでの活動を一時切り上げることにした。
もっとも、バナンザの商会とやり取りはイセオが続けるし、個人の子どもたちがやっている串焼き屋も継続する。要は、俺やピエールが引き上げるというだけのことだ。
今は対ハリムに向けた会議の真っ最中。参加者は俺、レン、ファンガ、ピエール、そして防衛設備担当者としてカペタが参加している。
場所はあいかわらず、俺の家だ。そろそろ、ちゃんとした会議室を作ったほうがいいかもしれない。
すでにエステラ魔法国の半分がハリム王国の手に落ちたことは共有した。いったい、いつの間にそんな情報を得たんだという問いには、『女神からのお告げ』と説明してある。普通なら鼻で笑われるような話だが、女神の導きで村にたどり着いたと信じる獣人たちは、すんなり受け入れられた。フィクスを女神扱いしなければならないことは大変遺憾だが、言い訳としては非常に便利である。
「まさか、エステラがここまで脆いとはなぁ」
ファンガが唸るように言って、頭をかきむしる。村の防衛担当者としては頭が痛いことだろう。もちろん、それは俺も同じだ。
「傭兵をうまく使ったんでしょうね。ハリム王は、かなりの戦巧者のようです」
レンが能面のような顔で言った。
「傭兵か。だったら金が尽きれば、戦いは続けられねぇか?」
「だからこその短期決戦なんでしょうね。あとひと月もあればエステラ全土を支配下に置けそうですし」
「だよなぁ……」
資金切れでの撤退を期待するには、勢いが強すぎる。何事もなければこのままエステラは滅亡してしまうだろう。
「自由都市同盟に動いてもらうのは難しいか?」
「難しいでしょうね。バナンザさんが権力を掌握したあとならともかく」
「他人事じゃないはずなんだがなぁ」
「“女神のお告げ”がなければ、一ヶ月で同程度の国の半分を侵略するなんて普通は考えもしないでしょうからね」
それもそうか。地球と違って、この世界は情報の伝達速度が遅く、確度もいまいちだ。システム通知で状況を知れる俺たちとは違って、バナンザ以外の自由都市同盟の市長たちは、ハリム王国の侵攻はまだ数年単位は先のことだと考えているはず。この時点で、ハリム王国に兵を出して恨みを買うなんて決断をするわけがないか。数年後には状況が変わって、火種が消えている可能性もあるわけだし。
「しかし、戦争が終わったとして、アラヤ村に目を向ける可能性は低いのでは?」
「だな。例の傭兵はうまく追い払ったじゃねぇか」
ピエールの疑問に、カペタが同調する。
まぁ、普通に考えればそうだ。死招きの森に隠れ里があるとは考えないだろうし、知ったとしてもわざわざ兵を差し向けるメリットはない。例の傭兵たちみたいに奴隷狩りの連中が押し寄せてくる程度なら返り討ちにできるので、俺やレンの警戒は過剰に見えるのだろう。
しかし、ハリムの王が“プレイヤー”なら話は変わる。“アラヤ一家”のことはシステム通知で知っているはずだ。ゲームでは存在しなかった勢力の登場。不確定要素を放置することはないだろう。最低でも余裕ができた段階で調査部隊を派遣する程度のことはするに違いない。例の『森の化物』で追い返すことはできるとしても、あまり派手にすると“プレイヤー”が相手では逆に注意を引いてしまうかもしれない。
この懸念をどう説明するかが問題だった。
今のところ、彼らには『この世界がクロニクル・オブ・ロードを模して作られた』という事実は伏せてある。説明したところで受け入れるのは難しいだろうし、ウォーゲームの舞台として上位存在を楽しませるために存在すると聞いても不快になるだけだからな。
ときどき俺たちが口にする“プレイヤー”という言葉を、彼らは預言者みたいなニュアンスで受け取っているようだ。さしずめ、システム通知は神託といったところか。創造者からのメッセージと考えればあながち間違ってはいない、か?
なんにせよ、そのような下地がある以上、それを利用すれば説明は難しくない。
「……これも女神のお告げだ。ハリムの王が死招きの森に興味を持っているらしい」
「そういうことか。それなら、警戒はしておくべきだな!」
「ですな」
説得が楽なのはいいが、やっぱり納得がいかない。ぶっちゃけ、転移直後ほどフィクスに対する怒りはないんだが、それはそれとしてあのポンコツが女神として称えられるのはちょっと。まぁ、実態を知らなければ、そんなものかもしれない。実害はないので、受け入れるしかないか。
その後は、防衛設備の設置状況や解放された獣人たちの様子などを聞く。落とし穴はいくつかの範囲に設置済み。うまく誘導できれば、少数の部隊なら無力化できそうだ。解放された獣人は数名が志願して兵士となってくれるらしい。訓練はファンガとピエールがつけてくれる。
とまぁ、多少は村の防衛力も上がっているようだ。
時間は俺たちの味方だ。バナンザの自由都市同盟での権力掌握も進む。奴隷を買い進め、アラヤ村の防衛力も強化されていくだろう。できれば、エステラ魔法国にはできるだけ粘ってもらって、俺たちがハリム王国を迎え撃つ猶予を作ってほしいものだが。
しかし、そうも言っていられないという情報がもたらされたのはその日の夜だった。
時刻はおそらく深夜。だというのに、俺は柔らかな日差しの下にいた。夢の中なので、時間は関係ないんだろうが。
「やぁ」
いつかの庭園。白いテーブルの一席にフィクスが座っている。今回は、エセ女神の格好ではなく、初めから執事服だ。
「何の用だ」
言いながら俺が席につくと、フィクスはいたずらっぽい笑みを見せた。
「新しい女神のお告げってヤツだよ」
どうやら、昼間の会議を覗き見ていたようだ。俺が複雑な気持ちを抱いているとわかって、からかっているようだ。本当にたちが悪い。
とはいえ、フィクスからの情報はありがたい。システム通知は、ゲームにおける月ごとの結果報告みたいなものなので、情報を即時に入手することはできないのだ。場合によっては、一ヶ月遅れになることもある。
「内容は?」
「何の反応もなしかい? つまらないなぁ」
面倒なヤツだな。しかたない。女神ごっこに付き合ってやるか。
「女神様どうもありがとうございます。いただいた情報は必ず村のために役立ててみせましょう」
「うひぃ!? 君から女神なんて言われると鳥肌が!」
こいつは……!
睨みつけると、何故かフィクスは満足気に笑った。
「ごめんごめん。こっちも出資者の目を盗んでいるので時間はとれないんでね。手短に話そう」
そう言って一拍おいたフィクスが、表情を改めた。
「死招きの森にエステラの王族が落ち延びようとしているみたいだ」
そいつは……なかなか厄介な話じゃないか?




