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第43話 孤児院を救う

「仕方がない。勝手に入らせてもらおう」


 ピコを下ろして、ドアに手をかける。幸い、鍵はかかっていないようだ。玄関に応対してくれた少年の姿はすでにない。代わりに、奥の方で泣き叫ぶような声が聞こえる。その声を頼りに、進んでいく。


「お母さん! お母さん!」

「そんな、ルファ母さんが死んじゃう!」


 その場所はすぐにわかった。狭い廊下に子どもたちが集まっている。どうやら部屋に入りきれないらしい。


「おい、通してくれ!」

「な、なんだよ、あんたたち!」

「話はあとだ。俺たちは薬を持っている。母さんを助けたいんだろ?」


 廊下に集まった中にはさっきの少年もいたらしい。流石にこの状況では追い返すということもなく、薬を持ってきた商人だと言って道を開けるのに協力してくれて、部屋に入ることができた。


「血を吐いたのか!」


 病人はベッドに横たわっていた。思っていたよりも若い女性だ。たぶん、俺と同じくらいじゃないだろうか。粗末な服を濡らす血は変色して赤黒くなっている。意識がないらしく、目は閉ざされていた。


「ねぇ! お母さんを助けて」

「ああ、待ってな」


 縋りつく子どもにそう答えたものの、さてどうしたものか。肝心の切り札は木の実である。意識がない状態では与えようがない。すり下ろせば、飲み下せるだろうか。しかし、それでスキルが習得できるのかという不安が残る。


「レン。お前の回復魔法で一時的に回復させられないか?」

「体力の回復くらいはできるかもしれません。やってみます!」


 宣言すると、レンが呪文を唱えはじめる。


 まともに魔法を使っている姿をみるのはこれが初めてだが、普段のへらっとした姿からは想像ができないほど様になっている。呪文は俺の魔法と同じく意味が理解できないが、抑揚がついているのでちゃんと意味のある文章なのかもしれない。何よりの違いは、呪文を唱えるときの周囲の変化だ。レンの体から緑色のオーラをまとい、そこから光の粒が生まれては消えていく。光は徐々に強さを増し、極限に達したときレンの口から魔法名が紡がれた。


「〈大いなる聖樹の癒し〉」


 直後、陽光に包まれたような心地よさが体を駆け巡った。


「おお!」

「これは……!」

「うな〜? 何かぴっかり!」


 これが癒しの力か。傷もなければ、体力消耗もない状態だったが、それでも癒されたという感覚がある。先ほどまでは、動揺が激しかった子どもたちも驚いたせいか、泣くのをやめてぽかんと口を開いていた。


 そのとき、レンの体がぐらりと傾いた。倒れ込む前にとっさに抱きとめる。


「レン、大丈夫か!」

「だ、大丈夫です。ただの、マナ切れですから……」


 ああ、なるほど。レンの回復はゲーム的には軍全体に効果を発揮する大技だったな。今の一発でマナ切れになってしまったのか。効果範囲を絞る練習をしてみてはと勧めてみたが、一度でこうなってしまっては練習も難しいな。


「立てそうか?」

「大丈……あ、やっぱり、無理です。このまま支えててください。えへへ」

「お前な……」


 力が抜けたように、ふらりとよろめくレン。若干演技くささはあったが、顔色が悪いのは確かだ。大仕事をこなしたのも事実なので、そのまま好きにさせておく。


「あ、お母さん!」


 部屋の隅にいた子が大きな声を出すと、ベッドに飛びついた。つられてそちらを見ると、魔法が効果を発揮したらしく、ベッドに横たわった女性――ルファさんが目を覚ましたところだった。


「……え、これは?」

「あ、いや――」


 状況がわからず戸惑ったような顔でルファさんが俺たちを見る。不審者ではないことを説明せねばと言葉を紡ごうとしたが、押し寄せる子どもたちの波によって遮られてしまった。


「わぁ! お母さんが目を覚ました」

「良かったよ! 良かった!」

「あのね! 魔法すごかった!」


 狭い部屋にぎゅうぎゅうに詰めかける子どもたち。嬉しいのはわかるが、これでは話ができない。


「待て待て。お前たち。ルファさんは病み上がりだ。完全に回復したわけじゃないから負担をかけるんじゃない」


 パンパンと手を叩きながら言い聞かせると、子どもたちは素直に言うことを聞いた。やはり、魔法でルファさんを癒したのが大きいのだろうな。まぁ、実際に癒したのはレンなんだが。


 ともかく、これでようやくルファさんと話ができる。


「あの……あなたたちが私を助けてくれたん、ですよね? ありがとうございます」


 子どもたちにもみくちゃにされながら、おおよその事情を把握したらしい。ルファさんが戸惑いながらも頭を下げる。


「いえ。大事に至らなくて良かったです。ああ、我々は最近街で商売をはじめたアラヤ商会の者で」

「薬を持ってきたって言ってたよ」


 横から玄関で応対してくれた少年が口を挟む。すると、ルファさんの顔が青くなった。


「も、もしかして、その薬を私に!? すみません、うちにはお金がないんです! 薬代はとても――」

「あ、いえいえ。大丈夫ですから、気にしないでください」


 というか、薬となるスキルの実はまだ使っていないんだがな。今から渡しても遠慮して手をつけない可能性が高いので、ここはすでに使ったことにして油断させておこう。


「実は俺も孤児院の出身なんですよ。薬は僅かばかりの支援だと思ってください」

「ですが……」

「本当に気にしないでください。どうやら運営に苦労しているようですし」

「それは……はい」


 ルファさんが俯いて、頷く。この状況で、ルファさん以外に大人が出てこないってことは、ここは彼女一人で運営しているのだろう。どう見ても手が回っていないうえ、子どもたちに劣らないほど彼女の頬もこけている。たぶん、子どもたちのために自分の食事を削っていたのだろう。そりゃ病気にもなるわ。


---

レンの回復魔法は非常に広範囲なので、孤児院近辺では謎の治癒現象が起きて大騒ぎになっています。

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