第42話 慈善事業に参りました
ピエールの戯言は聞き流して、当初の目的を果たすべく拠点を出る。向かうのは俺、レン、ピコ、ピエールだ。拠点を空にするわけにはいかないので、ファンガとマーシャには留守番してもらうことにした。エルフのレンはそのままだと目立つので街なかを歩くときはフードで顔を隠すようだ。
イセオからもらったリストには、複数の名前が挙がっていたが、今回はノルスルの外れにある孤児院に向かう。理由は単純に近いからだ。うちほどポツンと離れてはいないが、街の外れも外れ、寂れた場所にその孤児院はあった。
「ここ、ですか?」
「そのはずなんだが」
「お化け屋敷とかではないですよね……?」
「お化け? ピコ、お化け、みたい!」
レンが怯えたように俺の腕にすがりついてくる。それを真似してピコもひっついてくるが、こちらはキャッキャと楽しそうだ。
「なかなかボロいな」
「うな! お家と同じ!」
ピコの言う通り、俺たちの拠点とどっこいどっこいボロさだ。うちは長年管理されていなかったゆえの荒れ具合だが、こっちは現役で利用されているのにこれである。相当資金繰りが厳しいのだろうなぁ。
「こんにちは」
敷地に入って、入り口前で声をかける。しばらく待っても、反応はない。
「これ、勝手に入ってもいいのか?」
「流石にそれはまずいんじゃ……」
「でも、チャイムはないし」
「ケント様、こちらにノッカーがありますよ」
俺とレンがドア前でまごまごしていると、ピエールがドアに取りつけられた金属の何かを指さした。飾りかと思ったが、ドアノッカーらしい。ピンポンとチャイムを鳴らす代わりに、これをガンガン打ちつけて音を鳴らすようだ。
「ピコがやりたい!」
「ピコじゃ背が足りないだろ」
「だっこ!」
「抱っこはいいけど……ここはピエールにやってもらおうか」
人の家の前で遊ぶのでどうかと思ったので、ピコの意見は却下だ。ぶぅと膨れてしまったが、まずは家のドアで練習しようなと言ったら機嫌を直した。
カツンカツンと思ったよりも軽快な音が響く。しばらくすると、ドアがわずかに開いた。
「……誰ですか?」
隙間からこちらを覗く目の位置は低い。ピコよりは年上だが、まだ幼い少年のようだ。
それにしても……かなり警戒心が強いな。ドアが開いたと言っても、ほとんど隙間がない。
「ピコだよ!」
「え?」
予想外の挨拶で警戒が緩んだのか、少しだけ扉の隙間が広がった。ようやく、目だけじゃなくて顔も見える。ポカンとした表情の少年の頬はこけ、栄養状態はかなり悪いようだ。
「ええと……?」
「ああ、ごめんな。俺たちはアラヤ商会。ここにいるルファって人が病気だって聞いたから、薬を持ってきたんだ」
「薬!」
薬と聞いて一瞬ドアが開きかけた。しかし、すぐにピシャリと閉ざされる。
「……お金ないです」
「ああ、いや、お金はいらないよ」
そう告げるも、反応はなし。いや、足音が聞こえたので、ドアから離れてしまったようだ。
「ふむ?」
「どうした?」
「お静かに。何か話しているようです」
ピエールが何かに気づいたような声を漏らしたので尋ねてみれば、中での会話を聞き取っているらしい。俺にはまるで何も聞こえないが、こんなときに冗談でもないだろうから事実なのだろう。こいつ、身体能力だけじゃなくて、耳もいいのか。
そのまましばらく集中していたピエールは、少し眉を下げて言った。
「どうやら、怪しまれているようですな。どう追い返そうか相談しているようです」
「マジか……」
おおう。完全に不審者扱いされている。
でも、そうか。金はいらないから治療させてくれと言われたら、俺でも怪しいと思うな。もうちょっと詳しく意図を説明すべきだったか。子供が相手なのでなるべく端的にと考えたのだが、失敗だったな。
「先輩、どうします?」
「うーむ」
候補者は他にもいる。薬はいらないと言うなら、次の候補者のもとを訪ねればいいだけの話だ。
しかし、この孤児院の様子を見てしまってはな。どう見ても余裕のある状況ではない。そのうえ、病気を患っているのは、この孤児院の管理者らしい。そんな状況でまともに運営ができるとは思えない。他にも職員がいるならいいが……荒れ果てた庭を見るに、その見込みは低そうだ。ここで俺たちが手を差し伸べなければ、早晩立ち行かなくなるのは目に見えている。
それに俺自身が施設出身だからな。子どもたちのことは他人事とも思えない。
「放っておくのは寝覚めが悪くなりそうだよなぁ」
どうやら、俺は意外とお節介だったらしい。フィクスにも似たようなことを言われたが、改めてそう思う。
「ふへへ。先輩ならそう言うと思いました」
「そうですな。ケント様ですから」
「ケント、みんな助ける!」
俺自身は意外だったというのに、レンやピエールからはそうでもないようで、既定路線とでも言いたげだ。単純な人間だと思われているようで少しショックだが、俺の方針を好意的に見てもらっているようなのでそれはありがたい。ピコにも発破をかけられたので、もう少し頑張ってみるか。
とはいえ、今日のところは出直したほうが良さそうだ。強引に進めようとして余計に警戒させてしまっては意味がない。
「今日は――」
「む? ケント様、まずいかもしれません!」
戻ろうと提案したところで、ピエールが顔色を変えた。
「どうした!」
「中で騒ぎになっています。おそらく、世話人の容態が急変したのかと」
「なに!?」
ピエールが焦るくらいだ。本当に危険な状況なのだろう。一旦距離を置いて、など考えている余裕はなさそうだ。
やはり、方針変更だ。ここは強引に行かせてもらおう。




