第41話 気づいてしまったのです
ノルスルでの商売はうまくいっているらしい。若干、他人事っぽくなってしまうのは、ほとんどをイセオに任せているからだ。しかし、それも仕方がないだろう。だって、滅茶苦茶優秀だし。
うちの……アラヤ商会の主力は【病気耐性】の実だ。これは以前ピコに食べさせた実の上位版である。接木で量産できるので、村の住人は一度は食べているはず。なので、結局、石鹸魔法に頼らずとも、村の病気対策はどうにかなってしまった。いや、病気云々は抜きにしても清潔さは重要なので、引き続き石鹸魔法も普及させていくつもりだが。
この実の凄いところは、すでに感染した状態でもあとから耐性獲得すれば症状を封じ込めることができる点だ。いわゆるウイルス感染ではないタイプの病にもたぶん有効で、マーシャの肺の病もすぐに治った。ぶっちゃけ、現代日本の薬よりも優秀だ。万能薬と呼んでも問題なさそうなレベルである。
これは間違いなく売れる。そう思ったからこその奴隷予約だったのだ。
実演すれば効果の証明も難しくない。それが、そこそこの値段で買えたなら、みなこぞって欲しがるだろう。その機を逃さずガンガン売って金を稼ぐつもりだった。
しかし、イセオの戦略は違った。
なんと、実ひとつに聖神金貨三枚という値段をつけたのだ。これはそこそこの稼ぎがある人の月収三か月分に相当するらしい。あまりにも強気すぎる値段設定である。
個人的には考え直したほうがいいんじゃないかと思った。しかし、任せると言った手前、いきなり改めさせるのもはばかられる。なので、ひとまず様子をみていたのだが――なんと、イセオは見事に金貨三枚で実を売ってみせたのだ。
やったことは単純だ。俺がやってみせたことと同じ。病気を患っている人に食べさせて効果を実演して見せたようだ。俺との違いはターゲットを絞ったことかな。どうやら金持ちを相手に営業をかけたみたいだ。この世界、貴族や王族が強い力を持っているのもあって貧富の差が激しい。お金はあるところにはあるのだ。
イセオは自分のツテを使って、裕福な商人に売り込んだ。衛生状況の良くない世界なので、病気を患っている者は少なくない。もし、そういう者が身内にいればチャンスだ。支払いは効果を見たあとでいい。そうささやけば、藁をも掴む思いで提案を受け入れる者もいる。食べさせてしまえば、しめたものだ。実際に効果があるとすぐにわかる。しかも、予防効果まであると聞けば、自分や家族の分もとなって、必ず数個単位で売れた。場合によっては、それ一件で奴隷一人身請けできる売上になるのだから凄い。
それだけでは終わらない。大きな商会というのは大抵有力者へのツテがある。イセオは、商人を介してその有力者への売りこみをかけたのだ。ただし、数に限りがあるので本当に困っている者にのみ売るという制限をかけて。
ここで俺にもわかった。イセオはこの【病気耐性】つきの実をブランド化するつもりなのだと。実際、すでにアラヤの仙桃なんて名前と呼ばれているらしい。桃じゃないんだが……まぁ、それはいいか。
おかげで、まだ商売をはじめてひと月と経たないのにすでに半分ほどの獣人奴隷の身請けが完了している。ここからは多少売上ペースが落ちるかもしれないが、二、三ヶ月のうちは全員が身請けできるだろう。
順調である。それはいいことなのだが。
「俺がやることがまったくない」
そんなわけで、俺は森の本拠地に戻ってきている。ノルスルにいてもやることがないので。
商売といえば、店を構えて商品を売るもんだと思っていた。しかし、イセオの販売方針は持ち込み営業だ。実店舗もなし。高額が動く商談の場に顔を出すのは邪魔になるので控えている。俺の仕事といえば、ときどき【病気耐性】の実をノルスルの拠点に運ぶことくらい。作業時間にして、およそ三分ほどである。
「自由都市同盟と同盟を組むって話はどうなったんですか?」
レンが聞いてくる。たしかに、それがあったか。
「と言っても、やっぱりコネがないとな」
「もうボチボチ、アラヤ商会の名前も有名になってるんじゃないですか?」
「そうだなぁ。でも、結局、向こうからの接触待ちじゃないか?」
「それもそうですね」
イセオのおかげで、ノルスルの富裕層において、アラヤ商会の知名度は上がっている。ノルスル市長にも名前が知られるのは遠くないはず。“プレイヤー”であるとすれば、ゲームでは実質的な元首扱いであったノルスル市長がそうである可能性が高いらしい。何らかのアクションがあるのではないかと期待しているところだ。
しかし、それもやはりイセオの働きによるもの。もはやイセオ無双と言ってもいいくらいだ。結局、俺の仕事はない。
「だったら、市民向けのアピールをしてみたらどうです?」
「なるほど。それもありか」
レンの提案は悪くないかもしれない。
アラヤ商会の知名度は上がってきたが、それは富裕層に限る。商人への直接営業なので、当たり前だ。たぶん、一般市民には全然知られていないと思う。
市長からの接触を待つならば、さらに名を広めることが必要だ。そういう意味では市民へのアピールも有効だろう。
「あ。イセオがくれたリストはこのためのものだったのか?」
「リスト? なんですか、それ?」
「これだよ」
と、俺はポケットから紙切れを取り出してレンに手渡した。
ちなみにこの紙切れは俺が雑草加工術で作った植物紙だ。商品案としてイセオに話してあるが、今のところ俺しか作れないので販売は保留してある。
「人の名前と住所、ですか?」
「ああ。病気に苦しんでいる人のリストらしい」
イセオは仙桃の営業を進めるかたわら、似たような病気を抱える人の情報を聴き込んでいたらしい。同じ病気を抱える人たちのネットワークみたいなものがあるみたいだ。
イセオはその情報をもとに営業の範囲を広げたわけだが、このリストに載っているのは営業対象から漏れた人たちだ。何故、対象から漏れたのかといえば、話は単純で聖神金貨三枚を支払える見込みがないからである。
まぁ、ぶっちゃけ金貨三枚は高すぎるよな。払えないのも無理はない。とはいえ、彼らにだけ値引きするというのもな。それはイセオの営業を妨害することになりかねない。
そう思っていたのだが――
「イセオは慈善事業で知名度を稼げと言いたかったのかもしれない」
そういえば、ケント様の慈悲がどうのこうのと言っていたな。意味がわからず適当に受け流してしまったが、そういうことならはっきり言って欲しかった。
「慈善事業ですか。それ自体は反対しませんけど、それで名前が売れますか?」
「イセオのことだから、何か考えがあるんだろう。それにこういうのは地道な活動が重要だからな」
それに、病気に苦しんでいる人の存在を知っていてそれを放置しておくのは何となく居心地の悪さを感じる。知らなきゃ全然気にならないんだがなぁ。
「そういうことなら、僕も行きますよ」
にやにやと妙な笑顔を浮かべて、レンが言う。いや、どういうことだよ。
「エルフは目立つだろ」
「この場合、目立ったほうがいいじゃないですか」
まぁ、それはそうか。排他的なエルフは距離を置かれがちらしいが、いつもニコニコ笑っているレンはその印象とは真逆な存在だ。それだけ目立つので、噂にも登りやすいはず。
「ピコも! ピコも行く!」
どうやら話を聞いていたらしい。駆け寄ってきたピコが、自分も行くとぴょこぴょこ跳ねて主張する。
うーん、まぁいいか。思ったほど獣人への拒絶感は強くはないようだし。それに、ピエールとファンガが護衛として優秀だ。彼を連れていけば変なやつに目をつけられることもないだろう。
というわけで、レン、ピコを連れて、ノルスルの拠点に転移する。
「うな! 家だ!」
「ここはノルスルっていう街だぞ。って待て待て」
いきなり走り出そうとするピコを捕まえて抱き上げた。森と同じ感覚であちこち移動されると困る。まずは、その辺りを言い聞かせないとな。
「おお、旦那じゃねぇか。ピコとレンも」
声を聞きつけたのか、建物からファンガが顔を出した。彼とマーシャ、ピエールにはこちらに駐在してもらっているのだ。
「ちょっと用事があって。ピエールは?」
「あいつは、肉を焼いてるぞ」
肉?
意味がわからないまま、ファンガの案内で屋敷の厨房へ。荒れ果てて使えない状態だったはずだが、少し見ない間にある程度整備されているようだ。そこで、ピエールが肉を焼いていた。
「なにやってるんだ、ピエール」
「これはこれはケント様。私は、少々スキルの検証を」
「ああ、【焼肉奉行】のか」
「はい」
絶対にスキル検証名目で肉が食べたかっただけだ。しかし、あえてツッコミはしない。わかりきっていることなので。
「それでどうだった?」
「なかなか悪くないスキルですね。素人の私でも、最適な焼き加減がわかるのです。焼料理に関しては、ほぼ修行なしでそれなりの腕前に到達できるようになるでしょう」
ふむ。料理人育成には意外と役に立つのか?
しかし、ピエールは「ですが……」と続けた。
「ひとつだけ大きな問題があります。私は気づいてしまったのです」
「……何だ?」
「肉は――人に焼いてもらったほうがうまい! 私は人に焼いてもらった肉が食べたいのです!」
ああ、そうですか。どうでもいいわ。




