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第39話 ノルスル拠点確保

 足りない商売知識を補ってもらうため、ニルスさんからオススメされた奴隷を素直に購入した。もうここまでくれば、とことんお世話になってしまおうという魂胆だ。どうせ俺に奴隷の良し悪しなんて見分けられるわけがないと開き直ったとも言える。これから大口の取引先となる俺を騙したりはしないだろう、たぶん。


 そうして、うちにやってきたのがイセオという青年だ。元は商家の次男坊だったらしく、教育はしっかり受けているようなので、商売については任せておけば問題なさそうだ。そういう奴隷は貴重らしく、お値段も高かったが……まぁ、俺たちには絶対に必要な人材なのは間違いないだろうな。


 実際、イセオは早々にその価値を示した。


「こちらが購入予定の建物です。旦那様の求める条件は満たしているはずですが」

「お、おお。完璧だ」

「では、手続きを済ませてしまいましょう」


 自由都市同盟での拠点を探していると言うと、不動産を扱っている商会に渡りをつけ、候補地を見繕ってくれた。価格交渉もバチバチに行い、聖神金貨三十枚の値引きを成功させたので、早くも自分の購入額に迫る貢献をしている。こりゃあ、ニルスさんが購入を勧めるわけだ。実に頼もしい。


 俺が拠点に求めた条件はそこまで多くはない。人通りが少ない場所にあり、敷地に壁などの目隠しがあること。そして、一番重要なのは裏庭に木が生えていること。もちろん、予算の制限はあるが、敷地の広さなどは二の次だ。


 まぁ、言ってしまえば、こっそりとスキルツリーを用意できる場所ってことだな。それさえできれば、森との行き来が格段に楽になる。


 事情を知らないイセオは不思議な顔をしていたが、百点満点の場所を見つけてきた。郊外……というか、中心地から離れたところにポツンとある屋敷で、元は富豪の別荘地だったらしい。長い間管理されていないということで、結構荒れ果てているが、その分安く購入できた。まぁ、元値が元値なので相応に高いが、十分に許容範囲内である。


 その日は、購入したばかりの建物で夜を明かすことにした。まともなベッドすらないので、大部屋を軽く掃除して床にごろ寝だ。俺を貴族か何かと勘違いしているのか、マーシャとイセオがぎょっとしていたが、説明はまた今度と言って受け流しておいた。こちとら森暮らしが長いのだ。屋根と壁があれば上等な寝床である。


 それよりも、早めに寝たい。慣れない商談で疲れているのだ。


 そして、次の日。


「な、なんですか、これは!?」


 イセオの声で目を覚ます。何が起きたのかは……まぁ、だいたい想像がつくな。


「おはようございます、ケント様」


 目を覚ましたとき、部屋にいたのはピエールだけだった。


「おはよう。というか、ここでは様付けしなくていいんだぞ」

「いえいえ。慣れておかないとボロがでるかもしれませんからな」

「……そうか? ピエールならうまくやりそうだけどな」

「ああ、いえ。私ではなく、ケント様がですよ」


 あ、うん。そうね。不意に言われるとぎょっとしてしまう。


 村では“村長”と呼ばれる俺だが、外では“旦那”とか“ケント様”と呼んでもらっている。まぁ、これもハッタリだな。村長と呼ばれるよりは偉そうに見えるに違いない。


「ファンガは?」

「マーシャとイセオを連れて、小聖樹の様子を見に」

「やっぱりか」


 さっきの声はスキルツリーを見て、驚いたってわけだな。裏庭の木が、一夜にしてたわわに実をつける果樹に早変わりしたのだから、そりゃ驚く。


「どうやら無事に定着したみたいだな」

「そのようですな」


 接木は昨日のうちに済ませてある。枝は、森を出るときに採取したもので、切り口を水に浸した布でぐるぐる巻きにしてここまで運んできた。数日その状態だったので、枝が定着してくれるか少しだけ不安だったが、杞憂だったようだ。フィクスのポンコツの産物ではあるが、実に頼もしい。


「こんなふうになることもあるんだねぇ」

「いや、どう考えてもおかしいですから! ありえません!」

「ははは、でも、目の前にあるだろ」


 ピエールを伴って裏庭に出ると、ファンガたち三人は予想通りスキルツリーを囲んで騒いでいた。大げさに驚くイセオをファンガがからかって遊んでいるようだ。いや、でもこの場合驚くのが普通の反応で、ニコニコ笑っているマーシャのほうが普通じゃない気がするな。


「おはよう」

「あ、旦那! 無事、実をつけたぜ」

「みたいだな。っと」


 幹に触れて、勢力コマンドを呼び出す。無事メニューが表示されたので、これで帰還魔法の転移ポイントとして登録されたはずだ。


 ついでに実を鑑定しておくか。


◆スキルの実◆

品質:B

スキル【焼肉奉行】を習得できる特殊な木の実


 い、いらねぇ。なんだ、焼肉奉行って。肉がうまく焼けるのか?


 だがまぁ、問題ない。あくまで転移ポイントを作るのが目的だ。本拠地ではないここでは、誰かに盗まれるリスクもある。そういう意味ではクズスキルのほうが都合がいい。


「どうです?」


 鑑定したと気づいたのかピエールが結果を聞いてくる。


「転移はできそうだ。実のほうはいつものクズスキルだよ」

「そうですか。では、頂いても?」


 ああ、そっちが目的か。


「そうだな。ちょうどいいし、飯にするか」

「ええ、是非!」

「そうだな。マーシャ、この実はうまいんだぞ」

「そうなんだ!」


 ピエールは嬉々として実をもいで、マーシャの分はファンガがとってやっている。イセオだけが動かない。


「こ、これ、食べられるんですか……?」


 一日で急成長する謎の木の実を警戒しているようだ。まぁ、当然の反応か。


「大丈夫だぞ。ほれ」


 と率先して食べてみせると、イセオは意を決したように実にかじりついた。その瞬間、イセオの顔に驚きが広がる。


「うまい! なんですか、これ!」


 一口食べたあとは、さっきの躊躇いはなんだったのかというくらいの勢いでかじりついている。


 やっぱりうまいよな、スキルの実。品質Bなので、普段食べているものに比べると少し劣るはずだが、数日食べていなかったのもあって余計にうまく感じられる。


「そうか! これを売るんですね? たしかにこれなら高値で売れそうです」


 イセオが納得いったという表情で頷く。イセオの目からも、スキルの実は有望な商品に思えるようだ。


 しかし、この実を売るのか。【焼肉奉行】なら広まっても構わないので、売るのはありだが。このノルスルで焼肉が流行りそうな予感がするな……。


「まぁ、それについてはあとで相談させてくれ」

「はい!」


 イセオは、さっきまでの警戒が嘘のようにキラキラした目でスキルの実に向かっている。その様子にファンガとマーシャも安堵しているようだ。実が売れれば、獣人たちの身請けも早まるからな。一人だけ自由になったマーシャとしては、気が咎めるのだろう。


「よし、食べ終えたなら一度本拠地に戻るぞ。商品の相談はそこでしよう」

「本拠地、ですか? それはどちらでしょう。遠方なら旅支度が必要ですが」

「いや、心配はいらない。一瞬でつくから」


 キョトンとするイセオの肩に、俺は手を置く。マーシャのほうはファンガが手をつなぐようだ。ピエールには念のためにここに残ってもらうことにしている。


 呪文を唱えれば、そこはもうすっかり馴染んだ森の中だ。

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