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第38話 まず必要なのは

「すみません」

「謝っていただく必要はありませんが……まぁ、気をつけたほうがいいでしょうね」


 俺の謝罪に、ニルスさんは苦笑いで答える。最初は仮面のように無表情だったのに、すっかりポーカーフェイスは崩れてしまったようだ。これは俺たちの勝利……ではないんだろうなぁ。感情を隠す必要がないほど格下の相手と見られたのだと思う。まぁ、実際その通りで、どう考えても俺たちに勝ち目はなさそうなので、全然問題ないが。


「では、ざっくりとした値付けについてお教えしておきましょうか」


 おまけに、奴隷相場の講座までやってくれるらしい。これを鵜呑みにするようなら、また呆れられてしまうかもしれないが、そんなものは今さらだ。


 ニルスさんによれば、健康な成人男性は聖神金貨三十枚ほどで取引されるのが一般的だという。女性は少し安く聖神金貨二十五枚になる。奴隷は労働力として見られているので、力の強い男性のほうが高値で取引されるようだ。


 ちなみに聖神金貨というのは、聖神教会が発行する金貨で、この世界では最も信頼性が高い通貨だ。他にも様々な金貨や銀貨があるが、価値がまちまちでわりと頻繁に変動するらしい。正直覚える気にならないので、俺は聖神金貨と聖神銀貨しか扱わないと心に決めている。まぁ、だいたいの場合、国外取引は聖神通貨で行われるのでそれで困ることはない。


 話を奴隷相場に戻そう。一部の技能奴隷を除けば、労働奴隷の価値は力や頑強さの影響が大きい。獣人の場合、おしなべて普人よりも身体能力に優れているため、価格にも上乗せが入るそうだ。上乗せ額は聖神金貨五枚程度。つまり、獣人女性であれば、聖神金貨三十枚が一般的な相場となる。


 ところが、マーシャにつけられた値段は聖神金貨二十枚。これはニルスさんが手心を加えたというわけではなく、彼女の状態の問題らしい。


「うちの者の見立てによれば、彼女は肺を病んでいるようです。激しい労働はできないでしょう。ですので、今の段階では聖神金貨二十枚という値段になります」


 病気があるのか。少し顔色が悪いように見えたのはそのせいかな。


「今の段階ではっていうのはどういう意味だ? まさか、マーシャの病気が悪化するという意味じゃないよな!?」


 ファンガは俺とは別の点が気になったらしい。ニルスさんに詰め寄ろうとして――ピエールに首根っこを掴まれた。


「落ち着きなさい」

「す、すまねぇ」


 またのやらかしに、ファンガは縮こまる。だが、それだけファンガにとっては大切な女性なのだろう。非常に気になるが、ここで聞く話ではないな。あとで、問いただすとしようか。


 それはそれとして、ニルスさんの話だ。


「さきほどの話は病気とは関係ありませんよ。当商会では、奴隷に教育を施します。付加価値をつけて、高く売るためにですね。例えば、読み書き計算ができるようになれば商家の補佐ができます。そうなれば、激しい運動ができないというのも瑕疵になりにくいですから」

「……そうなると、今、身請けするのは難しいんでしょうか?」

「いえ、そんなことはありません。価値が高まる、高めるというのはあくまで見込みの話ですから。向き不向きもあるので、教育したところで身にならないこともあります。その場合、教育費用などを考えると損失が生じますからね。すぐにでも身請けされるというのなら、こちらにも利のある話なんです」


 なるほど。ニルスさんとしては、余計なリスクを抱えず、確実に利益を得ることができるわけだ。


「でしたら、すぐにでも身請けしましょう」

「旦那! ありがてぇ!」


 身請けを申し出ると、隣に座るファンガが感激した様子で飛びついてきた。ピエールが即座にブロックしたから良いものの、危うくもみくちゃにされるところだったぞ。本当に、いつもと違って落ち着きがないな。


 聖神金貨二十枚は大金だが、持ち合わせはある。実は、ピエールが石室の装飾品などを村に譲ってくれたのだ。その中にあった宝石をここまでの道中で売却してある。聖神金貨百枚で売れたので、結構な価値があったようだ。ニルスさんとのやり取りを経て、実はもっと高く売れたのではという気もしてきたが……まぁ、今さらだな。次はもう少し慎重になろう。


 幌の弁済分と合わせて代金を支払うと、思いのほか早くマーシャが連れてこられた。身請けという形なので、奴隷身分を示す首輪も外されている。


 手回しがいいな。たぶん、こういう展開になると読まれていたのだろう。まぁ、ファンガの様子を見れば予想はできるか。


「マーシャ!」

「ファンガ!」


 解放されるやいなや、二人は人目を憚らず抱き合う。まぁ、事情が事情なので、仕方がないか。とりあえず放っておこう。


「ニルスさん。他に獣人の奴隷は何人いますか?」

「二十二名ですね」


 一人聖神金貨三十五枚で計算すると、七百七十枚必要だ。流石に今すぐ用意するのは無理だな。ピエールから譲ってもらった装飾品をすべて売却すれば届きそうな気もするが、奴隷購入ですべて使ってしまうわけにもいかない。


「今すぐ代金を用意することはできませんが、できるだけこちらで身請けさせて欲しいと思っています。予約という形での他への売却を待ってもらうことはできますか?」


 もともとは難民を探して勧誘するつもりだったが、予定変更だ。金はかかるが、探す手間が省けると思えば悪くないかもしれない。この際、獣人じゃなくてもいいので、手当たり次第奴隷を購入するのも手だな。金さえあれば、手っ取り早く住人を増やすことができる。


 まぁ、その金が大きな問題なのだが。


 しかし、うまくやれば稼げそうな気はするんだよなぁ。帰還魔法があれば一瞬で長距離を移動できるんだぞ。交易において、これはかなりの反則技だ。例えばだが、この街の近くで魚が捕れるなら、それを山間部に運べば一儲けできると思う。森でしか採れないような物をこちらに持ち込むのもいいだろう。運搬コストがかからないので価格差で丸儲けである。


「旦那。いいのか?」

「いいんだよ。どの道、人手は必要なんだから」


 ファンガのためというより、村の戦力を高めるためだ。そう言ったつもりなのだが、ファンガは深々と頭を下げた。状況がわからないだろうに、マーシャのほうも少し遅れて頭を下げる。


「まぁ、とは言ってもニルスさん次第だよ」


 俺たちが身請けする前に、他の誰かに買われてしまえばそれは叶わない。今すぐ、金を用意できない以上、ニルスさんが予約を認めてくれることに期待するしかないのだ。


 俺、ファンガ、マーシャの視線を受けても、ニルスさんの表情は動かない。少し考え込む様子を見せたニルスさんは、やがて小さく首を振った。


「一人二人ならばともかく、二十二人全員というのは厳しいですね。奴隷を手元においておくだけで出費がかさむのです。あなたたちが引き取りにくるのがいつになるかもわからない。その間、私たちは負債を抱え込むことになる」


 まぁ、それはそうだよな。


「その間の維持費はこちらで持つというのはどうです?」

「出費がなくなればいいという話でもありません。その間、私どもの収入は大きく落ち込みます。新たに奴隷を仕入れることもできない。それでも、働く者たちへの給金は発生するのですよ」


 それを言われると痛いな。しかし、正論だ。そこまでの不利益を被ってまで、ニルスさんが俺たちを助けてくれる義理はない。何らかのメリットを提示できれば別だが……まぁ、ここは素直に金銭で解決するのが無難かね。


「それでは予約している間は、維持費を含めて一月一人当たり聖神金貨一枚を出しましょう」

「ふむ……」


 二十二人を予約するなら月で聖神金貨二十二枚の出費だ。マーシャの値段よりも高い。とんでもない出費だが、それだけにインパクトがあるだろう。


 ドキドキしながら反応を見ていると、不意にニルスさんがニヤっと笑った。


「それくらい出してもらえるなら、私たちにも益はありますね。では、ひと月ごと予約料金が支払われる限り、売りに出すのは控えましょう」


 あの笑顔はどういう意味なんだ。ひょっとして払いすぎたか? でもまぁ、ひとまず商談成功ってことでいいか。


「ありがとうございます。できるだけ早く資金を調達しますので」

「そうですね。できるだけ、そう願いたいのですが……そのために一人奴隷を買いませんか?」


 早速資金調達に動き出そうと思ったのだが、そこでニルスさんから思わぬ提案を受けた。奴隷を買う金がないというのに、別の奴隷を勧めてくるってどういうことなんだ?


 からかっているのかと思ったが、ニルスさんは至って真面目な顔だ。その意図は……うーん、わからん。


「それはまたどうして?」


 素直に聞くと、ニルスさんは少し困った顔つきで答えた。


「こんなことを言うと失礼でしょうが……少々危なっかしく感じるので、商売に関する知識のある奴隷を購入したほうがいいかと」


 ア、ハイ。ソウデスネ。


---

聖神金貨1枚 = 聖神銀貨25枚

そこそこの技能のある労働者の日当が聖神銀貨1枚程度なので、一般的な奴隷は年収の2〜3年分に相当します。しかも、奴隷の生活費は主人持ちですから、一般庶民が奴隷を買うことはまずないですね。


国にもよりますが、自由都市同盟では奴隷にも最低限の権利はあります。理由もなく傷つければ処罰の対象になります。けれど、主人による折檻は程度によっては認められるので、やはり良い待遇とは言えないですね。


ケントが提案した『予約料金:1人金貨1枚/月』は高額に見えて、従業員の収入の補填と考えると、そこまででもないです。月収が金貨1枚だとすると、22人分ですからね。

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