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第37話 商才はない模様

 転移ポイントを増やすには対象となるスキルツリーにアクセスしなければならない。つまり、俺自身が直接出向くのが必須条件だ。防衛準備はカペタに任せて、俺は南の自由都市同盟を目指すことになった。


 あと一月も経たずに本格的に冬が到来する。そういう意味では、あまり旅には向かない時期らしい。ただ、俺たちの場合、もしものときには帰還魔法で村に戻れる。雪で立往生を余儀なくされるようなことはないので、問題なかろうとすぐに動くことにした。


 今回の同行者はファンガとピエールだ。ピエールは前回に引き続き俺の護衛役。ファンガは勧誘要員として連れて行く。ハリム王国とは隣接しているので、どうにか国境を越えて自由都市同盟側に逃れた難民がいるかもしれない。そういった人たちに声をかけて、村に来てもらえないか交渉するつもりだ。


 ファンガたちが村に来た時も思ったが、人の数というのは大きな力になる。特に、東に不安を抱えている現在、切実に人手が欲しい。国家相手に戦争するとなると、多少人手を増やしたところで焼け石に水という感じもするが、それでもコツコツ増やさないとはじまらない。


 ちなみに、自由都市同盟での獣人の扱いはというと、こちらでも差別的に見られることは多いようだ。ただ、ハリム王国のように完全に人権が剥奪されているわけではない。なので街を歩く分には問題ないはずだ。


 俺たちが目指したのは、自由都市同盟でも中核的な都市であるノルスルだ。この街は西側に巨大湖があって、水運による交易で莫大な富を築いているらしい。


 森を出て数日。ようやくたどり着いたノルスルはここまで辿ってきた都市とは一線を画す大都市だった。


「こりゃ凄い。めちゃくちゃ栄えているな」


 たぶん、人口密度で言えば地球の都市とは比較にならないんだろうけど、活気という意味ではこちらが上回るのではないだろうか。あちこちから聞こえる人の声、車輪の音などなど、生きる活力にあふれていて、ただただ圧倒される。


「そうですなぁ。リステンとは人の多さが段違いです」

「交易の中継地点らしいからなぁ。人も金もよく動くんだろうよ」


 ピエールとファンガも似たような状況で、三人揃って感心とも呆れともつかない表情で人の流れをぼんやり眺めることになった。


 通りの真ん中でそんなことをしていれば当然、通行の邪魔になるわけで――


「おい、あんたたち。邪魔だから避けてくれ」

「あ、すみません」


 後ろから馬車が来ていたらしく、その御者から注意を受けてしまった。反射的に謝って道を譲ると、馬車がゆっくりと動き出す。


 どうやら幌馬車らしい。かなり年季が入った代物で、ところどころほつれがあり、穴が空いている場所もある。覗く気はなかったが、なんとはなしに見ていると、中には多くの人が乗っていることがわかった。


 乗合馬車にしては、詰め込みすぎだ。それに、人々の様子がおかしい。みな、やつれて死んだような目をしている。そして、ほとんどが獣人のように見えた。


 それでおおよそ事情がわかった。この人たちは奴隷だ。おそらく、ハリム王国から買いつけられてきたのだろう。それはつまり、ファンガたちの部族の生き残りということに他ならない。


「マーシャ!」

「え、ファンガ!?」


 馬車の中に知り合いを見つけたらしい。ファンガが勢いよく馬車に取り付いた。応じたのは、獣人の女性だ。年齢はおそらく俺と同じくらい。獣人にしてはややほっそりとした体つきで、劣悪な環境にいるせいか少し顔色が悪い。


「待ってろ! 今、出してやるからな!」

「ちょ、ファンガ!?」


 なにやってるの!?

 気持ちはわかるけど、幌を切り裂いちゃ駄目でしょ!?


 奴隷の逃亡防止のために内側には鉄の檻があった。幌はあくまで目隠しのためだったようだ。そうと知ったファンガは馬車に乗り込み、鉄の格子を捻じ曲げようとする。だが、流石に腕力でどうこうできる代物ではなかった。


「な、何やってるんだ!」


 当たり前だが、これだけ騒げば御者も気づく。どこにいたのか、護衛も飛び出してきて、一触即発の空気が漂う。


 この状況で真っ先に動いたのがピエールだ。


「何をやっているのです」


 ファンガの背後に忍び寄り、足払い。態勢を崩したところを投げ飛ばして、あっという間に制圧してしまった。


「何をしやがる!」

「それはこっちのセリフです。知り合いを助け出したいのはわかりますが、あなたの行動は状況を悪くするだけですよ。見てみなさい」

「ぐ……」


 ピエールに食って掛かるファンガだが、逆に諭されて言葉に詰まった。本当にどこから現れたのか、武器を持った集団に取り囲まれている。それを見て、自分の行動のマズさに今さらながら気づいたようだ。


「す、すまねぇ」

「まぁ、気持ちはわかる」


 と言ったもののどうしたものか。こちらが与えた損害は幌だけなので、その賠償で納得してくれればありがたいんだが。


「どういう状況です?」


 そのとき、俺たちを取り囲む集団の後方から壮年の男が現れた。御者が会長と呼んでいるので、この男が奴隷商会のトップらしい。


 会長は御者を含む数名からの報告を聞くと軽く頷く。そして、俺たちの方に歩み寄ると、表情を変えずに淡々と告げた。


「ひとまず、ここでは邪魔になります。店のほうへ移動しましょう」


 戦々恐々としながら、武装した男たちに囲まれたまま移動する。店は間近にあったので、移動時間はさほどでもない。大通りの一等地に構えられた店舗は想像以上に立派で、これだけの大勢の警備がいることも納得の規模である。


 俺たちはそのまま応接間に通され、会長がその対面に座った。どうやら、犯罪者ではなく客として扱ってもらえるようだ。


 ソファは二人掛けなので、座るのは俺とファンガ。ピエールは護衛として背後に立つ。対面には会長が一人で座るが、その背後には二人、扉の前にも二人の護衛がついている。


 席に着くや否や、会長は話を切り出した。


「事情はおおむね察しております。ご自身たちで事を収めたようですし、破損した幌の弁償をしてくださるなら、衛兵に突き出すことは致しません」

「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。ファンガも内心はどうかわからないが、同じタイミングで頭を下げたようだ。


 会長も短く頷いたあと、この話はこれでおしまいとなった。とはいえ、ここからが本番だ。


「改めまして、私はニルス、当商会の会長を務めています」

「ケント・アラヤです」


 挨拶を受けて、こちらも名乗り返す。あえて家名をつけて名乗ったのは、ハッタリだ。この世界において、庶民が家名を持つかどうかは国による。ただ、家名を保たない貴族はいないし、庶民の場合はあまり名乗らないらしい。というわけで、あえて名乗ることで、高貴な身分であることを匂わせたのだ。


 しかし、ニルスさんは無反応。表情を変えず小さく頷いたのみだ。感情が読み取れないのでやりにくい。交渉相手としては非常に手ごわそうだ。


「事情は理解しておりますが、私どもも慈善事業ではございません。お知り合いを解放するにしても相応の金額をいただかなければなりません」

「そうでしょうね」

「彼女を身請けするなら、聖神金貨二十枚をお支払いいただく必要があります」


 なるほど。聖神金貨二十枚か。


 なるほどなるほど。うん……高いのか、安いのかまったくわからん!


 隣のファンガにアイコンタクトを送ってみても、肩をすくめるばかり。ピエールには……聞いても無駄だろうな。なにせ、古代人だ。


 こちらの状況を察したのか、ここではじめてニルスさんが表情を崩した。困ったような顔で俺たちを見ている。


「もしかして、奴隷の価格についてご存じありませんか?」

「え、ええ。これまで縁がなかったもので」


 俺が答えると、ニルスさんは俺たちの顔をそれぞれジッと見て、小さく息を吐いた。


「どうやら、本当のようですね。一つアドバイスですが、商人を前に相場観がないことを漏らすのは悪手ですよ。場合によっては足元を見られて、ふっかけられます」


 お、おお。言われてみれば、その通りだな。日本にだって、そういう商売をやる人間はいた。この世界なら尚更だろう。文明レベル的に商取引に関する法規制とか緩そうだし。


 しかし、であるなら、何故ここまで親切にアドバイスまでくれるのか。こちらの表情から疑問を察したのか、ニルスさんが問うまでもなく答えてくれた。


「私は奴隷商です。法に則り真っ当な商売をしていても後ろ指を差されることは少なくありません。だからこそ、取引は誠実にと考えています」


 商売柄恨みを買いやすいので、不当な取引で敵を増やさないようにしているということか。そう聞くと、納得だ。


 意外と普通の商売をしている商人よりも奴隷商のほうが誠実なのかもしれないな。感心しつつ、そんなことを考えていると、ニルスさんがまた困ったような表情になる。


「私がそのような心構えで商売をしているというだけで、すべての奴隷商が同じ考えというわけではありませんので、その辺りはお間違えないよう」


 げっ、完全に考えが読まれてる。そんなにわかりやすいか、俺。少なくとも、商売の才能はなさそうだ。

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