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第35話 トラブルを利用する

 さて、思いがけない修羅場だが――この状況、森の化物を印象づけるチャンスなのでは?


 ちょっと危ない橋を渡る必要はあるが、もしものときにはピエールが何とかしてくれるだろう。まだ、ワイン蒸しが食べられなかったことにしょぼくれているが、やるときはやってくれるはずだ。


「あ、あの」

「ああん? お前か? お前が言ったのか?」


 意を決して声をかけると、陰気な男は淀んだ瞳で俺を睨みつけた。しかも、さっきの“頭がおかしい”発言まで俺のせいだと決めつけてくる。


 どうしてそうなる!?

 言っては何だが、本当に正気を失ってないか!


「いえ、違――」


 慌てて違うと否定しようとしたが、それより先に男は動いた。拳を振り上げ、真っすぐと俺に飛びかかってくる。


 これは――――ヤバい!?


 咄嗟に身を引き身構えたが、いつまでも痛みはやってこない。気がつけば、吹き飛んだのは俺ではなく、男の方だった。


「ケント様、お下がりを!」


 いつの間に動いたのか、俺の前にはピエールの背中があった。俺が殴られる寸前に、ピエールが割って入って男を投げ飛ばしたようだ。動きが速すぎてよくわからなかったので、結果からの推測だが。


 それはいいがピエール君。君の視線が投げ飛ばした男より、それによって飛び散った料理に向けられているのは気のせいかね。大事なところだから、しっかり頼むよ。いや、本当に。


「てめぇ!」


 投げ飛ばされた男がいきり立つ。その仲間たちも怒りの表情で立ち上がった。このままでは激突必至だ。その前に気をそらさなければ。


「待ってください! その化物、枯れ葉を纏ったような姿をしていませんでしたか?」

「な……に?」


 よし、止まった。これで流れはこっちのものだ。すでに、殴りかかってきた傭兵たちに怒りの気配はない。あるのは戸惑い。こうなれば、あとは簡単だ。


「お前……あれを知ってやがるのか?」

「はい。とは言っても、直接知ってるわけではないですが」


 俺がはっきりと肯定したことで、酒場の空気が変わった。証言者が増えたことで、“森の化物”の信憑性が高まったわけだ。それまでは陰気男の与太話だと決めつけていた連中も、ひょっとしたらなんて考えが頭に過っていることだろう。


「どういうことだ?」

「お祖父様から聞いたことがあるんです。決して、死招きの森には入るな。蠢く巨人に襲われるぞと」

「蠢く巨人……だと。あれが、そうなのか」


 陰気男が戦慄したように一歩下がる。


 おうおう。良い反応だな。おかげで、周りの傭兵たちも、ますます真剣に耳をそば立てている。


 ちなみに命名は適当だ。中の骨組みを妖精が念頭で動かしている関係上、うねうねの不気味に動くので、蠢く巨人とつけてみました。


「あ、あれは、いったい何なんだ!」

「それ以上、近づかないでいただこう」

「いいから聞かせろ!」


 ピエールが鞘に入ったままの剣で牽制するが、陰気男は構わず詰め寄ってくる。こりゃ、さっさと話したほうがいいな。と言っても、咄嗟に考えた話だから続きなんてないんだが……まぁ、適当でいいか。


「わかりません。お祖父様も若い時に一度遭遇しただけだそうで。率いた部隊のほとんどを失い、這々の体で逃げのびるのがやっとだったと」


 沈痛な表情を作って言うと、あれほど興奮していた男は急に力を失ったように床に座り込んだ。それは仲間たちも同じで、悲しみや虚脱感を漂わせている。


「やっぱり、いたんだ……」

「あれが夢なわけねぇよ」

「あの話、マジだったのかよ」

「当たり前だろうが。そんな嘘をついてどうするんだ」

「いや、まぁそうだよな」


 もはや、“森の化物”は実在するという雰囲気だ。予想以上にうまくいったな。その手のスキルは持っていなかったはずだが……まぁ、襲われた当人がいたのが良かったんだろうな。


 今なら、酒場の誰もが耳を傾けるはずだ。


「聞かせてください。森で何があったんです?」

「あ、ああ……」


 俺が話を向けると、陰気男がポツポツ話し出す。それをその仲間たちが補足するという形で話は進む。奴隷狩りの視点で語られるせいで、俺にとっては不快なところもあったが、危険な化物を印象づけるには十分な内容だった。


 俺はニンマリ弧を描きそうな口元をどうにか抑えて、気分が悪くなったという体で酒場を出る。結構な金を支払うことになったが、成果はあった。


「これで噂は広まりそうだな」

「ははは、見事に状況を利用しましたな。しかし、ひやひやしましたよ。私たちの装備は、あの傭兵団の団員から剥ぎ取ったものですからな」


 あ……忘れてたわ。


「き、気づかれてないよな?」

「まぁ、大丈夫でしょう。化物の話のほうに集中していたようですし、防具もあまり特徴のないものを見繕っていますからね」


 お、おう、そうなのか。防具の選定はピエールに任せておいて、助かった。俺なら品質が良さそうなものを優先しただろうから、ひょっとしたら「その装備、見覚えがある……」なんて展開になっていたかもしれん。


「それよりもケント様。私、なかなか良い働きをしたと思うのですが?」


 自分の軽率さに冷や汗を流していると、いきなりピエールが話を変えた。気を使った……というわけではないだろうな。


「……そうだな。わかってるよ。何か食べたいって言うんだろ?」

「ははは、流石はケント様。お見通しですか」


 あれだけわかりやすくて、“流石”も何もあるか。


 まぁ、ピエールが活躍してくれたのはたしかだ。報酬に食事を奢ってやるくらいなんでもない……と言いたいところだが、釘はさしておかないとな。


「あのな、ピエール。悪いが、ワイン蒸しはなしだぞ」

「なにゆえ!?」


 馬鹿。いきなり大きな声を出すな。通りを歩く人たちがぎょっとしてるだろうが。


「酒場のマスターが言ってたが、どうも上等な料理らしいじゃないか。この格好で入れる店に置いてるかどうか微妙だぞ」

「そ、それなら一度着替えて出直すというのは」

「面倒なので却下。それに、ぶっちゃけ金がないだろ」

「なっ……」


 なにせ酒場で気前よく支払ったからな。俺たちの懐具合はカツカツだ。所持金を管理しているのはピエールなので、それは十分に把握しているのだろう。言い返すこともできず項垂れてしまった。


「まぁ、ワイン蒸しは厳しくとも、その辺の屋台で何品か買うくらいはできるだろう。それで手を打ってくれ」

「ぐ……ぐぐ……仕方ありませんね」


 渋々妥協するようなことを言うピエール。しかし、このあと安い串焼きや、芋のスープを食べて、うまいうまいを連発してたので、上品なワイン蒸しとかはまだ早いんじゃないかと思う。味覚的な弱点を克服し、今は何を食べてもおいしく感じられるのだから、安い料理で満足して欲しい。


 というか、そうじゃなきゃ金がいくらあっても足りない。いくらなんでも食べ過ぎだ。有り金すべて使い勢いで食べやがって。余ったらピコに土産でも買って帰ろうと思ってたのになぁ。


 食事のあとは街をふらふら見て回ったが、あちこちに傭兵がいて街の住人をみかけることはほとんどなかった。わずかにみかけた住人は数人で集まり、戦争への不安をささやき合っているようだ。やはり、このままエステラへと仕掛けるという認識のようだ。


「ま、この程度で十分かな。暗くなる前に帰るか」

「そうですな」


 金は使い切ってしまったので、宿代もない。というわけで、俺たちは拠点に戻ることにした。このリステンから拠点までは普通に歩けば数日かかるが、俺には秘策がある。それは、最近新しく取得した【帰還魔法】だ。効果は読んで字のごとく、拠点へと一瞬で帰還できるという魔法だ。体に触れていれば、同行者も一緒に連れて帰ることができる。


 魔法系のスキルはどれも有用だが、帰還魔法の便利さは飛び抜けている。久々の大当たりだ。


 使い方はいつものごとく。謎呪文を唱えれば、それで準備完了だ。上級魔法なのか、文字列がちょいと長く二百文字くらいありそうだが、戦闘に使うのでもなければ特に問題にはならない。【早口言葉愛好家】のスキル込みなら十秒もかからないしな。


「じゃあ、戻るぞ」

「はい。大丈夫ですよ」


 ピエールが頷いたのを確認して、魔法を発動する。頭に思い浮かべたのはオリジナルスキルツリーの周辺。すると、一瞬視界が真っ暗になり、次の瞬間には頭に思い描いた風景が実際に広がった。


「ケント! おかえり!」


 ドスッと腹部に重い衝撃。何とか耐えて、挨拶を返す。


「ただいま、ピコ」


 どうやら、俺の帰りを待っていたようだ。ちょっと遅くなったから、心配かけたかな。


「おかえりなさい、先輩。ピエールさんも」

「ああ、ただいま。レン」

「ただいま帰りました。ケント様はしっかり守りましたよ」


 少し離れていただけだが、やはり戻ってくると落ち着くな。


---

ピエール・ジョン・アルキュール 種族:古代種


クロニクル・オブ・ロードではイベント敵として登場。英雄キャラではないので、ゲーム中で数値として強さを確認する機会はなかったが、かなりの強敵。

現実となった世界での能力値はこんな感じ。


戦闘:115 統率:41

知略:52 工作:29

話術:41 商才:32

儀礼:74 グルメ:54


普人素養限界を遥かに超える戦闘能力で個人の武としては最強クラス。反面、統率能力は低めで部隊としての強さはさほどでもない。だが、部隊が壊滅しても、一人でなんとかしそうな強さがある。ゲームではどうやって倒したんでしょうか、これ。

弱点克服(味覚)によって美食に目覚めたが、グルメの数値はまだ低め。これはまだ何を食べても美味しいと感じるからで、舌が超えれば数値は上がっていく。上がったからといって、何があるわけでもないけど。


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