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第34話 酒場で情報収集

 ハリム王国は俺たちの拠点から見て、東の方角に位置する。俺は、今、そのハリム王国のとある都市の前にいた。


「予定通りなら、ここはリステンって街のはずだが」

「距離的にも間違いないでしょうな。おそらく」


 同行者はピエールのみ。俺もピエールも土地勘がないので、目的地にたどり着けたかどうかは確証が持てない。地図はなく、だいたいの位置関係だけを頼りに歩いてきたので、普通に間違っている可能性もある。


 ファンガがいれば案内を頼めるのだが、獣人の排除が進むこの国で連れ歩くのは無理だ。仕方なく、普人っぽく見える俺とピエールだけでやってきたというわけである。


「最悪、リステンでなくても構わないしな」

「まぁ、そうですな」


 ここまで来た目的は情報収集だ。逃げのびた傭兵団が話していれば、そろそろ森の化物の噂が広がっているかもしれない。その広がり方を確認しに来たのだ。なので、傭兵が集まっている国境近くの街ならリステンでなくても目的は達せられる。


 先日の撃退はうまくいった。生き残りが、あの事件の噂さえ広めてくれさえすれば、アラヤ村への襲撃は抑止できるはずだった。


 しかし、その後、俺たちの村がシステムによって勢力として認められたのがまずい。いや、認められただけなら良かったんだが、それがシステム通知として流れてしまったのが誤算だった。あれで、“プレイヤー”には死招きの森に新勢力ができたと知られてしまったはずだ。


 というわけで、今回の情報収集は森の噂の広がり具合のほかに、ハリム王国の動きについて探るつもりだ。と言っても、王宮にツテがあるわけでもないので、後者については緩く探る程度になるだろうが。


 街の門には衛兵が立っており、街に入ろうとする者を審査しているようだ。出入りは思っていたよりも激しい。簡素ながら武装している男たちがほとんどで、おそらくは傭兵だろう。俺たちも、奴隷狩りの傭兵たちのうち、逃げ遅れて地面の下で眠りにつくことになった奴らから剥ぎ取った装備を身に着けている。怪しまれずに街に入ることができるはずだ。


「次の者! お前たちは……傭兵、か?」


 審査はサクサク進み、思ったよりも早く俺たちの番がきた。しかし、衛兵には首を傾げられてしまう。格好におかしなところはないはずだが。


「そうですよ。傭兵に見えませんか?」

「見えんな。没落貴族か?」


 没落貴族!? 俺が?


 思わず吹き出しそうになったが、その前にピエールがカバーに入ってくれた。


「当家への詮索はよしてもらいましょう」

「あ、ああ。そうだな、すまなかったよ」


 鋭い目つきで睨まれて、衛兵がすごすご引き下がった。


 普段はメシメシうるさいピエールだが、こうやって凄めば威圧感があるんだよな。

本性を知らなければ、凄腕の護衛に見えるらしい。実際、戦えば強いらしい。ファンガをも凌ぐ実力者というから意外だ。土下座のオッサンという印象だったので、凄いギャップである。


 あと、さり気なく“当家”とか言ったな。没落貴族であることを匂わせて、身元を探らせないようにしたのか。


 じゃ、ここではそういう設定でいきますかね。装備が着慣れてない感のある俺と、凄腕っぽいピエールの組み合わせ。言われてもみれば、それっぽいかもな。


「それで、入ってもいいのかな?」

「あ、いや。許可の下りた傭兵団以外は入街税が必要です。その、どこかの傭兵団に所属していますか……?」


 いきなり衛兵の腰が低くなったのは気にしないでおくとして。聞いていた通り、街に入るには金が必要らしい。もちろん、用意はしてある。出処はまぁ、装備と同じだ。


「いえ、まだだね。入街税を払おう。ピエール」

「はっ!」


 アドリブで主従関係っぽいムーブをしてみたが、ピエールは即座に対応してみせる。普段の様子からは考えられないほど優秀だな。


 金さえ払えば、他に複雑な手続きがあるわけでもなく、あっさりと中に入れた。衛兵との会話で、ここがリステンであると確認できたのも収穫だ。あとは、情報収集だな。


「傭兵が集まる場所と言えば酒場かな」

「でしょうな。酒場のことはファンガ殿から抜かりなく聞いております。この辺りでは荒野トカゲのワイン蒸しが名物料理らしいですよ」

「いや、何を聞いてるんだよ……」


 顔を緩ませるピエールを見て、少し頭が痛くなる。こんなでも、やるべきときはちゃんとやってくれる……んだよな?


 一応、傭兵が集まる酒場についてはちゃんと聞いておいてくれたらしく、ピエールの先導でそれらしき場所にたどり着くことができた。それなりにデカいが上品さとは無縁の大衆酒場という外観はたしかにらしい。


 中に入ると、やかましいほどの喧騒と、鋭い視線がおれたちを迎える。若干気圧された俺とは違って、ピエールは平然とそれを受け流し店の奥へと歩みを進める。少し遅れて、俺もそれに続いた。


 迷いなくカウンターの席に座ったピエールがマスターらしき男に声をかける。


「荒野トカゲのワイン蒸しを」


 え、お前。何言ってるの? 情報収集のためって言ったよね。その注文は完全にお前の趣味じゃねぇか!


 さて、コイツをどうしたものかと考えていると、注文を受けたマスターが不機嫌に言い返す。


「あぁん、こんな安酒場にそんなもんが置いてるわけねぇだろ! 酒を頼め、酒を!」

「なんと!?」


 あぁ、たしかに。ワイン蒸しってなんとなく上品そうだもんな。言っては何だが、この酒場には合わない。


 それにしても、なんて顔してるんだ、ピエール。ショックだったのはわかるが。


 その反応がおかしかったのか、周囲の客――おそらく傭兵たちが笑いだす。


「ははは! お前、ワイン蒸しって!」

「来る店、間違えたんじゃねぇの?」

「アンタらみたいな、お上品な連中がくる店じゃねぇぞ、ここは」

「ボロ酒場だからなぁ」

「ボロは余計だ! クソども!」


 マスターに怒鳴られても、傭兵たちはどこ吹く風だ。さらにゲラゲラと笑う。酔ってるなぁ。


「これでも傭兵なんですよ。駆け出しですけど」

「本気かよ」

「そっちのオッサンはともかく、お坊ちゃんには無理じゃねぇの?」


 お坊ちゃんて。俺は二十五だぞ。まぁ、今のは年齢よりも苦労知らずボンボンってことかな。ここでも没落貴族っぽく見られているようだ。


「まぁ、そう言わず。そうだ、それなら先輩方の話を聞かせてくださいよ。ここの代金は持ちますから」

「マジかよ!」

「いいぞ、坊っちゃん!」

「話でいいならいくらでも聞かせてやるぞ!」


 よしよし、反応は悪くないな。


 これは当初の予定通りだ。酒を奢れば傭兵たちの口の滑りもよくなるはずと、ファンガにはアドバイスを受けていた。ピエールの暴走には呆れたが、訳ありの新米傭兵感が出て、結果としては悪くなかったのかもしれない。ひょっとしてそれを狙ったのかとも思ったが……あの落胆具合はただ欲望に忠実だっただけだな。


「ふむふむ。それではハリム王国が優勢だと」

「まぁな。あっちも傭兵を募ってるみてぇだが集まりはよくねぇ。待遇が微妙だからなぁ。やっぱ、つくならハリムだぜ」


 ファンガからも話は聞いていたが、ハリム王国はやはりエステラ魔法国に攻め入ろうとしているようだ。そのために大々的に傭兵団を集めている。ここまで大きな動きとなっている以上、今さら取りやめともいかないだろうな。もし、ハリム王国の王が“プレイヤー”だったとしても、まずはエステラ侵攻を優先するはずだ。まぁ、レンもそうじゃないかと言っていたんだが、それを自分の目で確認できたのはひとつ安心材料だ。


「戦争に出るには、傭兵団に参加したほうがいいんですか?」

「そりゃそうだぜ! 個人で参戦なんて、よっぽどのツテがなきゃ無理だ。団としても人数が多いほうがいいから、臨時雇いも積極的に採用するしな。でも、お前さんはどうかねぇ?」

「えぇ?」


 そんなに戦えないように見えるかね。まぁ、実際戦えないんだけど。


「欠員が出てる傭兵団とかはどうでしょうか? どこか、心当たりはないですか?」

「ああん? そりゃ、あるにはあるが……」


 ご機嫌で話していたオッサンが急に口ごもり、視線を酒場の隅にやる。そちらは、背中を丸めた数人がちびちび酒を飲んでいる一角だ。奢り酒を申し出たときにも無反応で、正直、この酒場では浮いている存在だった。


「あちらは?」

「バッソ傭兵団っつってな。中規模のそこそこ実力のある傭兵団だったんだが、獣人狩りの副業の最中に死招きの森に入って、戦力半分を失ったらしい」


 おっと、どこかで聞いた話だぞ。あのときの生き残りか。ちゃんと戻って、話を広めてくれているらしい。


「相当ショックだったのか、ちょっとおかしくなっちまってな。見たこともない巨大な化物が現れてたって言ってたぜ」


 他の傭兵も横から入ってきて、バッソ傭兵団とやらの噂を聞かせてくれる。こそこそ小声で話しているつもりなんだろうが、酔っているせいか声がでかい。


 となれば、当然、本人たちの耳にも入るわけで――


「誰だ? 誰の頭がおかしいって?」


 ゆらりと立ち上がったのは中年の男だ。体格はいいが、顔色は悪い。その風貌は幽鬼のようで、妙な凄みを男に与えていた。その迫力に気圧されて、酒場は静まり返る。

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