第32話 やはりポンコツか
俺は今、夢を見ている。この瞬間が現実ではなく、夢の中なのだとなんとなくわかった。
気づけば、どこともしれない部屋の中だ。テーブルにはお茶会の用意がされていて、対面には美しい女性が座っていた。ひと目で見ただけで高貴――いや神聖な存在だとわかる。これがオーラってヤツなのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました、ケント様」
柔らかな笑み。きっと、世の中のほとんどの者は彼女を女神だと直感することだろう。
だが、俺は例外だった。強烈な違和感しかない。
「何の真似だ?」
冷たく言い放つと、清らかな笑みに変化が表れた。わずかな違いにすぎないのに、“にたり”と表現したくなるような含みを感じる。
「ふふふ。それはもちろん、ケント様に感謝を申しあげようと思い、お呼びしたのですよ。私の眷属を救っていただき、ありがとうございました」
エセ女神が礼を言ってくるが、ニヤニヤ笑いが隠せていない。取り繕う気はないらしい。付き合ってられないな。
「茶番に興味はないんだ。さっさと用件を話せ」
さらに冷たく言い放つと、エセ女神――フィクスがやれやれと首を振った。
「まったく。鹿島君は付き合いが悪いな」
「誰が、鹿島だ!」
「おっと、そうだったね。ケント君」
絶対にわざとだろ。さっきまでケントと呼んでた癖に。
睨みつけてやると、フィクスは苦笑を浮かべながら指をパチンと鳴らした。すると、一瞬でドレス姿から執事服へと変わる。
「まぁ、自分でも女神なんて柄じゃないとは思うけどね」
フィクスが言いながら、肩をすくめた。だったら、あんな茶番やるなと言いたいところだが、ぐっと堪える。面倒なことはさっさと終わらせたほうがいい。
「それで用事はなんなんだ?」
「それはさっき言った通りさ。君にお礼が言いたくてね」
「はぁ?」
意外なことを言われて、間の抜けた声が漏れてしまった。しかし、フィクスはそれを笑うこともなく、真面目な顔で頭を下げる。
「獣人たちを迎え入れてくれてありがとう」
それで思い出す。最初に来た難民――ファンガたちは、リコが見た夢のお告げに従ったという話を。
「じゃあ、リコが見た女神っていうのは……」
「ははは、私のことさ。ああ、でも、さっき言った眷属というのは嘘だよ。私は女神じゃない。創造主ではあるけどね」
フィクスが楽しげに笑う。そこに俺をからかっているような気配はない。ただ純粋に、獣人たちが助かったことを喜んでいるように見えた。
だからこそ、わからない。フィクスの意図が。
本人も言った通り、こいつは神ではない。ウォーゲームの主催者だ。その主催者がゲームに干渉するのは、普通に考えればルール違反だろう。まさか、イカサマでもするつもりなのか?
「何故、獣人たちに肩入れする?」
「別に彼らが獣人だから肩入れしたわけではないよ。理不尽に故郷を追われた彼らの手助けをしたいと思っただけさ」
フィクスは思わせぶりに“理不尽”という言葉を強調してみせた。その意図はわかる。ファンガたちの集落が襲われたのは、おそらく“プレイヤー”の行動の結果なのだとほのめかしているのだろう。だが、それがなんだと言うのだ。
「それが理不尽だというのなら、こんなこと……ウォーゲームなんて始めなければ良かったんだ」
責めるように言うと、反発するでもなく、フィクスはただ悲しげに頷いた。
「君の言う通りだ。ウォーゲームを前提とした世界など創造するべきじゃなかった。今ならそう思えるんだけどね。あの頃の私にはわからなかった。自分が創造した世界が、命が、こんなにも愛おしく思えるなんて想像もしていなかったんだよ……」
弱々しく語るフィクスの姿に嘘は感じられなかった。後悔していること、そして世界を慈しんでいることは、本当なのだろう。
「だったら、ウォーゲームをやめてしまえばいい」
レン――瀬渡から聞く限り、“プレイヤー”も望んでこちらに来ているわけではない。無理やり連れてきておいて、彼らの行動を理不尽と責めることがよほど理不尽だ。だったら、そんなものはやめてしまえばいい。
しかし、フィクスは首を振る。
「それはできないよ。この世界はウォーゲームの舞台として生み出された世界。そのために多くの出資を受けている。出資者の機嫌を損ねてしまえば存続も怪しいんだ」
世界を維持するためには、ウォーゲームを続けるしかないってことか。
その辺りの事情を知る術は俺にはない。ひとまず、フィクスの言うことを信じるしかないか。
だが、だとしても、わからないことがある。
「何故、俺のところに保護を求めた?」
まともな戦力がない弱小勢力……いや、勢力にもなっていない小集団に保護を求める理由がわからない。おまけに俺はクロニクル・オブ・ロード未プレイで、知識すらないんだ。保護を求める相手として不適当だろう。
俺の問いかけに、打ちひしがれていた様子のフィクスがニヤリと笑みを浮かべた。邪悪さがにじんでいると感じるのは被害妄想だろうか。だが、さっきまでの落ち込んだ姿よりはらしくはある。
「本来は存在しない勢力だからさ。君の存在をほとんどの“プレイヤー”は知らない。つまり攻撃の対象にはならないってわけさ。出資者たちには君の転移は手違いだったと伝えてある。おかげでノーマークだ。君のところなら、私が少しくらい干渉してもバレはしないだろ?」
なるほど。正規の“プレイヤー”じゃないことを逆手に取っているのか。ポンコツの癖になかなかやる……いや、まさか。
「お前……俺を転移させたのは本当に人違いだったのか?」
「ははは。まぁ、君には悪いことをしたかなとは思ってるよ」
「おい!」
はぐらかされた……が、その態度こそが真実を示している。
コイツ、やりやがったな! 初めから俺をこっちの世界に送り込む気だったんじゃねぇか!
「なんで俺だったんだ?」
「……意外だね。もっと怒ると思ったのに」
「怒ってはいるが、お前をどうこうできるとは思ってはいない」
嘘ではない。コイツは神ではないが、とんでもない力を持つ存在なのはわかる。なにしろ、世界を創造するくらいだからな。
「んー、そうだね。正直にいえば、君である必要はなかった。クロニクル・オブ・ロードをやったことがない人間なら誰でも良かったと言える。ただ、あっちの世界に未練がなさそうで、人嫌いなわりに意外にお人好し……そういう性格なら、私の思った通りに動いてくれるかもしれないという目算はあったけどね」
くそ。俺の行動は、フィクスの目論見通りってことか。気に入らないが……今さら、村の住人を放り出す気にもなれない。それを含めて、フィクスの思惑通りというのは腹立たしいが。
「クロニクル・オブ・ロードをやったことがない人間が良かったのか?」
「そうだよ」
俺の問いに、フィクスは目を伏せる。
「戦争はね、起こるんだよ。“プレイヤー”とか関係なしにね。それが、あの子たちの選択なら私も尊重しようと思う」
けれど、と言いながらフィクスが顔を上げる。そこにニヤけた表情はなく、強い意志が宿っているように見えた。
「だけど、“プレイヤー”が彼らをゲームの駒として扱うのは我慢ならない。もちろん、これが私のわがままだとは理解しているよ。それでも、何の手を打つことなく見過ごすことはできなかった」
「それで、俺か」
「そう。未プレイの君なら、あの子たちを駒と見ることはないだろう? あの子たちと同じ視点で、同じように迷い、決断して生きてくれるはずだ」
そのために俺を拉致同然で転移させ、危険な森に放置した。本当に迷惑な話だ。
だけど……今の俺には少しだけ気持ちが理解できる。
今の俺にとって、ピコや村の住人はかけがえのない存在だ。彼らを守るためなら他を犠牲にしても構わないと思える。傭兵たちの命を奪っても、くよくよ悩まずに済んだのも結局はそういう話だ。俺にとって、彼らの命よりも住人の安全性のほうが価値が高いと評価した。
本質的には俺もフィクスも変わらないんだ。
ま、それはそれとして、理不尽な転生の恨みは忘れないけどな!
俺の想いを知ってか知らずか。フィクスは微かに笑みを浮かべる。
「君があの子らとある限り、私は君も愛そう」
「愛よりも実益が欲しいね」
「あまり大きな動きはできないんだ。派手に動くと、出資者たちに知られてしまうからね」
まぁ、それはそうだろうな。それができるなら俺なんかに頼らず、自分で救えばいいんだから。
「これからも頼らせてもらうことがあると思う」
「ふん。知ったことか。俺はやりたいようにやる。村のことも守りたいから守る。それだけだ」
「ふふふ、そうかい。でも、ありがとう」
そうやって柔らかく微笑むフィクスは、意地悪く笑う姿よりも自然に見えて、なぜだか落ち着かない気持ちになった。
これは……きっと、そうだ。素直に礼を言われてたことに違和感があるのだろう。たぶん。
意趣返しではないが、こちらも礼を言っておくか。
「……スキルツリーを木にしてくれたのは助かった。あれのおかげで生き延びられた」
俺の言葉にフィクスは――キョトンとして首を傾げた。
「おや? スキルツリーなのだから、木なのは当たり前だろう」
って、こっちは素の勘違いなのかよ!
お前、やっぱりポンコツだろ!




