第30話 狩る側、狩られる側
俺たち傭兵団はハリム王国に雇われて早々、北方のカイエン砦への移動を命じられた。まぁ、これはよその傭兵団も事情は同じらしい。そもそもが北のエステラ魔法国との戦争のために雇われてるわけだしな。
だから、俺たちが獣人の隠れ里を見つけたのは全くの偶然だ。斥候を命じたミックがときどき妙な気まぐれを起こす奴で、仕事を放り出して街道脇に寄り道をしていたらしい。それが今回の発見につながったってわけだ。
この幸運を生かさない手はない。タフな獣人どもは労働力として高く売れるんだ。今、ハリム王国には奴隷商がこぞって集まってるから、売り払っちまうのも手間はいらねぇ。手軽に大金を掴めるチャンスを逃すのは馬鹿のすることだ。
俺たちは、軍に黙って獣人どもを捕縛することに決めた。奴隷として売り払っちまえばいなくなるんだから、報告の必要はないってわけよ。砦への到着が遅れるが、道に迷ったって言っとけば問題はねぇ。戦いがはじめるのはまだ先だろうしな。
都合のいいことに、獣人どもには他の生き残りと合流しようとする動きがある。それを待って襲えば、獲物は二倍になる。となれば、追わない理由はないよなぁ?
だが、獣人が移動した先がまずかった。
「っち、よりによって死招きの森かよ」
死招きの森といえば、足を踏み入れれば生きては帰れないとされる魔の森。噂では森を住処とするエルフどもですら立ち入らないと聞く。金は欲しいが、それで命を失っちまったら意味がない。これが欲をかきすぎたか?
「大丈夫じゃないですかねぇ。奴ら、ガキも連れてるんですぜ。浅い場所ならそれほど危険はねぇんだと思いやすよ」
そう言ったのはミックだ。余計なことをしてトラブルを引き起こす困った奴だが、目端が利く。今の意見も見るべきところがある。
「たしかになぁ。奴ら、軽装だ。それに食料だって多くはねぇはず。目的地はそう遠くはねぇってことか」
「そういうことでさぁ。ですから、ここで諦めるなんて言わんでくださいよ?」
「ま、危険がねぇなら引く理由はねぇわな」
「流石、お頭! よっ、どこまでもついていきすぜ!」
調子のいいことを言うミックを軽く小突いて、追跡続行の指示を出す。手下どもは、いよいよ襲撃のときが近いと目をギラつかせて従った。
やる気があるのはいいんだが、奴隷として売るってことをちゃんと理解してるのかねぇ。まぁ、やりすぎなければ多少のあれこれは見逃すがな。じゃなきゃ、部下はついてこねぇ。
だが、予想に反して、獣人ともは森の奥へ奥へと進んでいく。森に入ってすでに四日目だ。今のところ、魔物の襲撃はないが、それがより一層不気味だった。
「奴ら、何を食ってるんだ?」
「へぇ。それがところどころに大量の実をつける木があるみたいで」
長い移動になれば食料が保たないはず。そんな見込みは、あっさりと覆された。先導役の獣人が場所を把握しているのか、木の実で食いつないでいるらしい。
「どんな実だ」
「さぁ、遠目なんでなんとも。奴ら、全部食い尽くしちまうんで」
っち。こっちはうまくもない干し肉で我慢してるってのによ。
「お頭、もう襲っちまいませんか?」
手下の一人がもう飽き飽きだって口調で意見してくる。外の手下ども同意見らしく、反論はない。すっかり士気が落ちちまってるようだ。
俺としても思うところはある。これ以上長引くなら、儲けよりもリスクが大きい。
俺たちは砦への移動中だ。多少の遅参ならうるさく言われないだろうが、これから更にとなると、ちと厳しい。場合によっては逃亡と見なされ、傭兵団としての評判にも影響するはずだ。
儲けとリスク。両方を天秤にかけ、俺は決断を下した。
「そうだな。だが、襲撃は明け方にするぞ。奴らが目覚める前に一気に攻める」
獣人は俺たち普人よりも屈強だ。ただの村人だとしても油断はできねぇ。これは本業前の小遣い稼ぎだからな。こんなところで負傷者を出すわけにはいかねぇんだ。
獣人には夜目が利くやつも多いから、夜襲も場合によっては悪手だ。だが、明け方ならば問題ない。寝起きで動きの鈍い状態なら、万一はねぇはずだ。
手下どももそれで納得した。無駄な尾行をすることにはなったが、明日にはいい目が見れるってことで士気は持ち直したようだ。これならしっかり働くだろう。
だが、異変は夕暮れ時に訪れた。
「なっ……なんだ、ありゃ」
最初に気づいたのはミックだ。あんぐりと大口を開けた間抜け顔を最初はみんなで笑っていた。
だが、すぐにそんな場合ではないと気がつく。ミックが指さす方向には、化物がいやがった。
そいつはとにかくデカい。森のなかにもかかわらず、ここからでも見上げられるってのがその証拠だ。濁った緑色で、よくみれば体を構成しているのは枯れ草や木の葉だ。顔はあるのかないのか。頭部と思しき場所には、木の枝のような角が生えている。
異様なのは気配を感じねぇことだ。あれほどのデカけりゃ、近づけば絶対に気がつくはず。だというのに、ミックが声を上げるまで、誰もその存在に気づけなかった。まるでこつ然と姿を現したみたいに。
「な、なんだ、ありゃ……」
「いつの間に!?」
「見張りは何してやがった!」
騒ぐなというのが無理な話だ。そもそも、すでに尾行がどうのと言ってる場合じゃねぇ。
あれは……何だ。まさか、獣人どもが呼び出したのか? だとしたら、俺たちは誘い込まれたことになる。
おかしな話だと思ったのだ。死招きの森というわりに、ここまで危険を感じることはなかった。だが、ここにきてあの化物。ひょっとして危険の正体はアレなんじゃねぇのか。もっと最悪な想像もできる。獣人どもが恐れず森を進んでいたのは、あの化物を使役しているからじゃないだろうな……?
「た、大変だ! お頭、獣人どもが化物に飲まれちまった!」
直後、見張り役の手下から報告が入る。
最悪の想像は現実とはならなかった。ほっと息を吐いて……全く安心できない状況だと我に返る。
あの化物が獣人を食って満足したのならそれでいい。儲け損なったが命あっての物種だ。奴隷のことは忘れて、速やかに本業に復帰しよう。
だが、満足しなかったら? 次の獲物は――俺たちだ!
「お前たち、逃げるぞ!」
「え、奴隷は!?」
「馬鹿、もう食われちまっただろ!」
状況がわかってねぇのか、手下どもの動きが鈍い。命が惜しくねぇのか!
最悪、こいつらを見捨てて逃げようかと思ったが、そうなれば傭兵団は壊滅だ。今の立場を捨てるのは惜しい。できるだけ、逃さなきゃならん。
そうこうしているうちに化物が動き出した。一歩進むたびにドシン。轟音を響かせて、化物が近づいてくる。その動きがまた怖気を誘う。進むたびに、ぐにゃりと体が歪むのだ。それだけでまともな生き物じゃねぇことがわかる。
「なんだありゃ!」
「木が! 木が浮いてる!」
奴が進むたびに、その進路上の木がなぎ倒されていく。そして、その木がふわりと宙に浮いて、ついてくるのだ。浮かんだ木は邪魔な枝を払うように振るわれることもある。奴が操ってることは間違いない。
「ひぃ!?」
「もう駄目だ!」
「諦めるんじゃねぇ! 立って走れ!」
手下どもを鼓舞する。幸い、でかい図体のわりに移動速度は大したことがねぇ。腰が抜けて動けねぇ奴はともかく、ほとんどの奴は逃げのびることができるだろう。
そのとき、化物が声を上げる。まるで悪魔のような不気味な笑い声を。それを聞いた瞬間、手下どもから悲鳴が上がる。
「ぎぃえ!? 痛ぇ……痛ぇよ!?」
「ああ、なんだぁ! 足が! 手がぁ!」
「ぎぃあ、し、死ぬのかよ! こんなところで!」
その理由をすぐに俺も知ることになる。全身、特に手足の指先に激痛が走った。ちょうど、足を踏み込んだところだったので、踏ん張りがきかず思いっきり転倒してしまう。
「お頭!」
「大丈夫だ! テメェら、歯を食いしばれ! 痛ぇが動けねぇわけじゃねぇ! 止まったら痛ぇじゃすまねぇぞ!」
意志の力で捻じ伏せるには痛みが強いが、それでも体は動く。強引に動けば、痛みは次第に消えていった。
「気合を入れろ! 耐えてりゃそのうち痛みは消えるぞ!」
そのあと、何度も謎の痛みに襲われながらも俺たちは化物を振り切って逃げることができた。だが、全員じゃねぇ。半分は脱落しちまったらしい。森で逸れたのか。それとも化物に食われたのか。逃げるのに必死でそれすらわからねぇ。
生存は絶望的。手下どもからも、助けに戻ろうという声は上がらなかった。そりゃそうだろ。あんな化物を相手にするくらいなら、人間相手に切った張ったしたほうが何倍もマシだ。もう二度と関わりたくねぇ。たとえ、軍の命令であってもな。
死招きの森、その名にふさわしい魔境だ。今回のことで、俺たちは手痛い教訓を得た。




