第27話 イケオジ土下座事件
翌朝。早い時間に起こされた俺を待ち受けていたのは、イケオジの土下座だった。
「誠に……誠に申し訳ない! どうか、あの子の処分だけは勘弁してくれないか!」
「は、はぁ」
気の抜けた返事になってしまうのは勘弁してほしい。だって、こっちはまだ状況すら把握していないんだから。
「どういうことなんです?」
「いや、別に大したことではないんですけどね」
イケオジに同行してきたアグリクに事情を尋ねると、困惑気味で説明してくれた。
それによれば事の起こりは昨夜のこと。俺が寝入ったあとに、イケオジを含めた七人は目を覚ましたらしい。で、気づいた見張り役が気を利かせて、食事を用意しようとした。そのときに事件が起きたらしい。
「料理を用意したのが、うちのカミさんなんですが、ちょっと寝ぼけてて、調理中に手を切ってしまったんですよ。そのときに――」
「誠にすみませんでした!」
「わ、わかったので。ひとまず、話を進めさせてください」
「すみません!」
アグリクが核心に迫ろうとしたとき、イケオジがまた大声で謝罪する。心底申し訳ないと思っているような気配は伝わってくるが、これでは話が進まない。だが、まぁ何となく話は読めた。
「もしかして、流れた血をそっちの人がすすったのか?」
「え、ええ。よくわかりましたね。血をすすったのは子どもですけど」
「本当に申し訳――」
「わかった! わかったから!」
イケオジの畳みかけるような謝罪にアグリクが弱り果てている。ちなみに、アグリクの奥さん、カルテも同席しているんだが、こちらにも嫌悪感のようなものは抱いていないようだ。ただただ困惑している。
最初はカルテも本能的な恐怖感を抱いたらしい。血をすする子どもを見て悲鳴を上げた。そしたらイケオジが飛んできて土下座をはじめた。血をすすった子どももイケオジを見て、我に返ったのか土下座。土下座攻勢に圧倒されたカルテは恐怖感など吹き飛んでしまったそうだ。
それは良かった……のか? まぁ、トラウマにならなかったのは幸いなのかもしれない。
「あ!」
寝起きでぽやっとしていたレンが声を上げた。そして、俺の耳に顔を寄せると、こそこそ囁く。
「すみません。先輩、思い出しました。たぶん、あの人、災厄の復讐者です」
なんだその物騒な名前は。しかし、実情は無限に土下座をするだけの厄介なオッサンである。
「あれが、か?」
「そう言われると自信が……」
「まぁ、詳しくはあとで聞くよ」
ひとまず、土下座をやめさせなければ。アグリクやカルテが困り果てている。
「ええと、すみません。まず名前を伺っても?」
「は! 私はピエール・ジョン・アルキュールと申します。この度は私が保護する者がとんだ失態を――」
「待て待て。とりあえず状況を聞かせてくれ!」
「は! 申し訳ありません!」
隙あらば謝罪をねじ込んでくるピエールをなだめすかしてどうにか話を聞き出す。
「つまり、ピエールたちは古代人ってことか?」
「あなたがたから見れば、そうなるでしょう。と言っても、私たちの系譜は私たちの代で途絶えているはずですので、種族的なつながりはないでしょうが」
ピエールが告解でもするように語った話によれば、彼ら種族は大罪を犯したとこかで天の怒りを買ったそうだ。その原因となったのが、吸血行為。彼らの種族は生きるために、人の生き血を啜るらしい。
「それが共生という形であれば、滅びは避けられたのかもしれません。しかし、同胞の多くは傲慢でした。共生ではなく支配という形を他種族に強いた。その結果が天の怒り。私とまだ若い子らを除き、同族は滅びました」
ピエールは珍しく人の共生を唱えたので、保護する子どもたちとともに見逃されたらしい。だが、残されたのはわずか七人。しかも、吸血種族の所業は他種族に知れ渡っている。このままでは未来はないと、自らを石室に封じ眠りについていたらしい。
「その封印を俺たちが解いてしまった、と」
「いえ、おそらくは封印が解ける頃合いだったのでしょう。無限に続くものではありませんから」
長い時を経れば、吸血種族の罪を多くの種族が忘れる。そのときならば共生が叶うかもしれない。そう考えて、ピエールは眠りについたらしい。
実際、アグリクたちは吸血種族の伝承など知らなかった。エルフのような長命種ならばどうかわからないが、レンもそんな話聞いたことがないようだ。ピエールの目論見は当たったと言える。
が、その初っ端で失敗してしまった。信頼を築く前に保護下の子どもが血を啜ってしまうという失態で。その結果、コメツキバッタのように頭を下げるオッサンができあがったという事情らしい。
「つまり、共生する気はあるんだな?」
「もちろんです! 私たちはすでに崖っぷち。傲慢に振るまえば待っているのは破滅です。あの子たちもそれはわきまえています! だから、だからどうか――」
「わかった! わかったから!」
本当に隙あらば謝罪コンボを決めてくるな。いや、それだけ必死なんだろうが。
さて、どうするか。人に害をなすつもりがなく、ちゃんとした交渉で血を手に入れるつもりなら七人くらい受け入れることはできると思う。
問題は吸血という行為に対する忌避感だ。住人の不和を招きそうな要素だからな。軽々しく決断はできない。
「ところで、信頼を築くまでどうするつもりだったんだ? その、食事は」
「は! 実は私たちは普通の食事でも生きながられることができるのです。実際、私はそうしておりました。しかし、それには耐えがたい苦痛を伴うのです」
ふむ。血ではなく普通の食事でも栄養はとれるのか。
「その苦痛というのは?」
「は! 有り体にいえば吐くほどまずいのです!」
な、なるほど。かなり大げさな表現だったが、毎食が吐くほどまずければそれは苦痛だろうなぁ。ピエールは耐えられても、子どもたちにそれを強いるのは忍びない。そういうことか。
「うな〜」
ここで、突然の土下座攻勢に目を丸くしていたピコが立ち上がり、ピエールの肩をポンと叩いた。
「ピコは苦い草、食べられるよう、なったよ!」
「は、はぁ」
突然の食べられる自慢に、ピエールは目を白黒させる。まぁ、好き嫌いの問題と種族的な特徴を一緒にされても困るよな。
しかし、ピコの真意は自らの成長を自慢することではなかったようだ。
「ケントは、すごい! 嫌い、なくしてくれるよ!」
俺を見て、ピコがニコっと笑う。その笑顔には純粋な信頼が込められているような気がして、少しクラッときた。子どもの純真さってどうしてこうも破壊力が高いのか。
同時にピコの言いたいことも理解する。
「すまん、ちょっと待っていてくれ」
ピエールたちを残して、家の外に出る。そして向かったのはスキルツリー。ただし、オリジナルではなく、接木で増やした最初の木だ。いくつか実をもいで戻る。
「これを食べてみてくれ」
「は」
よくわからないという表情でピエールが受け取ったスキルの実をかじる。相当まずいのか、険しい表情だが、なんとか飲み下した。
「た、食べましたが」
「もうひとつ頼む」
「も、もうひとつですか……」
ピエールが苦しげな表情を見せる。しかし、それでも実を受け取って――口に含んだ瞬間、表情は一変した。
「こ、これは! これは何という美味! この味を何と表現すれば良いのでしょう! 久しく味わったことがないような瑞々しさ。そして、味わったことがない、この味わい! これが……これが果物の味!」
よほど感動してのか喋る喋る。狙い通り、ピエールは血以外の食べ物を克服したらしい。
「先輩、これってもしかして?」
「ああ。【弱点克服(克服)】の効果だ」
レンの疑問に頷いて答える。
ピコが言った苦い草は食べられる野草で、まぁたしかに子どもには食べにくい味だ。しかし、肉とスキルの実だけでは栄養が偏ると思って、食べさせるようにしている。最初は嫌がっていたが、【弱点克服(味覚)】を習得してからは普通に食べられるようになったのだ。
ピコはそれを思い出したのだろう。だから、ピエールのこともなんとなると言ったのだ。やっぱり、うちの子は賢いな!
「ああ、何という甘露! 果実とはこれほどに美味なるものだったとは! では他の食べ物はどうなのか! 食べたい……食べてみたい!」
それにしても――――ちょっと効きすぎじゃないか?
苦手なものでもどうにか食べられるようになる、程度のはずなんだけどなぁ。ピエールの場合、好き嫌いが逆転したみたいだ。長年まずいものしか食べてなかった反動かねぇ。
まぁ、この様子なら血液以外の食事も摂れるはずだ。村で受け入れることもできる。ピエールはともかく子どもたちを放り出すような結果にならなくて良かったな。
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〈災厄の復讐者〉
クロニクル・オブ・ロードのシングルプレイかつハードモードで発生する災厄イベントの一つ。
ゲーム開始から三年目以降にランダムに発生し、支配領域を復讐者率いる魔物軍が襲撃してくる。
復讐者は普人のグラフィックと“養い子を奪われた悲しき復讐者”とのいうテキストがあるのみで名前を含めて詳しい素性は不明。ファンの間ではさまざま考察がなされたが、公式が何らかの言及をすることはなく、真相はわからないままになっている。
イベントの難度としてはかなり高い。いっそ理不尽と言っていいほどで、発生タイミングが早いと対応できずに詰んでしまうことも。そのうえ、解決したところで報酬はない。そのためゲーム屈指の理不尽イベントとして忌み嫌われている。
もっとも、災厄イベント自体はハードモードのカスタムオプションで、プレイヤーが設定しなければ発生しないこともあり、認知度がそもそも低い。




