第114話 宰相の矜持
「リーレン様!」
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。和解ムードであったセルヴァンが、突如レンを突き飛ばしたのだ。
「何を……血!?」
詰めようとして、すぐに異変に気がついた。セルヴァンはレンを突き飛ばした直後に倒れ、苦しげに腹部を押さえている。そして、その足元には赤い液体が滴り、血溜まりを作っていた。
ここでようやく頭が回りはじめる。セルヴァンがレンを突き飛ばす直前、例の甲高い音がしたような気がする。そう、ドラクハイム兵が持っていた銃の発砲音だ。
「狙撃か!」
身を屈めながら視線を巡らせる。だが、周囲にそれらしき人影は見られなかった。
先日持ち帰った銃の性能は確認している。有効射程はおよそ一〇〇mほど。その範囲に身を隠せるような場所はないが——
そのとき、視界を塞ぐようにメタリックなものが飛び出してきた。直後、ガツンと音がして、何か固いものが俺にぶつかる。
「あいたっ。ととと、ケント、大丈夫?」
「ゾル? いったい、何が?」
「これ」
俺の前に飛び出してきたのはゾルだった。あまり自発的に動くことがないゾルにしては珍しい行動だ。そして、彼が差し出してきたものを見て、血の気が引く。
「これは……銃弾か」
どうやら、レンの次は俺が狙われたらしい。ゾルが守ってくれなければ、頭を撃ち抜かれていたかもしれない。どうやら、ドラクハイムは俺たちが接収したものよりも高性能な狙撃銃まで開発しているようだ。
「ありがとう、ゾル。次の弾丸も防げるか?」
「近くにいたら」
「そうか」
たぶんだが、ドラクハイムの銃は地球製のものほど弾速が出ない。だからこそ、ゾルは銃弾に反応できたのだろう。しかも、見たところ傷一つない。俺個人の守りなら、ゾルがいれば十分だ。
だが、ここには俺以外にも大勢の人がいる。その全てを守りきるのはゾルには無理のようだ。ここは別の手を考える必要がある。
「なら……」
使うのは燻煙魔法だ。煙幕を張り、敵狙撃手から身を隠す。
俺の考えに気づいたのか、ルイ、イザベラも狙撃手が潜んでいるであろう方向に煙を出して、視界を遮る。だったら、煙幕は彼らに任せておけばいいだろう。
さて、次だ。
「ピエール、俺に種蒔魔法を使ってくれ」
「は? いったい何を……」
「いいから、早く」
「は、はぁ……」
戸惑うピエールに有無を言わさず指示を出す。説明している時間が惜しい。煙幕を張ったことで、狙って撃つのは難しくなったが、それでも適当に乱射してくる可能性はあるのだ。煙で銃弾は防げない。
「では、いきますぞ」
「頼む」
ピエールが呪文を唱え終わると、俺の体は圧迫感に包まれる。一瞬にして、土の中だ。頭以外、まったく身動きが取れない。結構、苦しいな、これ。
だが、口さえ動けば問題ない。この状態で整地魔法を唱えれば、おそらく……
「なんと!?」
「ええ!?」
早口で魔法を唱えると、唐突に圧迫感が消えた。狙い通りだ。周囲が、俺の足元の高さに合わせて整地されたのだ。結果として、俺の首から足元までの土がごっそり消えた。インスタント塹壕の出来上がりである。壁際に寄って、再度整地魔法を使えば拡張も簡単だ。まぁ、今はそこまでの広さは必要ないが。
ともかく、煙幕と塹壕により、敵狙撃手から狙われる危険性はかなり減った。その場しのぎだが、一応の安全は確保できたと言っていいだろう。
「セルヴァン、今、治療を……」
レンがセルヴァンに駆け寄る。しかし、セルヴァンはそれをはねつけた。
「馬鹿なことを言ってはなりません……私一人を癒すのに、力を使って、どうしますか……!」
苦しげだが、ハッキリと意志のこもった言葉で、治癒魔法を拒絶する。言っていることはもっともだ。レンの治癒魔法は効果が大きい半面、消耗も激しい。大量に負傷者がいる状況で使うのがもっとも効率的だ。敵が攻めてきている今は特に。
だが、実際の怪我人を前にその判断を下すのは難しい。セルヴァンの出血量は洒落にならない。素人目にも危険な状況に思える。そんな状況で、しかも負傷した本人が、魔法の使用を止めるとは。並の胆力ではできないことだ。セルヴァン……嫌味なヤツだが、覚悟が足りない愚か者ではないようだ。
「レン。セルヴァンをスキル……聖樹のそばに運ぼう」
セルヴァンの言う通り、レンの治癒魔法は切り札になる。できれば温存したいところだ。
しかし、セルヴァンを見殺しにするというわけにもいかないよな。意見は合わないが、なかなかの根性の持ち主だ。ここで死なすには惜しい。それに、何よりレンを助けてもらった恩がある。
幸い、スキルツリーはホームオブジェクト。周囲に控える者の治癒能力を高める力がある。腹部の銃創をただちに癒すことはできないだろうが、延命くらいはできるはずだ。ドラクハイム兵を退けて、それでも傷が癒えていなければそのとき改めてレンに治癒魔法をかけてもらえばいい。
「わ、わかりました。あなたたちも手伝って!」
「は、はい!」
取り巻きの力を借りつつ、セルヴァンをスキルツリーまで運ぶ。即席の塹壕からは少し離れた場所にあるので、整地魔法で塹壕を延長する。スキルツリーを巻き込んだ整地魔法はやめておいた。引っこ抜いても、また植えれば効果を発揮しそうだが、その保証はない。根元ギリギリまで塹壕を作り、その近くにセルヴァンを横たえる。
「お、おお」
「血が、止まったぞ!」
「本物だ……本物の聖樹だ」
「いや、それ以上だ!」
多少の高低差があるが、スキルツリーの回復効果は働いてくれたらしい。セルヴァンの出血が止まり、取り巻きたちが歓声を上げる。
ともかく、これで最悪な状況は脱したと言ったところだ。あとは、どうやって反撃するかだな。




