第113話 狙撃
「……というわけで、今はうちの村の見学ツアーをやっている」
レンのはったりが効いたのか、セルヴァンも威圧的な態度は消え、かなり大人しくなった。改心したというよりは、こちらの主張に理解が追いつかず戸惑っているだけって気もするが。
「ツ、ツアー、ですか?」
「見学会のことだ」
「いや、それはわかりますが。しかし、今、まさにドラクハイムが攻めてこようとしているのですよ。そんな悠長なことをしている場合では……!」
「だからこそ、早めに決断してもらう必要があるんだろう。転移で移動するから一瞬だ。時間はかからない」
「転移!? そ、それは流石に冗談ですよね……?」
額に手を当て、窺うような視線を向けてくるセルヴァン。嘘だと言ってくれと態度で示しているが、現実は無情である。
「いや、冗談なんかじゃないぞ。実際、アンタの手下は見ているはずだが?」
「は? ナーヴェルたちのことですか?」
名前が出たことで、セルヴァンの背後に控えていた取り巻きたちがビクリと肩を震わせた。この様子だと報告していなかったな。
「そうだ」
「どういうことです、ナーヴェル。なぜ、報告しなかった?」
「そ、それは……まさか本当に転移だとは思いませんでしたので。仮に報告したところで、セルヴァン様は信じられますか?」
「むぅ……」
「何かトリックがあるものだと思って、それを暴いてから報告しようと……」
ナーヴェルの言い訳に合わせて、他の取り巻きたちも同意の声を上げる。それに対して、セルヴァンも強くは言い返せないようだ。
ううむ、エルフの国の宰相でもこの反応か。俺が思うより、空間転移というのは、とんでもない技術のようだ。ファンタジー世界なら当たり前のようにあるものと思ったがそうでもないらしい。よく考えれば、戦略シミュレーションの世界だものな。隣接領地を飛び越えて侵攻とかできたら、ゲーム性が損なわれるか。当たり前のように受け入れているうちの連中が変わり者だってことだな。
「そういうわけなのよ、セルヴァン」
「リーレン様……」
「私たちは世界樹を離れても生きられる。そうだ。あなたもアラヤ村の見学をしてみたら?」
今のセルヴァンなら説得できると思ったのか、レンがそう提案する。しかし、セルヴァンは頑なだった。
「興味はありますが、そういうことではないのです。たしか、ケント様の力があれば我々は聖樹から……いえ、世界樹から離れて生きることも可能なのでしょう。しかし、それでも……それでも世界樹は特別なのです! 我々は常に世界樹とともにあった。命を拾うためとはいえ、世界樹を捨てて生きることなど、私には考えられない!」
それでも命のほうが大切だ、と思うのは他人事なのだろうな。人によっては、自分の命以上に大切な何かがある。それはわかっているつもりだ。これまで対応した中にも、セルヴァンのような反応を示したエルフはいたからな。
「その考えを否定するつもりはない。だが、死んでしまっては意味はないだろう。生きて世界樹を守るために、一時的に避難すると思えばどうだ?」
「あなたに従えば、それが叶うと……?」
セルヴァンが縋るような目で俺を見る。
というか、何で俺!? レンならわかるが、今回、俺は手伝い要員くらいのものだぞ。レンのハッタリが効きすぎたか!
どうにかしろとレンに視線を送るが、レンはにへらと笑って頷くのみ。全然、意図が伝わってない!
◆
鍛冶国ドラクハイム ボルヴァス視点
「ふふふ、呑気なものだな」
ボルヴァスは草木生い茂る地面に伏せながら、嘲笑混じりに呟く。彼の覗くスコープにはエルフどもの集会が映し出されていた。その中には、標的であるユーリッド聖樹国の女王リーレンも含まれている。
敵軍に攻め込まれている状況で、元首が無防備に姿を晒す。ボルヴァスからすれば愚かとしか思えない行為だ。しかし、獰猛な笑みを浮かべて、それも仕方がないかと考え直す。
「ふ、森に閉じこもる時代遅れの種族には考えが及ぶわけもないか」
ボルヴァスが覗くスコープは長い筒状の武器に備えつけられたものだ。その武器は魔導銃の改良によって生まれたドラクハイムの秘密兵器。神槍と呼ばれる長距離魔導狙撃銃である。射程、命中精度ともに量産型の魔導銃とは一線を画する。
欠点は生産には非常に高度な技術と精密性が要求されることだろうか。そのため、数は作れない。また、連続使用すると、狂いが生じるため細かなメンテナンスも必要だ。そのような理由から、神槍の部隊運用はできておらず、少数の兵が訓練として使ったことがある程度。大仰な名前に反して、未だ試作武器の域を出ない。
しかし、ボルヴァスは神槍という武器に魅せられていた。王子という立場にもかかわらず、誰よりも訓練を重ね、今やドラクハイムで一番の狙撃手に名を連ねている。父王グドヴァインから命じられた任務に自らが名乗りを上げ、それを咎められなかったのも身分ではなく実力ゆえだ。
「くくく……」
湧き上がる愉悦に、邪悪な笑みが溢れる。無理に抑え込む必要はない。この感情こそが、自分を最優狙撃手へと押し上げたことをボルヴァスは知っている。
ボルヴァスを魅了したのは、神槍の威力か。それとも新規性か。
いずれも違う。
彼が、神槍に感じた魅力は、その芸術性だ。スイッチ一つで、鮮やかな赤い花が咲く。これが芸術でなくて、何だというのか。
銃を微調整し、スコープを標的に合わせる。にこやかな笑みを浮かべるエルフの顔を見ながら、ボルヴァスは引き金を引いた。




