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第112話 簡略化のための措置

 2日前、移住の呼びかけをしていた俺たちは手応えのなさに頭を抱えていた。ユーリッド国民の多くはドラクハイムの襲撃に恐怖している。それでも全員が全員、ユーリッドを離れることは考えられないと移住を拒否したのだ。


 すでに日は暮れている。これ以上は意味がないと判断した俺たちは勧誘活動を切り上げた。


「困りましたね。まさか、ここまで頑なだとは……」


 レンが肩を落とす。そのレンに対して、アルネイがおずおずと尋ねた。


「リーレン様は怖くないんですか? 聖樹から離れて過ごすことが」

「そうですね。最初は少し抵抗がありました。でも……あ、いや、そうか」


 アルネイの言葉を聞いて、レンは何かに気づいたようだった。


「どうした?」

「エルフたちが、こんな状況でも里から逃げようとしない理由がわかったかもしれません。あとで説明しますね」


 その場で説明しなかったのは、ゲームの設定に関わる内容だったからだ。そのあと、俺たちは一度アラヤ村に戻り、そこで理由とやらを聞かされた。


「エルフには、聖樹から離れて生きられないという設定があるんですよ」

「そうなのか? でも、それじゃ、ゲームにならないだろ」


 クロニクル・オブ・ロードは戦乱の大陸を舞台とした戦略シミュレーションだ。大陸統一が目的である以上、本拠地から離れて勢力を広げていく必要がある。それは、ユーリッド聖樹国も例外ではないはずだが。


「ゲームでは制圧した国に世界樹の枝を配置し、分樹していましたね」

「分樹?」

「ええと、枝を植えたら、世界樹のミニ端末みたいになるんです。エルフの生存権を広げるというのがユーリッドの目的なんですよ」

「世界樹も増えるのか。スキルツリーみたいだな」

「どこでも自由にとはいきませんよ。あくまで設定上の話でそういうコマンドがあるわけでもなかったので、具体的にどうやるかまでは……」


 レンが首を振る。勢力コマンドにも“分樹”なんていうコマンドはなかったので、フレーバー的なのだと判断したようだ。


「追放されたときは、聖樹から離れる喪失感みたいなものはありました。ですが、生きていけないと感じるほどではなかったんです。でも、もしかしたら、僕が“プレイヤー”だからなのかもしれませんね」


 リーレンとしての記憶はあるが、意識としては瀬渡蓮である。なので、レンは他のエルフほど聖樹から離れ難いと感じないのかもしれない。


「しかし、そうなると困ったな」

「そうですね……」


 聖樹から離れると生きていけないのだとすれば、彼らを救うのは難しくなる。それこそ、ドラクハイムを撃退するしかないだろう。


 だが、彼らの持つ銃は強力だ。まともに戦えばユーリッドに勝機はないだろう。俺たちが協力したとしても、少なからず犠牲は出る。


 妙案が出ないまま時が過ぎ、ひとまず休むことになった。寝不足では頭が働かなくなるからな。


 そして、その夜。俺は再び、フィクスの庭園に招かれたのだ。


「やあ、なかなかうまくやっているみたいだね」


 いつものお茶会テーブルに座りながら、フィクスが機嫌よさげに笑う。いい気なものだなと嘆息しながら、俺はその対面に座った。


「そりゃどうも。しかし、またもや面倒事だ」

「苦労をかけてすまないね。だけど、おかげで助かってるよ」

「お前のためではないけどな」

「別にそれで構わないよ」


 ニコニコ笑いながら、フィクスがお茶を注ぐ。ふわりと爽やかな香りが広がる。2人分のカップに注ぎ終わると、座ったまま片方をこちらに寄せてきた。マナー的には褒められたものではないのだろうが、そんなことを気にする間柄でもない。黙って、それを一口すすった。味は……まぁ悪くない。


「それで、今回は用件は?」

「まったく、雑談のひとつもできないのかい。無粋の極みだね」

「何分、忙しいものでな」

「それなら仕方がないか」


 フィクスが笑顔のまま、肩を竦めてみせる。実際のところ、俺は今、睡眠中なので忙しいも何もないのだが、それを指摘するつもりはないようだ。おそらく、フィクス自身早く本題に入りたいのだろう。この会合も出資者たちの目を盗んでの接触になる。意味もなく長引かせたところで良いことはない。


「頑張っている君に朗報だよ。君のスキルツリーには、聖樹と同じく、エルフの精神を安定させる効果があるんだ」

「なんだって……?」


 それが事実なら、たしかに朗報だ。もちろん、俺たちに肩入れしているフィクスが嘘をつく理由はない。なので、事実なのだろうが——


「あまりに都合が良すぎないか?」


 この世界を作り出したのはフィクスだ。そのような仕様を仕込むことも不可能ではあるまい。しかし、ゲーム開始以降にそれをやれば、出資者が黙ってはいないはず。そいつらはどの勢力が勝つかで賭け事をしているらしいからな。勝敗に影響する干渉を見過ごすとは思えない。


 どういうことだと視線で問うと、フィクスは不敵に笑った。


「ふふ、それはもちろん。こんなこともあろうかと——」

「嘘だな」


 断言する。このポンコツにそんな芸当は不可能だ。


 ジロリと視線の圧を強めると、フィクスのこめかみ付近をつうっと汗が伝った。笑顔が固まっている。


「ははは……まぁ、ほんの少し、偶然に助けられたところはあるけど」


 視線をそらしながら、フィクスが嘯く。


「ほんの少し、か?」

「あー、うん。私の意図せぬところで、奇しくも噛み合ったと言えなくもない、かな?」


 スキルツリーはもともとの仕様になかったものだ。俺が要求したことで、ゲーム開始前に急遽実装することになった。神の如き力を持つフィクスといえども一から作り出すには手間がかかりすぎる。そのため、既存のオブジェクトから設定を転用したらしい。そのコピー元となったのが、エルフの聖樹……つまり世界樹なのだという。


 アクセス権限が“アラヤ一家”に紐付いていることと、スキルの実を実らせることなど最小限の調整はした。しかし、それ以外はほぼそのまま流用したらしい。結果として、スキルツリーは変わり種の聖樹と言えるものになっているようだ。


「どこが、ほんの少しだ。それは、純度一〇〇%の偶然だ!」

「そうとも言うね!」


 そうとしか言わん。


 だがまぁ、そういうわけで、エルフが聖樹から離れられないという問題は何の障害にもならなかったのである。

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