第111話 本当に聖樹だった件について
静かな怒声があるとすれば、こういうことを言うのだろう。
「お前たちは…‥いったい、何をしている……!」
怒りをにじませつつ、それでもギリギリのところで冷静さを保とうとして失敗している。そんな声だ。視線を向けると想像通りの人物が立っていた。セルヴァンだ。
先日と同じく多数の取り巻きを連れている。が、取り巻きたちの表情は冴えない。ナーヴェルをはじめとして、ほとんどが何度もエルフ植えを体験しているので、あの日ほど強気に出られないようだ。それでも、セルヴァンの手前、言葉だけは勇ましかったりもするのだが。
用件はわかっている。“最初に話を聞いてやる”と言い放たれて以降、俺たちはセルヴァンを無視して、こちらの用事を済ませていたからな。むしろ、ようやくきたかとさえ思う。俺がユーリッドを訪れたのは一昨日なので、丸二日くらい待ちぼうけだったはずだ。意外と辛抱強いヤツなのかもしれんな。もちろん冗談だが。
大方、俺……というかレンの方から訪ねさせて自らの優位を示したいとか、そんな思惑があったのだろう。華麗にスルーしてしまったので、むしろ面子を潰す結果になってしまったが。
「何って、俺たちの目的は伝えただろう。移住者を募っているんだ」
別に移住ではなく、一時避難でもいい。ここを離れたいと望む者に手を差し伸べているところだ。
ドラクハイムの侵攻によって、ユーリッドは滅亡の危機にある。ここからの挽回はかなり厳しいだろう。
特に、あの銃が厄介だ。たぶん、性能は地球の最新式に比べれば数段落ちるのだろうが、それでも鉄鎧を貫通する威力は驚異的だ。接収した銃は統一規格で作られており、量産化が進んでいるように見える。あれの集中砲火を浴びれば、重装歩兵とてひとたまりもない。
「くっ……! だから、その話を聞いてやろうと言ったのだろうが!」
「いや、別に聞いてもらう必要はないしな。女王の許可ならすでにとっているからな」
お前に用はないと告げてやると、セルヴァンがギリリと歯を鳴らした。目を釣り上げて、リーレンを睨みつける。
「リーレン様! 何をしているかご自覚はおありか? 民の力を束ね、ドラクハイムの魔手を跳ね除けなければならないこのときに、結束を乱すような真似をして……あなたに国を守る意思はないのか!」
「それは、あなたが言うの? まぁ、いいでしょう。もちろん、私は国を守りたい」
「でしたら……!」
「だからこそ、民を逃がすのですよ。守るべきは土地ではなく、民です」
リーレンが淡々と諭すように告げると、セルヴァンは忌々しげな表情を浮かべた。軽く頭を振り、反論する。
「流石はリーレン様。ご立派な考えです。しかし、民は納得しますかな? 確かに命は大事でしょう。ですが、同じくらい我々には失いがたいものがある」
セルヴァンが大仰な仕草で両手を掲げた。その表情は一転して、勝ち誇ったような顔だ。
「そう、聖樹です! この地を失えば、我々は聖樹を失うことになる! そのようなこと、耐えられるわけがない! 我々は何があっても、この地を守らなければならないのですよ!」
なるほど。それがセルヴァンの余裕の根拠か。自らが追い出した女王が帰還し、移住を呼びかけるという状況にもかかわらず、妙に焦りがないと思っていたのだ。エルフが世界樹を捨て、他の地に移るなどありえない。そうである以上、民を守るためにリーレンは戦争に協力せざるをえないというわけだ。
エルフたちにとって、世界樹はかけがえのない、それこそ命を賭しても守りたいものなんだろう。実際、レンに協力的なアルネイさえ、移住には難色を示していた。セルヴァンの思惑が的外れだったとは思えない。
だが——
「移住はともかく、一時避難に関しては受け入れられているが?」
「なんだと!?」
事実を告げてやると、セルヴァンがくわっと目を見開いた。
「馬鹿な! 我々エルフは聖樹から離れると根源的な不安を覚える。それがなぜ!」
「それはケント様が、聖樹を生み出す力を持っているからです」
「聖樹を生み出すだと!?」
レンの言葉に、セルヴァンが激昂する。しかし、レンはセルヴァンの怒りを静かに受け流して、ある一点を指さした。そこには、俺が設置したスキルツリーがある。
「あれを見なさい」
「……!」
セルヴァンの表情が変わった。驚きと戸惑いに染まり、すでに怒りは見えない。
「我々の聖樹とは似ても似つかない。しかし、これは……」
「ええ。あなたにもわかるはずです。これが聖樹だと」
「こ、これをあの男が生み出したと?」
「そうです。ケント様は女神からこの力を授かったのです」
セルヴァンの俺を見る目が侮蔑から畏怖へと変わった。あまりの変わりように、落ち着かない気分になる。
「お、おい、レン。あまり大げさなことは……」
「我慢してください、先輩。説得に時間をかけてる場合じゃないので。それにまるっきり嘘というわけじゃないわけですし」
こそこそと過大広告に抗議するが、国民の命がかかっていることもあってレンも引かない。俺としても、そう言われると黙るしかない。いかに不本意な肩書きとはいえ、住人の命を犠牲にしてまで払拭したいわけではないのだ。
しかも、レンの言う通り、まるっきり嘘というわけではない。なんと、スキルツリーは本当に聖樹だったらしい。その事実は、とあるポンコツの供述から明らかになっている。




