第109話 聖樹化の奇跡?
これで、ユーリッドに向かうのは俺、レン、ルイ、イザベラ、ルーマ傭兵団、ゾルの九名となった。とりあえずの人手としてはこれでいくしかない。いつまでもピエール一人にしておくわけにはいかないからな。
帰還魔法でユーリッドに転移できるのはレン一人だ。なので、全員を一度に運ぶのは難しい。まずは、俺、ルイ、イザベラ、ゾルを運んでもらうことにした。魔法を使えば一瞬だ。俺は再び、巨大な樹の根元に立っていた。
「な!? え? リーレン様?」
声がした方を振り向けば、そこにはついさっき見た顔がいくつもあった。ヴァルノーンをはじめとした警備兵の面々だ。全員横一列になって、立っていたらしく、俺たちの急な出現に驚いているようだ。
コイツら、非常事態の合図で戦いに向かったはずなんだが。まさか、レンから申し付けられた罰をやり直すためにわざわざ戻ってきたのか?
レンも一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに取り繕って女王の仮面を被る。
「言いつけは守っているようね。彼らも私の客人よ。失礼のないように」
「「「はっ!」」」
戸惑っていたヴァルノーンたちだが、レンからの言葉に姿勢を正し、かしこまった表情で了承の返事をする。最初に見たときとはえらい変わりようだ。何があったんだと思ったら、その理由はヴァルノーンの口から語られた。
「リーレン様の魔法のおかげで我々は命を救われました。感謝いたします」
どうやら、彼らは駆けつけた戦場で負傷したらしい。それだけでなく、多くのエルフが傷つき戦線も崩壊していたような状況だったようだ。そんなときに、レンの広域治癒魔法が発動したのだとか。ほぼ勝ちが決まったような状況でドラクハイム兵は油断していた。そこに、いきなりの負傷兵の復帰だ。動揺と兵数の逆転で、ドラクハイムは総崩れになり、何とか撃退できたらしい。
圧倒的に不利な状況を魔法一つで覆したのだ。それは、敬意を抱くようにもなるか。
対する、レンは複雑な表情だ。兵たちが回復したのは副次的な結果であって、そもそもの目的はアルネイの治療だからな。それをもてはやされてもという感情があるのだろう。
「とにかく、私はもう一度、戻って人を呼んできます」
逃げるように、帰還魔法でアラヤ村に転移していく。まぁ、すぐにルーマ傭兵団を連れてくるのだが。
残されたのは俺たちとヴァルノーンだ。さっきまでなら、不快なものを見るような目つきを向けられていたと思うが、レンへの敬意が高まったことで扱いも変わったようだ。特に言葉はないが、目が合うと彼らはただペコリと頭を下げた。変われば変わるものだな。
それから、戻ってきたレンたちとともに、ピエールの元へと急ぐ。駆けつけたそこでは、落ち着かない様子のアルネイと普段通りのピエールをエルフの住人が遠巻きに見ているところだった。
「待たせたな、ピエール。また来客があったのか」
「ええ。話が通じないので、少し静かにしてもらっております」
ピエールのそばでは、さっきまではいなかったはずのエルフ数名がのびている。おそらくはセルヴァンの取り巻きだろう。最初の五人と同じようにエルフ植えしていた。
「運ぶのはコイツらですか?」
ルイは早速、ドラクハイム兵のところに向かったようだ。地面から飛び出した頭をちょんちょんと指さしている。
「お、お前ら、いったい、何なんだよ!」
「うるさいですわね」
喚くドラクハイム兵をイザベラが蹴飛ばす。もちろん、手加減はしていると思うが、本当に躊躇がない。見た目は貴族の令嬢って感じなのでギャップが凄いんだよな。ピエールもわりと容赦がないが、よくないところを引き継いでいる気がする。血の繋がりはないって話だが。
「ドラクハイム兵は俺とレン、ルイ、イザベラで運ぶぞ。その間、ルーマたちはピエールと一緒に見張りを頼む」
さっさと運んでしまおうと役割を割り振っていく。ドラクハイム兵は十五人なので、二人ずつ四人で運べば二往復で済む計算だ。
「先輩。まずは接木をしたほうがいいんじゃないですか?」
「おっと、それがあったな」
レンからの指摘を受けて、スキルツリーの設置を思い出す。スキルツリー化するのは次の日なのですぐには使えないが、忘れないうちにやっておかねば。
「勝手に接木していいものかな?」
「大丈夫ですよ。僕が許可するんですから」
「それもそうか」
国民の認識では、いまだにレンが女王なのだ。そのレンの許可があるのだから、文句を言う者はいないか。なお、セルヴァン派に関しては無視するものとする。
「じゃあ、さっさとやってしまうか」
◆
アルネイ視点
里を追放されたリーレン様が、お元気な姿で戻られた。それは喜ばしいことだけど、わからないことだらけだ。もともと開明的な方だったけれど、まさか短期間で他種族と信頼関係を築くまでとは思ってもみなかった。しかも、一見普人に見えるけれど、エルフより長寿な古代種族なのだという。そう教えられたのはピエール殿だけだけど、その主人であるケント殿が普人ってことはないだろう。きっと彼も古代種族なのだ。
ピエール殿は身体能力が恐ろしく高い。里の戦士が束になっても敵わないのではないかと思う。それほどまでに隔絶している。
ケント殿の身体能力はたぶん私たちとほとんど変わらない。だけど、不思議な力を使いこなす。人を一瞬にして地面に埋める魔法。用途が限定的すぎる気がするけど、今回みたいに敵対者を無力化するには便利だ。他にも、視界に捉えた者に激痛を与える魔法に、転移の魔法まで使えるみたい。そうとは見えないけど、リーレン様に匹敵するほどの魔法の使い手のようだ。
そのケント殿と、リーレン様が二人でこそこそ何かやっている。接木と言っていたようだけど、どういうことだろうか。少なくとも、今やるべきことではないと思うのだけど。
「あの。ケント殿はいったい何を……?」
勇気を出してピエール殿に声をかけてみる。
他種族と接するのは正直怖い。野蛮な他種族はエルフを捕らえ、見世物にするのだという。
けれど、ケント殿は私を助けるために、自らを囮にしてドラクハイム兵を引きつけてくれたという。リーレン様のためだと言っていたけれど、いずれにせよエルフのために力を尽くしてくれたのは事実だ。他種族も野蛮な者ばかりではないということだろう。それに、彼らはリーレン様が信頼を置く人たちだ。であれば、私も避けては通れない。
「あれですか。ケント様がやっているのは聖樹化ですな」
「聖樹、化?」
聖樹と言えば、私たちの里にある世界樹のことだけど……?
「ああ、世界樹のことではないのですよ。しかし、不思議な力を宿した木です。ケント様は、聖樹を増やし、その力を引き出すことができるのですよ」
ピエール殿は落ち着いた口調に反してとんでもないことを言っている。
「せ、聖樹を増やすって、そんなことができるんですか?」
「どうやら女神からそのような力を授かったようですね。実際、村にはたくさんの聖樹がありますよ」
たくさんの……聖樹?
まさか、そんなという気持ちがある。けれど、少しだけ納得もした。リーレン様はケント殿を強く信頼しているように見える。どうしてそこまでと思っていたけれど、きっとその力が理由なのだ。ユーリッドの民にとって、聖樹は心の拠り所でもある。その聖樹を生み出すなんて……ケント様は女神が遣わしたエルフの救い手なのかもしれない。




