第104話 未知の飛び道具
タァンと鋭い音が響く。少し遅れて悲鳴が響いた。ピエールの言った通り、敵が回り込んできたらしい。
パニックになる人々。こちらにも人が逃げてくる。それをゆっくりとした足取り追ってくるのは小柄な人影。子供ではない。おそらく、あれがドワーフなのだろう。軽装でゴーグルのようなものをしている。手には見慣れない長柄の武器を持っていた。近いのは槍だが……?
敵兵の数は多くない。せいぜい二十人くらいか。しかし、ここにいるのは老人と子供ばかりだ。このままでは敵に蹂躙されてしまうことになるだろう。
戦争に介入するつもりはない。かと言って、民間人の虐殺を見過ごすのは、はばかられる。
「ピエール!」
「無理です。手が足りません」
困ったときのピエール頼み。しかし、そのピエールは即座にドラクハイム兵の打倒を拒絶した。勝てないというわけではないだろう。手が足りないと言ったので、おそらく護衛として離れられないということだ。たしかに、あの兵もいきなり現れたのだ。他に伏兵がいないとは限らないか。
「リーレン様は避難を! できれば救援を呼んでください!」
「アルネイ!?」
動けずにいる俺たちと違い、アルネイがドラクハイム兵に向かって走っていく。一人で立ち向かうのは無謀と言わざるを得ないが、少しでも時間を稼ごうというのだろう。
アルネイが走りながら矢を構える。普通に考えれば狙いがぶれてまともに射られるはずもないのだが、エルフの妙技は神がかっていた。走りながら射た矢は見事に命中し、胴に矢を受けたドワーフが膝をつく。
それを見届けることもなく、アルネイは退きはじめていた。どうやら、移動しながら矢を放ち、敵の注意を引きつけるつもりらしい。身軽さと弓の技量がなければできない芸当だ。レンと話していたときは穏やかそうな性格に見えたが、それでいてアルネイはかなりの腕前の持ち主のようだ。
これなら時間が稼げるか。そう思ったとき、ドラクハイムの兵たちが動いた。兵たちは走り出すでもなく、何名かが姿勢を低くし、長柄の武器を水平に構える。防御体勢には見えない。まさかあれは——
「銃、か?」
「そんな!?」
俺の呟きに、レンが悲鳴のような声を上げる。
あれが本当に銃かどうかはわからないが、いずれにせよ黙って見過ごしたところで状況が好転することはないだろう。なんとか、妨害しなければ。
俺は早口で呪文を唱える。使うのは痛風魔法だ。痛みで射撃を妨害するくらいしか、俺にはできない。
呪文は意味不明な文字列だが、すでに口に馴染んでいる。三秒もあれば唱え終わった。しかし、それでもわずかに遅かった。
――タァン
銃声が響く。呪文が発動したのは、その直後だった。アルネイと、彼女を撃ったドラクハイム兵が同時に倒れる。
「アルネイ!」
「遠隔武器でしたか!」
レンが悲鳴を上げ、ピエールが目を見張る。今にも走り出しそうなレンの腕を咄嗟に掴んだ。
「せ、先輩! アルネイが!」
「わかってる。だけど、今飛び出していったらハチの巣だ」
「でも!」
「お前が撃たれたら、それこそ助けられないぞ。少し落ち着け」
「は、はい」
無策で突っ込んでも助けられないと言って聞かせて、レンを落ち着かせる。アルネイを助けるにしても、まずドラクハイム兵を排除しなければ。
「ピエール、見ての通りだ。今は奇襲を警戒している場合じゃない。あれを速やかに排除しなければ」
「そのようですな。では、すぐにでも。ケント様たちは身を隠しておいてください」
銃に脅威を感じたのか、今度こそピエールがドラクハイム兵の排除に動いた。回り込んで建物による死角を利用しながら近づくようだ。流石のピエールでも、銃に対して正面から近づくのは厳しいか。
さて、次はレンだ。
「ぼうっとしている暇はないぞ。治癒魔法の準備だ」
「あっ!? そうですね!」
レンの治癒魔法はかなり広範囲に影響が及ぶ。なので、駆け寄る必要はないのだ。
「だけど、タイミングを考えろよ。すぐに回復させたところで、またドラクハイム兵に撃たれるだけだ。あいつらを排除するか、少なくともピエールの奇襲で撹乱されるまで待て」
「わかりました」
ドラクハイム兵は、一人が正体不明の攻撃によって倒れたことで動揺していたようだが、ようやく立て直したようだ。俺の仕業だとはわかっていないので、お互いに背中を預け、周囲を警戒している。
この状況は、あまりよくないな。ピエールが奇襲しにくい。
「レンは物陰に隠れて、魔法の準備をしていろ。俺は少し前に出る」
「危険ですよ!」
「わかってるが、仕方がない。まぁ、大丈夫だろう。結構狙いをつけるまで時間がかかるようだし」
痛風魔法は間に合わなかったが、それでもギリギリと言ったところだった。狙いをつけるまでに三秒は必要だ。しかも、たぶん俺の想像する銃ほど威力がない。あれなら頭や心臓に当たらなければ即死はしないだろう。最悪、撃たれてもレンの魔法でなんとかなる……はずだ。
宣言通り前に出て、痛風魔法で正面側のドラクハイム兵を狙う。魔法の効果はすぐに表れて、狙った兵は倒れた。しかし、予想をしていた他の兵に動揺はない。そして、すぐに俺が犯人だと当たりをつけたようだ。
まぁ、そうだろうな。ほとんどのエルフが逃げる中、俺だけがその場にとどまっているのだから。
兵の一人が身構えるのを見て、俺はすぐに建物の影に隠れた。そのあと、かなり離れたところを銃弾のようなものが飛んでいく。
ううむ。思っていたよりも弾がデカいな。あと、射程も短いか? ドラクハイム兵との距離は二〇〇mくらいだと思うが、狙いは大きく外れていた。おそらく有効射程外なのだろう。
だったらと、物陰から身を乗り出し、痛風魔法をさらに二回お見舞いする。調子に乗って、三回目と顔を出したところで、強烈な風切り音とともに腕に強い痛みがあった。
「っあ!?」
思わず倒れ込んで、這うようにして物陰に退避する。銃弾が腕を掠めたようだ。ドクドクと血が流れ、傷口が焼けるように熱い。
「つぅ……」
くそ、調子に乗ったか。止血したいが、片腕ではうまくいかない。とりあえず、布で傷を塞ぐか。布と言っても服しかないが。
大した傷ではない。出血はそこそこあるが、すぐに死に至るほどではないはずだ。そうは思っても、焦燥感が募る。呼吸が荒くなって、ハァハァと大きな音を立てるのをどこか他人事のように聞いていた。
久しぶりに死を意識した。大猪や飛竜に襲われたときの感覚はすっかり忘れ去っていたようだ。最近では、あまり躊躇いなく戦いを指示したり、自分から飛び込んだりもするが……どうやら、単純に危機感が薄れていただけらしい。
「ハァハァ……ん?」
どうやって痛みをやり過ごすか。そればかりを考えていた俺を、温かな光が包んだ。この感じは覚えがある。レンの治癒魔法だ。腕の傷もすぐにふさがり、痛みも嘘のように消える。
物陰からドラクハイム兵の様子を覗くと、ピエールによってすでに制圧されていた。俺が痛みでのたうち回っている間に、片付けてくれたようだ。
少し無茶したが、その甲斐もあって早期決着がついた……のだろう。たぶん。きっと。
まぁ、何にせよ、助かったぁ。




