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第103話 ドラクハイムの奇襲

 時間は稼げたが、情報収集は簡単ではない。俺とピエールはエルフではないので論外。下手に声をかければ、他国からの間諜と疑われ、兵を呼ばれてしまう。かといって、レンにも難しい。どうやら、ユーリッドは民と王の距離が近い国のようだ。女王として広く顔を知られているので、こっそり聞き込みなんてできるわけがないのである。


「……一旦、出直すか?」


 レンは変装すればいけるかもしれないが、俺とピエールを連れている時点でどうしても目立つ。それなら、一人で情報収集したほうがマシだ。国民はともかく宰相の派閥は敵対しているような状況なので危険はあるが、いざとなれば帰還魔法で戻ればいい。


 そう考えたのだが、レンは即座に首を振った。


「出直しても無理ですよ。警備は世界樹のところに立たせたままにしてあるので、こちらに戻ってきたところですぐにバレます。別の罰を与えるべきでしたか……」


 警備兵に出した指示が仇となったと、レンは悔しげだ。やはり、怒りにまかせての判断だったのか、この展開は考えていなかったようだ。


「そもそも情報を集める必要はありますかな? 戦争状態なのは間違いないのですから、少しでも早く行動に移すべきでは?」


 ピエールも口を挟んできた。言われてみれば、その通りだ。想定と違う状況だったので、現状について知っておきたいという想いが先走ったが、重要なのは戦争を忌避する国民を連れ帰ることである。それ以上のことは、目的を達したあとでも良い。


「じゃあ、パパっと知り合いに声をかけて、パパっと帰るか」

「一人二人ならそれでもいいんですけどね。まぁ、居場所がわかりそうな子と話してみますか」


 情報収集は諦め、まずは知り合いの一人と接触してみようかという流れになった。だが、実際に動き出す前に、キィィンと甲高い音が響く。


「なんだ?」

「この音は——」


 耳が痛くなりそうな音に戸惑う俺とは対照的に、レンにはその意味が理解できたようだ。険しい表情で、とある方向を見据えている。


 その理由を尋ねる前に、後方から足音が迫ってきた。あちらは世界樹の方向。となれば、誰の足音かは明らかだ。予想通り、現れたのはヴァルノーンをはじめとする警備兵だった。


「リーレン様!」

「わかっています。行きなさい!」

「はっ!」


 短いやり取りをして、ヴァルノーンたちはそのまま走り去っていく。


「さっきのは非常事態の合図か?」

「そうです。この状況ですから、おそらく……」

「ドラクハイムが攻めてきたってことか!」


 なんてこった。ここはユーリッド聖樹国の首都だぞ。まさか、ここまで攻め上がってくるなんて。


 いや、それにしては警備の連中には余裕があったような。敵が首都目前に迫っているときに、あの人数を世界樹に置くだろうか。まぁ、それだけ大事な木なのだということなのかもしれないが。


「まずは状況を確認しよう」


 ともかく、呑気に知り合いに声をかけている場合ではない。戦況を見極め、帰還魔法での撤退も視野に入れなければ。


「そうですね。では、こちらに」


 ややこしいことに、ユーリッドの聖樹国の首都はユーリッドである。エルフは基本的に、この都市に集まって暮らしているらしい。首都ユーリッドは世界樹を囲むようにドーナツ状に広がっているそうだ。世界樹周辺は森そのものといった感じだが、しばらく走ると人里っぽいところに出た。


 森に住むエルフの里だ。なんとなく神秘的なイメージがあったが、実際に見ればそんなこともない。多少作りに違いはあるが、ごく普通の木造の家が立っているに過ぎなかった。ただ、森を切り開くのではなく、木々の合間に家を建てているのが違いといえば違いか。そのせいで、かなり雑然とした雰囲気がある。


 里は騒然としていた。多くのエルフが不安そうな顔で何か喋っている。そうしているのはほとんどが腰が曲がった老人であり、ときおり、若いエルフが建物から飛び出してどこかに走っていく。どうやら、戦える者は総動員しているような雰囲気だ。かなり危うい状況なのだろうか。


「リーレン様!?」


 そのとき、近くからレンの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主は若いエルフで、ちょうどすぐそばの建物から出てきたところらしい。目を丸くして、こちら……というかレンを見ている。


「アルネイ!」


 レンも相手のエルフを見て、名前を呼ぶ。どうやら知り合いらしい。


「よくぞご無事で! 戦争推進派によって追放されたのではないかと心配しておりました」

「追放されたのは事実だけどね」

「ほ、本当なんですか!?」


 ヴァルノーンのときと比べると、レンの態度が柔らかい。セルヴァンの発表を鵜呑みにしていないところを見ると、レンとは親しい間柄だったのだろう。


 くしくも、探していた知り合いと再会できたようだ。しかし、今は旧交を温めている場合ではない。


「レン」

「わかっています」


 呼びかけると、レンは短く頷いて、改めてアルネイに向き直る。


「アルネイ、今の状況はわかる?」

「詳しくはわかりません。東の森にドラクハイムを迎え撃つために防衛隊が派遣されましたのは少し前のことです。まだ、本格的に戦いになってもいないはずですが」

「……すでに敗れたということは?」

「いえ、流石にそれはないです。精霊の報せが届いていませんから」

「そう。だったら、迂回部隊がいたのかしらね」

「おそらく、そうではないかと」


 どうやらドラクハイム軍の一部が主戦場を迂回し、手薄となった本拠地に奇襲を仕掛けてきたという。ユーリッドに防衛力はほとんど残っておらず、戦える者をかき集めている状況らしい。


「ケント様、敵はさらに裏をかいてきたようですぞ」


 ピエールが険しい表情でとある一点を見つめる。それは若者が走っていった方向とは逆側だ。


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