第102話 女王の怒り?
「間に合ったと言ったわね。あなたたち、私が理由を何と聞かされているの?」
気を取り直したレンがヴァルノーンたちの認識を尋ねる。彼らは少し戸惑いながらも、お互いに目をやりつつ語り出す。
「我々が聞いたのは、リーレン様が古代種族の秘宝を探しに出かけられたと」
「こ、古代種族の秘宝?」
思わず、俺とレンの視線がピエールに向かう。ピエールは少し迷惑そうに首を振る。少なくともピエールにそれらしいものに心当たりはなさそうだ。とはいえ、古代種族がピエールたちのことを指すとは限らないが。
ヴァルノーンたちはレンの反応に不思議そうにしている。まさか、ピエールが古代種族だとは思ってもいないようだ。
「何故また、そのような話に?」
「セルヴァン様からの発表です」
セルヴァンは、この国の宰相でレンを追放した首謀者だ。それについては、転移前に聞いている。
レンが戦争に反対していたのは国民も知るところだ。その理由をセルヴァンは、戦争になれば多くの国民の血が流れることを嫌ったと説明したらしい。
「それ自体は間違っていないけれど、秘宝とはつながらないわね」
「続きがあります」
ヴァルノーンが続ける。
セルヴァンの発表によれば、死招きの森のどこかに古代種族の残した魔法具があるという。その魔法具は非常に強力で、あらゆる敵を殲滅できる兵器だと伝わっている。古い文献でその存在を知ったレンは、国のためにその兵器を欲した。それさえ、あれば国民の犠牲なく、敵を討ち滅ぼすことができる。戦争に反対をする理由もなくなるというわけだ。
「頭が痛くなるような話ね……」
「はぁ」
レンが頭を押さえながら漏らした感想に、ヴァルノーンは気の抜けた返事をする。興味がないというよりレンが何を気にしているのかわからないといった様子だ。
ヴァルノーンの感覚としてはエルフに犠牲者が出なければ他種族がいくら死のうが関係ないのだろう。それはおそらくエルフとしては標準的な考え方だ。いや、エルフに限らず、この世界では珍しくもない可能性もある。人を思いやれるのは心に余裕があってこそ。世が乱れれば、自分の身を守るので精一杯で、人のことなど気にしている余裕はないのだから。
その点、平和な世界で生きてきた俺やレンからすれば違和感がある。戦争に反対していたレンが、大量破壊兵器のようなものを探しに出たと聞いて、何故あっさり信じるのかと。
とはいえ、このギャップを今すぐに埋めるのは難しい。レンもひとまずは流すことにしたようだ。
「まぁ、それはいいでしょう。では、何故、ドラクハイムと戦いになっているのですか?」
レンが戦争を安全に勝ち抜くために秘宝を探しに出たというのなら、その帰りを待つことなく戦争をはじめたのは何故なのか。レンの指摘に、ヴァルノーンは憤慨した様子で答える。
「それは奴らが攻めてきたからです! だから、我々は報復としてドラクハイムの都市を落とそうとしたのです! ですが……」
ヴァルノーンは肩を落とす。都市を攻めきれず、逆侵攻されている現状を嘆いているようだ。
しかし、俺たちにとってはそれどころではない。
「仕掛けたのは、ユーリッドからって話じゃなかったか?」
「ええ。通知ではそうなっていましたよ」
「じゃあ、最初に攻められたって言うのは?」
「戦争をはじめるためにセルヴァンがでっち上げたのかもしれません」
「……ろくでもない奴だな」
情報の齟齬についてレンとコソコソ話し合う。レンはセルヴァンによる捏造だと思っているようだ。これまでの話を聞く限り、俺としてもその可能性は高いと思える。
「あの、リーレン様。それで、そいつら……いや、その方々は? 客人という話でしたが」
胡散臭いものを見る目つきで、ヴァルノーンが視線を向けてくる。レンへの敬意はあるようなのに、そのレンが客人と呼んだ俺たちにこの態度なのだから、エルフの排他主義もなかなかのものだ。
レンは一瞬苦笑いを浮かべたあと、視線を鋭くする。
「お二人は……特にこちらのケント様は私の命の恩人です。丁重に扱ってください。彼らに対して無礼な態度は許しませんよ」
「はっ、失礼しました!」
レンに睨まれて、警備兵たちがピンと背筋を伸ばして姿勢を正す。しかし、すぐに窺うような表情になり、ヴァルノーンが代表して口を開いた。
「しかし、あの……彼らはエルフではありませんよね?」
この状況でそれを言うのか。エルフの多種族嫌いは筋金入りのようだな。
レンも呆れて首を振る。
「どうやら言葉が通じないようですね。もう下がって……ああ、指示しても無駄なのでしたか。ならば好きにしなさい」
レンに冷たく言い放たれ、流石にヴァルノーンは顔を青くする。
「し、失礼しました! 決して、お客人に無礼を働く意図はなく!」
「客人をエルフかそうでないかで分類することにどんな意図があったというのです?」
「それは興味本位と言いますか……」
「エルフでないのは見ればわかると思いますが。あの言葉が彼らを客人扱いすることに対する不満でなければ何なのでしょうか?」
「け、決してそのようなことは!」
「私の指示に従う気があるなら、反省を示すため……そうですね、夕刻までそこで立っていなさい。いいですね?」
「は、はい!」
有無を言わせぬ言葉に、ヴァルノーンが彫像のように直立不動になる。
さらにレンはゆっくりと顔を動かす。その視線を浴びた他の警備兵たちは、まるで石化の魔眼を受けたかのように身を固くした。
その様子を見て、レンが軽く頷く。
「行きましょう」
「あ、ああ……」
促されて、俺とピエールはレンに続いた。少し歩いたところで、ようやくいつもの雰囲気になったレンが口を開く。
「これで時間が稼げます。できれば、セルヴァンに僕が戻ってきたことを知られる前に情報を集めたいですね」
な、なるほど。つまり、あれは演技だったわけか。
「本気で怒ったのかと思ったぞ」
「いえ、わりと本気で怒ってますよ。先輩に対して、あの態度は何ですか。本当に頭が固い。しっかりと罰を与えなくては! そういう意味では一石二鳥でしたね」
そう言って笑うレンの顔は普段通りに見えたが、何故か底知れぬ圧を感じる。
とりあえず……あまりレンを怒らせないようにしよう。そうしよう。




