第101話 警備兵の反応
レンの言う簡単な移動方法。それは帰還魔法だった。
帰還魔法で転移先に指定できるのは、俺を除けば、アラヤ村のオリジナルのスキルツリーだけ。そう思っていたのだが、厳密にはそうではないらしい。
「実は、僕、ユーリッドのホームオブジェクトを転移先に指定できるみたいなんです」
どうやら“プレイヤー”は、過去、自分がアクセスしたホームオブジェクトに転移できるようだ。レンも帰還魔法が使えるようになってすぐに気がついたが、ユーリッドに戻るつもりはなかったので黙っていたらしい。
「まさか、こんな風に役に立つとは思いませんでしたけどね」
「でも、それなら他のスキルツリーを転移先に選べても良さそうなのにな」
「一度勢力コマンドにアクセスしたかどうかが重要なんじゃないでしょうか」
まぁ、そうなんだろうな。レンがあちこちのスキルツリーに転移できるなら、運搬作業を分担できるんだが、そううまくはいかないようだ。
そんなわけで、通知を受けた次の日にはユーリッドに行ってみることになった。向こうを刺激しないように、転移するのは俺とレン、ピエールの三人。ピエールは安定の護衛役で、俺が一緒なのはアラヤ村としての判断が必要になったとき即断できるようにだ。
「ノア。ピコを頼むぞ」
「にゃー」
言われるまでもないという態度が頼もしい。タイガ、フラン、チャトルも任せろとばかりに鳴く。普段はのんびり過ごしている奴らだが、こういうときは頼もしい。
「ピコは留守番を頼むな」
「うな……」
「なるべく早く戻ってくるからな」
寂しそうな顔に心が痛むが、まさか連れて行くわけにもいかないからな。エルフはただでさえ排他的な集団で、そのうえ戦争で多くの領地を失って心が荒んでいる可能性があるのだ。
励ますように頭を撫でてやると、ピコはひしっと抱きついてきたあと、上目遣いでお願いを口にする。
「ケント、元気で帰ってきてね。レンもだよ。ちゃんと戻ってきたら、また子分にしてあげるからね」
「もちろんだよ。……あれ。じゃあ、今はまだ椅子ってこと?」
とまぁ、大げさな挨拶をしたが、ハリムに潜入したときに比べればかなり気が楽だ。今回も目的は戦争ではなく交渉だからな。交渉相手が少々厄介だが、こちらには元女王がいるのだから、それほど心配することはあるまい。何かトラブルがあったとしても帰還魔法で戻ってくることはできる。
「それじゃあ、行ってくる」
「では、先輩。手を握ってください。ピエールさんも」
「それでは失礼して」
手を握ると、レンが帰還魔法の呪文を唱えはじめる。
詠唱が終了すると、目の前の景色が瞬時に変化した。全体的に緑が多めなので大きな違いはないが、間違いなくアラヤ村ではない場所だ。
「成功したみたいだな」
「はい。ようこそ、ユーリッド聖樹国へ」
レンがニコッと笑いながら歓迎の挨拶を告げると、ゆっくり顔を横に向けた。つられて視線を移すと、そちらには驚くほどの巨木がある。距離が近かったため、はじめは木と認識できず、壁だと勘違いしたほどだ。高さ、太さを目測するのも難しい。地球には存在しない規模の大樹である。
「これはまた……大きく育ったものですね」
少し離れた場所から巨木を見上げ、ピエールが感嘆したような声を上げる。あまり物事に動じないピエールにしては珍しいことだ。
「この木が、ユーリッド聖樹国の名前の由来になった『世界を支える聖樹』です。世界樹と呼ばれたりしますね。そして、ユーリッドのホームオブジェクトでもあります」
レンが巨木に手を触れながら解説する。
世界樹か。エルフと言えば、って感じだな。さらに、この世界樹がユーリッドのホームオブジェクトなのか。そういう意味ではうちのお仲間だな。こちらはむしろそれっぽいし、接木で増えたりはしないだろうが。
「おっと、誰か来ますぞ」
「警備の者たちでしょうね」
ピエールが報告に、レンが慌てた様子もなく頷く。
まぁ、予想の範疇だ。エルフにとっては大切な場所なのだろうし、当然警備もいるだろうことは想像がつく。
「汚らわしき者どもめ、どこから侵入した! 世界樹から離れろ!」
駆けつけたのは、十名足らずの警備兵。当たり前だが、全員エルフだ。装備は弓矢なので、警備というより狩猟者のように見えるな。これもまた定番だが、全員美形なので男女どちらなのか判別しづらい。警告を発した者は、声からしてたぶん男だ。
エルフの特徴は長くて尖った耳。だが、髪色はいくつかバリエーションがあるようだ。レンは金髪だが、警備のエルフの中には緑色の髪の者もいるな。あれは天然の髪色なんだろうか。
さて、今にも弓を射られそうな状況だが、俺に動揺はない。ピエールも俺たちを庇うように前に出てこそいるが、迎撃に動き出す気配はなかった。高確率でこのような状況になることは予想できていたので、あらかじめ対応は相談してあったからだ。
「控えなさい、ヴァルノーン。この方々は私の客人です」
凛とした声はもちろんレンのものだ。いつものふにゃふにゃした態度は鳴りを潜め、威厳ある立ち姿で俺たちの前に出る。
「ま、まさか」
あれほど威圧的だったヴァルノーンというエルフの態度が一変した。驚きに目を見開き、構えていた弓をゆっくりと降ろす。
「リーレン様……?」
「ええ、そうですよ。久しぶりですね」
どこか突き放したような響きのある声音でレンが答える。それに対して、ヴァルノーンら警備の者たちは——
「リーレン様が戻られた!」
「間に合ったんだ!」
「これでドワーフどもに勝てるぞ!」
大声で喜びを爆発させたのだった。
うーむ、これはいったい……?
レンに視線を向けると、困惑気味に見返してくる。どうやら、レンとしても想定外の反応だったらしい。
少なくとも、ここにいる連中はレンの帰還を歓迎しているようだ。しかも、レンから恨まれているとも思っていないように見える。
おそらく、現ユーリッド上層部はレンを追放したという事実を隠蔽したのだろう。レンの不在に何か適当な理由をつけて誤魔化したってところか。
いったいどういう説明をされているのやら。まずは現状を探るところからはじめなければならなそうだな。




