第100話 新たなる階級は椅子
「それで、そんな顔をするってことは、ユーリッドが心配なのか?」
レンの表情は、近隣国が侵略にあっているという情報を得たにしては悲しげに見える。滞在したのは一月足らず、追放という形で国を出たというのに、意外だった。
「正直に言えば、複雑な気分です。意見の食い違いによって、追放されたとはいえ故郷ですからね」
俺の問いに、レンは深いため息をつく。
「故郷って認識はあるんだな」
「先輩には分かりづらい感覚かもしれませんね……意識の主体は僕、瀬渡蓮なのは間違いないんですが、それでも僕の中には間違いなくこの世界で生きたユーリッドの元女王リーレンとしての記憶があるんですよ」
記憶の中には、リーレンとして接した人々の印象も含まれる。友や肉親に感じる親愛も少し形を変えて引き継がれているそうだ。
「正直、追放を画策した人たちに思うところはありますよ。そういう人たちのことは、まぁ仕方がないです。“プレイヤー”が絡んでるなら自業自得とも言い切れないですけど、彼ら自身が望んだことですから……」
そこまで言って、レンは再びため息をつく。
「だったら、何が気になってるんだ?」
「……エルフは排他的ですが、全員が全員戦争を望んでいたわけではないんです。元女王として、彼らの安全が気がかりですし、それに私だけが自由で安全な暮らしをしていると思うと……」
気が咎めるというわけか。
「なるほどな」
元の住人の記憶というのは俺が思っていたよりも影響が大きいようだ。それにさっきは一ヶ月足らずなんて思ったが、それだけあれば、絆を育むには十分だとも言える。俺だって、その頃にはピコを家族だと思っていたからな。そのピコに何かあれば平静ではいられなかっただろう。
「そうだな……もし戦争から逃れたいという人がいて、彼らが望むならうちで受け入れてもいいぞ」
ユーリッドに肩入れすることはできない。どちらが正義なんて単純な話ではないだろうし、ましてや今回はユーリッド聖樹国から仕掛けたという話だからな。ドラクハイムには“プレイヤー”がいるなら、交渉によって仲間に引き込む可能性もある。それによっては、ユーリッドとは、険悪な関係になってしまうこともありうる。もちろん、積極的に敵対するつもりはないけどな。
それでも、レンの知り合いくらいなら助けられるはずだ。
「よろしいのですか? その……戦争を望まないだけでわりと排他的ですけど……?」
「もちろん、村のルールを守ってもらうぞ。ただまぁ、少し離れた場所に別の村を作ってもいいんじゃないか? どうしても折り合いがつかないなら、そのとき考えたっていい」
「そう……ですね」
レンは少し考えたあと、表情を和らげ、微笑んだ。
「ありがとうございます、ケント様。あなたのおかげで、少しだけ未来が開けた気がいたします。あなたに出会えて、本当に良かった……」
「レ、レン?」
様子がおかしい。普段は姿こそ異なっているが、気配というか雰囲気というか、とにかく受ける印象は会社の後輩の瀬渡蓮そのままだ。しかし、今はまるで印象が違う。そう、エルフの元女王としての彼女がそこにいた。
「ケント様……」
レン……いや、リーレン? 彼女が潤んだ瞳で俺を見る。少しずつ距離が縮まっていく中、俺はパニックになって動けなくなってしまった。そして、彼女の顔が——
「あー!」
不意に響いた大声に俺とレンの体がビクリと震えた。どうやらピコが戻ってきたらしい。ピコは木の実を片手に俺とレンの間に入り込むと、レンの体をグイグイ押す。
「レン、何やってるの!」
「ピコちゃん!? それはもちろん、先輩と……ぐへへ!」
「ダメでしょー! レンは子分なんだから、ケントを取ったらダメ!」
「えぇ!? 僕、まだ子分なの!? そろそろ格上げされてもいいんじゃない!?」
「ダメ、下げる! レンは椅子になった」
「椅子!? 子分の下は椅子なの!?」
ふぅ、危ない危ない。ピコが戻ってこなければ状況に流されるところだった。レンもすっかりいつもの雰囲気に戻ったので一安心だ。
ただ、レンの中にリーレンの記憶があって、それが元の人格に影響を与えてるのは間違いないようだな。それをこんな形で実感するとは……。
「それで、どうする? 動くなら早いほうがいいだろ」
ピコによるお説教が一段落したところで話を戻す。
ちなみに、レンの膝の上にはピコが座っている状態だ。本当にレンの立場は椅子になったらしい。強く生きろよ。
「そうですね。あの子たちがどういう考えかは僕にもわかりません。早速、話をしてみたいと思います」
「そうか。だったら、護衛も考えないとな。移動するとなると数日がかりになるだろうし」
隣国といえども、それなりの距離はある。森を縦断するなら、それなりの備えと護衛が必要だろう。
しかし、レンは苦笑いで首を振った。
「大勢で行っても受け入れてはもらえないですよ」
「レン、椅子は動いちゃダメ!」
「えー。ごめん、ピコちゃん。もう許して……」
「むー」
ピコは不満げだが、これでは話もしづらい。
「代わりに俺の膝に座っていいぞ」
「座る!」
「俺は椅子じゃないから動くけどな」
「ケントはいいよ」
ピコがニコニコで、俺の膝に移る。機嫌も治ったようだ。これで話が進むな。
「だけど、護衛は必要だろう」
レンは単独で、ユーリッドからアラヤ村まで移動してきたが、それは運が良かったからだ。流石に、俺やレンが少数で死招きの森を移動するのは危険だ。せめて、ピエールやファンガは連れていきたい。
すると、レンはニヤッと笑って指を立て、それを横に振った。
「心配いりませんよ。向こうに行くだけなら簡単です」
ん?
どういうことだ?
祝・100話!




