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第26話 浄化

「でも、こっちまでは来ないのね」

 少し村から離れて街道まで戻ると安全っておかしくないと、鈴華は薪を組む蒼礼に訊ねる。

「おそらくダニの行動範囲がそれほど広くないんだろう。人間に付くことで遠くまで行くことが出来るが、ダニ単体では近くを跳ねている程度なんだろうよ。だから、村の中ではあちこちから出てくるが、こっちまではなかなか来ないんだ」

 蒼礼はだからと言って安全ではないからな、と注意する。小さな歩みでも、いつかこっちまで出てくる可能性がある。

「なるほどね。じゃあ、安全なうちに全部を浄化できれば、この村を通過しても問題なくなるんだ」

「そういうことだ」

 蒼礼は護摩壇のように組んだ薪を指差すと

「ここから火を熾しておいてくれ。俺は結界を張りに行ってくる。術を行使する範囲を決めないといけないからな」

「わ、解った」

「これを持っていろ。ダニ十匹くらいは撥ね除けてくれる」

 蒼礼は大きめの札を一枚、鈴華に渡した。蒼礼が作った札をまじまじと見るのは初めてで、奇妙な模様が描いてあるようにしか見えないなと思う。

「意味は呪術師しか知らないからな。それに、流派によっても異なる」

「へえ」

「じゃあ、頼んだぞ」

「了解」

 鈴華はしっかりと札を懐に仕舞い、持っていた火打ち石で火を付ける。そこから薪と一緒に拝借してきた竹筒で息を送る。しばらくしていると火が安定して燃え始めた。鈴華は戸を壊して作った端材を火の中にくべながら、大きく燃え上がるのを待つ。

「良さそうだな」

「は、早いわね」

 ぐるっと村を回ってきたのではないのか。それほど時間が掛からずに戻って来た蒼礼に、鈴華はびっくりしてしまう。

「奏呪は神出鬼没で有名だろ」

「そ、そうだけど。そういう移動方法があるわけ」

「まあな。体力を使うからあまり使わないが、今は時間が惜しい」

「ああ」

 いつの間にか、空は赤色から紫色へと変化し始めていた。真っ暗になるのはもう時間の問題だ。

「浄化してしまえば村の家を使う事も出来る。始めるぞ」

「わ、解った。私は何をしていればいいの」

「黙っていろ」

「りょ、了解」

 鈴華は他に言い方があるでしょうと思ったが、今は一刻を争う。すぐに護摩壇から離れると、見守る姿勢になった。

 それを確認すると、蒼礼は懐から札の束を取り出す。こういうこともあるだろうと、昨夜のうちに作っておいたものだ。ここで全部を消費することになるとは思っていなかったが、札はまた作ればいい。

 問題は気力がどこまで持つか、だが、今は先を考えている場合ではないか。

 蒼礼は旅が始まってからずっと術を行使し続け、さらに札を作り続けている状況に不安を覚えていた。だが、今は目の前のことをやらなければ休むことも出来ない。

呪禁封(じゅごんほう)()

 蒼礼は札の束を火にくべながら、呪言を続ける。

 それはまるで音楽のように、節を付けた言葉だ。鈴華はそれが意味することを聞き取れないながらも、心地よいなと思って蒼礼を見つめていた。

 しばらくそれが呪言が続くと、ぼわっといきなり火が強まった。蒼礼はそれに合わせて足を踏み鳴らす。反閇だ。そうやって四半刻ほど儀式が続いた。

「総てよ鎮まり、清らかに戻れ!」

 最後に蒼礼がそう叫んで手を打ち鳴らすと、篝火は天を衝くほどに燃え上がった。そして村がかっと光る。それは一瞬だったが強烈な光りだった。

「み、見えない」

 しばらく目がチカチカする。鈴華は首を振って視界を戻した。すると、蒼礼が膝から頽れるのが見える。

「そ、蒼礼?」

 鈴華は慌ててその身体を抱き留めた。蒼礼は完全に気を失っている。

「ど、どういうこと」

「十年振りに術を使ったくせに、無茶をする」

 戸惑う鈴華の耳に、凛とした女の声が聞こえた。

「っつ」

 驚いて振り向くと、そこには大戦の時と同じ道士服、たわわな胸の上に奏呪の証である龍家の紋が見える服を着た女がいた。

「そ、奏呪」

 鈴華は知らないが、それは奏刃だった。道士服だったのは馬一族の掃討に出ていたためである。その途中、あまりに大きな波動を感じ、慌ててその気配を追い掛けてきた結果、蒼礼が浄化の呪術をしているところに鉢合わせることになったのだ。

「虎の姫君。奏翼を渡して貰おうか」

 奏刃は随分と早く取り戻せることになったものだと、知らず笑ってしまう。もう少し時間が掛かるかと思ったが、ダニの蔓延が早かったせいで、蒼礼が先に倒れることになった。

「い、嫌よ」

 鈴華はぴくりとも動かない蒼礼をぎゅっと抱き締め、奏刃から距離を取る。しかし、動かない蒼礼は重く、それほど移動は出来なかった。

「気を失った奏翼を抱えて何が出来る。言っておくが、奏翼はしばらく目を覚まさないぞ。呪術とは己の生命力の酷使だ。修行し、絶えず呪術を使っていたならばさほど消費しないが、奏翼は十年もの間遠ざかっていた。術は完璧でも身体がついてきていないんだ。奏翼自身もこれほど早く枯渇するとは思っていなかったのだろうな。そんな中で気を失うほど術を使ったとなれば、下手すれば死ぬぞ」

 奏刃はすっと目を細めて、脅しではないからなと付け加える。こうして自分の能力の限界まで力を使ってしまった場合、他の術者から力を分けてもらうのが一番安全な回復法だ。


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