第23話 願い
「二人は町に戻って、キョンシーは来ないと教えてやれ。俺はもう行く」
「私も一緒に行くわよ。なに一人でどっかに行こうとしてるの」
鈴華はそう言うと、くるっと蒼礼の腕に抱きついてきた。蒼礼は止めろと慌ててしまう。
「お前な」
「離さないわよ。あなたしかいないんだから。例え最強最悪の奏呪の奏翼だろうと、もう、あなたしか頼れる人がいないの」
「・・・・・・」
見上げてくる目は真剣で、それは先ほどのキョンシーもどきたちが集団で襲ってくるような、そんな深刻な事態が頻繁していることを伝えてくる。
下々に対して治癒を施せる呪術師がいない。
それは紛れもない事実で、蒼礼にしか出来ないのも事実なのだ。
「沢山の呪術師に会ったわ。でも、あなたのように、治癒を使える人はいなかった。それだけじゃなく、私の話に耳を傾けてくれる人はいなかった」
「いや、耳は傾けていない。お前が無理やり」
「でも、それでも、あなただけだったから」
鈴華の訴えに、どうしようもないなと蒼礼は首筋を指で掻く。その様子を李期と李徳がにまにまと笑って見ているので
「早く戻れよ」
と追い払った。
「はいはい。旦那、ご武運を」
「またうちの町に立ち寄ってくださいよ。今度はもっとご馳走を用意しておきますから」
李期と李徳はそう言うと、足早に町へと戻っていった。彼らが今見たものをどう伝えるか、それは最後の言葉で推測できる。
「あいつら、馬一族のことは言わないつもりだな」
「そりゃあそうでしょ」
ようやく元の調子に戻った蒼礼に、鈴華はにっこりと笑っていた。
正直、躊躇いもなく、それも一瞬で五人を殺してしまう奏翼は怖い。でも、こうやって気楽に付き合ってくれる蒼礼が本当の姿だと信じたかった。
「お願いだから、奏呪として振る舞わないで」
思わず、ぎゅっと蒼礼の腕に抱きついて訴えてしまう。
「・・・・・・無理を言うな」
それに対し、約束はしない蒼礼だ。
胸には奏呪の証がある。そして自分はいつでも誰かを殺せる。
それでも隠れていないで先に進むしかないというのならば、進むだけだ。
蒼礼は鈴華の頭をぽんぽんと撫でると、次の村に向けて歩き始めた。
調査を続けていた奏刃は、ピリッと鋭く走った気にはっと空を仰いでいた。今のは明らかに、奏翼が呪殺を行った気だ。
「奏刃様」
横にいた奏銀も気づいたようで、顔が険しい。
「どうやら、殺さないというわけじゃないみたいだな」
奏刃は面白くなったと、くくっと喉を震わせて笑ってしまう。てっきり殺しが嫌になって奏呪を抜けたのかと思っていたのに、躊躇いなく呪殺することもあるようだ。
しかし、これはさらに問題を複雑にした。呪殺の能力を自ら封じず、いつでも使えるということは、謀反を起こせるということだ。
「悠長なことは言っていられなくなったな。早めに奏翼を捕獲する必要がある」
「はい」
奏銀も異論はないと頷く。
「さて、それと同時に誰がダニの使い手なのか、早く突き止めなければならない」
奏刃はそう言って、朽ち果てている生家を見つめる。月家もそうだったが、どちらもあの大戦以来、家に戻った者はいないことを示していた。手掛かりをここから求めるのは難しいらしい。
「奏刃様」
と、再び奏銀に呼ばれる。見るとひらりと舞う紙で作られた鳥がいた。奏呪の誰かが式神を飛ばしてきたのだ。
「奏刃様、先ほどの奏翼の気ですが」
式神がまずそう言う。声からして、都のことを任せてきた奏銀の双子の兄の奏金だ。
「それは気づいている。一体誰を殺した?」
「馬一族の者で間違いないと思います。馬一族は呪われていた当主を殺し、好き勝手に動き始めております」
「ほう」
面倒なことは続くものだ。奏刃の顔が険しくなる。
「すぐに都にお戻りを。陛下から馬一族掃討のご命令が出ると思います」
「解った」
キョンシーもどきを作り出すダニだけでなく、馬一族の反乱。本当にもう一度大戦を起こすつもりなのか。奏刃は思わず舌打ちをしていた。
しばらく無言で歩いていた蒼礼と鈴華だが
「あの人たちは、我慢できなくなったのね」
ぽつりとそう呟いていた。
同じく呪われた当主を抱える一族だ。思うことは色々とある。父の虎優達ほど酷いものではないだろうが、相当苦しめられているはずだ。そんな当主にとどめを刺し、こんな生活を強いた奏呪や皇帝に一矢報いる。そう考える者が出てきてもおかしくないのだ。
「そうだろうな。十年というのは、色んな物事が変わる節目なのかもしれない」
それに対し、蒼礼が言えるのはこれだけだ。自らの判断で呪いを解こうとは思わないし、解いたところでより一層苦しむだろうことが解っている。
しかも自分は奏呪だ。皇帝の決定を覆す事は出来ない。所詮は皇帝が命ずるままに呪術を使う、ただの物だ。




