第22話 奏翼
こうなる前にキョンシーもどきとなった人間を殺していたことも、蒼礼の箍が外れやすくなっていた原因だ。そこにこうやって奏呪としての入れ墨を見せる展開になってしまえば、それはもう相手を殺すことしか考えられなくなる。
「殺!」
「や、止めて!」
気迫で蒼礼の術を破った鈴華だったが、その願いは届かなかった。奏呪の呪殺の速さは、瞬きの暇さえ与えない。
どさっと五人が息絶えるのは本当に一瞬だった。
「・・・・・・」
蒼礼はそれを冷たく見下ろし、それから、自分に近づいて来た鈴華を見た。鈴華の顔は青ざめていたが
「殺さなきゃ、駄目だったの?」
そう問い掛けることは忘れなかった。
「解らん」
それに蒼礼が返せるのはこれだけだった。
殺すか殺さないか。その判断基準が完全に龍一族かそれ以外かになっていた。奏呪の頃のまま、大戦の頃のまま、蒼礼は殺すのに躊躇いが生まれることは一切なかった。
蒼礼は着物を直すと、李期と李徳の術を解いてやる。二人はその場にへなへなと座り込んでしまった。腰が抜けたのだろう。蒼礼はそんな二人に近づくことはなかった。
今の呪殺の現場を見てまで、蒼礼を治癒が出来る人のいい呪術師とは思えないはずだ。いつでも殺すことが出来る危険な奴。そう思ったことだろう。
「蒼礼。言い訳して」
鈴華が二人が蒼礼を見る目が変わってしまうことを危惧して言うが
「無理だ」
蒼礼はきっぱりと言っていた。
実際、治療をすることを引き受けたのは、虎一族への負い目があるからだ。自分が奏呪であったことを否定するためじゃない。
「俺は人殺しの奏呪なんだ。それも一番と言われた奏翼。お前が一番よく解っていることだろ」
それでも俺を頼るのか。蒼礼はじっと鈴華を見つめる。
逃げたのは、この身体に大きな呪いが施されているからだ。
それも自分では解決できず、死ぬ覚悟がなかったせいだ。
自分勝手で、どうしようもない。奏呪に殺されることさえ是と出来なかった。
あれだけ人を殺しておいて自分は殺せないのだから、甘ったれでもある。
そんな自分が、嫌で嫌で仕方がない。
奏呪としての証を消すことが出来ないように、自分が奏翼であることを否定出来ない。
それなのに、何をやっているのだろう。
「あなたは蒼礼でしょ。奏呪でもなく奏翼でもなく蒼礼だと言ったのはあなたよ。そしてその名前を使うからには、治癒をすると決めたのもあなただわ」
俯く蒼礼に、鈴華は切々とそう言ってくる。しかし、それだって詭弁だ。ただ、虎の姫から奏翼と呼ばれたくなかっただけだ。
「そしてあなたは、嫌な顔を一つせずに、さっきの宿場町の人たちを治癒したのよ。ねえ、お願いだから、この場合は仕方なかったと言い訳して」
それでも諦めずに鈴華は訴えてくる。蒼礼は言い訳して何になると睨んでいた。しかし、予想外に鈴華の横に李期と李徳が立っていた。
「あんたが俺たちを助けてくれたのは紛れもない事実だよ」
李期が、青い顔をしている蒼礼に向けて、きっぱりと告げた。それに、蒼礼は違うんだと首を振る。
「なあ、旦那。こうやって誰かを殺しちまって、それを一番許せないのは旦那自身なんだろ。それくらい、呪術師の殺しで嫌な思いをしてきた俺たちだって解る」
「・・・・・・綺麗事を言っても、仕方がないだろ」
李期の言葉を、蒼礼は何とか否定した。
今、自分の足元に転がる男たちが答えだ。こうやって、何の躊躇いもなく殺してきたことこそ、今の自分がいる。
奏呪として生きてきた事実は、数多くの命を手に掛けた証だ。何の躊躇いもなくその息の根を止めてきた証拠だ。
「ともかくだ。早いこと死体を片付けちまおう。誰かに見られると厄介だ」
押し問答を続ける三人に、李徳がやることがあるだろと手を叩いた。
確かに、ここに消し炭になったキョンシーもどきと馬一族の生き残りの死体を転がしておくわけにはいかない。
「簡単だ」
蒼礼は言うと、懐から別の札を取り出した。そして三人に離れるように言う。
「そのまま消えるとか、なしだからね。あんたを探し出すのに、どれだけ苦労したと思ってるのよ」
それに鈴華が警戒を露わにして言う。
(まったく、どうしてこの娘はこうなんだ)
蒼礼はちっと舌打ちしつつも
「逃げないから退け。死体と一緒に地中深くに眠りたいのか」
そう言って鈴華を下がらせた。
これで軽蔑してくれれば、ここで別れられたと思っているのに、どうやらそれは叶わないらしい。真っ直ぐな鈴華の目に、蒼礼は大丈夫だと頷き返すしかない。
そして
「没!」
死体に向けて札を投げると、そこの地面が陥没した。ついで
「復!」
もう一度札を投げると、今度は元通りの地面が現われた。もちろん、そこには死体はない。死体だけ地下に残して戻したのだ。
「凄い」
「やっぱり凄えわ」
「桁違いってやつなんだな」
それに三人が素直に喜ぶのだから、蒼礼はますますやりにくい。




