第21話 憎悪
翌日。蒼礼たちは朝早い時間から出発することにしていた。またわいわいと人が集まってくると、その分出るのが遅れてしまうからだ。というわけで、日も明け切らない時間に飯屋を出たのだが
「ありがとうな。また来てくれよ」
自警団の李徳が見送りに来ていた。
「ああ。ダニに注意してくれ」
蒼礼はそれに軽く返し、キョンシーもどきの対処を頼む。鈴華は横で満足そうに微笑んでいた。
これでようやく出発だなとそうなった、まさにその時――
「助けてくれ!」
「ぎゃああ」
「止めろ!」
どこからか大声が響いた。その場にいた蒼礼と鈴華、それに李徳と李期も声に向けて走り出す。声は街道へと続く町の外れからしている。
「キョンシーが」
さらにそう聞こえて、大変なことが起こっていると蒼礼は一層足を速めた。呪術師として、さらに山でも鍛えていた蒼礼は、他の三人を引き離して最初に現場に着く。
「なっ」
そしてそこで、キョンシーの集団が旅人五人を襲っているところを目撃することになる。
これは拙い。キョンシーもどきからダニを引き離してなんて、悠長なことを言っている暇がない。
襲われている旅人は男ばかり五人。この五人にダニが移る前に、すでにキョンシー化している人間たちのダニを死滅させなければならない。
そして、そのキョンシーもどきはざっと見積もって三十人。
「やるしかないか」
もう二度と使うことはないと思いつつ、常に懐に入れて持ち歩いている呪殺専用の札を掴むと
「殺!」
近くにいたキョンシーもどきを一撃で倒し
「炎!」
ついですぐに燃やしてしまう。
「なっ」
それに驚いた声を上げるのは、襲われていた旅人たちだ。加勢が来たことに喜ぶかと思いきや
「貴様、呪術師か!」
憎々しいとばかりに吐き捨てられる。
(まあ、これが普通の反応だな)
蒼礼は冷静にそう思い、残りのキョンシーもどきの退治に勤しむ。
旅人たちも恨みのある呪術師と一緒に戦うのは嫌だろうが、キョンシーに襲われるのはもっと嫌なのだろう。黙々と持っていた剣でキョンシーの心臓を一刺しにしている。
(武術の心得がある、か。面倒だな)
蒼礼は旅人たちが倒した死体も燃やしながら、残りの殲滅に全力を尽くした。
「蒼礼!」
と、そこに遅れていた鈴華と李期、それに李徳が追いついてきた。蒼礼はますます拙いなと舌打ちしてしまう。
「呪術師の仲間か」
旅人の一人が憎しみが籠もった目を鈴華に向ける。鈴華はそれに一瞬怯んだようだが、気丈にも言い返そうとした。しかし、蒼礼の術がそれより早く発動し、鈴華は声を出すことが出来なかった。それどころか、一歩も動くことが出来ない。李期と李徳も同じだ。
「こいつらは関係ない」
炭になっていないキョンシーもどきがいないことを確認し、蒼礼はそう言って旅人たちの前に立ちはだかる。
「かばい立てするなよ」
「呪術師は一人残らず殺してやる!」
一瞬の共闘はあったものの、男たちは憎しみを真正面から蒼礼にぶつけてくる。その目の強さに、下手な誤魔化しは良くないなと判断した。
「ほう。そこまで恨むとなると、あの戦で奏呪にとことんしてやられた一族の生き残りか」
だから、蒼礼はあえて挑発するように笑って訊く。
「貴様」
「まさか奏呪か?」
怒鳴る男と、剣を構え直す男。その他三人も蒼礼にのみ注目してくれている。
「そうだ」
蒼礼はあっさり肯定してみせると、証拠だとばかりに着物の袷を少し開けさせる。
「!」
鎖骨の下、そこに奏呪の者であることの証、龍家の紋章の入れ墨があった。
その入れ墨はあまりに有名だ。奏呪たちは必ず鎖骨の下、目立つ位置に入れ墨をしていて、戦の間、それを誇示するように大きく胸元が開いた道士服を着ていた。
まさにこの入れ墨は呪いの象徴なのだ。と、同時に奏呪が一人残らず皇帝である龍家の持ち物であることも示している。
それに男たちの目は驚きで見開かれ、次いで憎悪に満ちたものに変わる。
「ならば丁度いい。多くの同胞を殺してくれた奏呪め。この場で八つ裂きにしてくれる」
「我らは馬一族の生き残りだ!」
男たちはそう言うと、一斉に蒼礼に襲いかかった。
ここでこうやって刃向かってくるということは、馬一族の呪いに掛かった者はすでに殺された後なのだろう。蒼礼はその皮肉に笑いそうになる。
せっかく一人の犠牲で守られていた一族は、これを気に駆逐されることになるだろう。それこそ根絶やしだ。
「そうか、ならば死ね」
蒼礼は唇を吊り上げると、当たり前のようにその台詞を吐いていた。それに鈴華が大きく目を見開いたことにも気づかない。




