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着いたのは綺麗な二階建てのお家だった。
「さ、上がって上がって」
すぐにご飯にするからね~、といってお姉さんは奥に行ってしまった。
妹さんらしき女の子もささっと家の中に入っていった。
残されたのは、高野君と私。
「入れよ」
ぶっきらぼうに言うが、追い出しはしないところを見るに、やはり高野君は優しい。
「おじゃましまーす」
思えば、人の家にお邪魔するのは生まれて初めてだ。
生き抜くのに必死で友達ひとりいない。
温かみのあるリビングに入ると、お姉さんに席を勧められる。
「そこに座ってて。今ご飯持ってくから」
「お手伝いします!」
「いいのいいの。お腹空かした子は食べるのが仕事よ」
テーブルには美味しそうな食事が並べられていく。
「わ~。食べてもいいご飯って初めてです」
思わず見惚れてしまう。
「……!」
お姉さんと高野君が息を飲んだ。
何か失礼なことをしてしまったのだろうか。親に放置されて育ったので、常識が欠けていることは否めない。
「そういえばお名前なんて言うの?」
「河野紬です」
「可愛い名前ね。私は高野花織。そっちのちびが葉月ね」
「花織さんに葉月ちゃんですね。今日はありがとうございます」
お礼は大事だ。ご飯を恵んでくれる神様なんだから。
「いっぱい食べてね」
お言葉に甘えてお箸を取る。
でも、あまりお箸を握らないから、持ち方はわかっていない。とりあえず口に運べればいいのだ。
「ちょっと待っててね」
花織さんがそう言って持ってきたのは小さなお箸らしきもの。
「葉月が使ってたものだけど。こっちの方が持ちやすいと思うわ」
なるほど確かに握りやすい。
「ありがとうございます!」
美味しくご飯を頂く。
次はいつ食べられるかわからないから、沢山食べておかなければ。
「急がなくてもご飯は逃げないから、ゆっくり噛んで食べるのよ」
「誰も取ったりしねぇから。喉詰まらせるぞ」
高野君はコロッケを全部取ってしまったので信用ならないが、花織さんが言うなら言うことを聞こう。
「はぁい」
それにしても美味しい。冷めてないご飯は初めてだ。食べられれば何でもいいと思っていたが、温かいご飯がこんなに美味しいものだったとは。
それからすぐにお腹はいっぱいになった。
大満足である。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「残り物でよければ持って帰る?」
ありがたい申し出ではあるが。
「持って帰ったら捨てられちゃうから、やめておきます。こんなに美味しいもの捨てられちゃうのは嫌なので」
私がこんなにお腹いっぱい食べたのを知られちゃったら凄く怒られるだろうな。
「……紬ちゃん。これから毎日うちでご飯食べていかない? ほら、うち両親共働きでいないことが多いしその分ご飯が余っちゃうのよね」
「いいんですか?」
神様はここにいた!
「ありがとうございます!」
これで空腹と戦う日々とはお別れだ!
「幹人、紬ちゃんをお家まで送って行きなさい」
ひとりで帰れるけどな。それに高野君は嫌がりそう。
「わかった」
意外にも二つ返事だった。
「ほら、行くぞ」
「うん」
促されて高野君のお家をあとにする。
「今日はありがとうね」
「別に。おまえひとり増えたくらいなんの負担にもなんねぇし」
やはりぶっきらぼうにそう言う。
「あ、家この近くなんだ。ここまででいいよ」
「何でだよ。ここまで来たら家の前まで送る」
「だめだよ。誰かと一緒にいるところ見られたら怒られちゃう」
「お前、家でどんな目に遭ってんだ」
「別に。普通だよ」
「普通のやつは高1にもなってそんな貧相な体してねぇんだよ」
「失礼な。乙女に向かってなんて言い草」
「茶化すな。虐待されてるんじゃないのか」
背の高い高野君に見下ろされる。
「虐待じゃないよ。ちょっとご飯くれなかったりお風呂入らせてもらえなかったりするだけ」
「それを虐待って言うんだよ」
「そうだとしても、ここまで生きてこられたんだから大した問題じゃないよ」
「なんでそう能天気でいられるんだよ」
「生まれ持った才能かな」
私の言葉に高野君は呆れた目を向ける。
「何かあれば言えよ。知ったからには放っておくのも寝覚めが悪い」
「わかった。何かあればね」
ないと思うけど、と言うとまた呆れられた。
「ただいまぁ」
おかえり、と返ってきたことは一度もないがなんとなく言ってしまう。
うちも二階建てではあるが、この家に私の部屋はない。いや、正確にはある。一階の物置。物に溢れかえっていて歩きにくいが、コツを掴めば問題ではない。それに居場所があるってだけでありがたいというものだ。
「ちょっと!」
私の名前は、この家では誰も呼ばない。おかげでたまに忘れそうになる。呼ばれないと案外忘れてしまうものなのである。だから花織さんに紬ちゃんと呼んでもらえるのは嬉しかった。
「何?」
「何、じゃないわよ。こんな時間までどこほっつき歩いてきたわけ。洗濯物に皿洗いも終わってないじゃない」
「ごめんなさい。今やるね」
「さっさとしなさい」
母は専業主婦であるが、家事は私がやることになっている。女の子なんだからこれくらい当たり前、らしい。
別に不満はない。でも料理は母がするので、味見と称してつまみ食いをすることができないのは悔しい。
どうして私だけ、なんて感情はずいぶん前に捨てた。腹も膨れないものを持っているのは無駄なのである。それに思い悩まない方が空腹に耐えられる。小さい頃はお腹が空いて泣いたこともあったけれど、余計な体力を使うだけだった。今日はコロッケを前にして泣いてしまったけど。
この家での過ごし方はシンプル。母の機嫌を損ねないこと。弟の言うことに逆らわないこと。もちろん母の言うことにも。父はあまり家に帰ってこないから、思考は割かないでいい。
いつもはお腹が空きすぎて胃が痛くて、眠るのに時間がかかるけれど。今日はよく眠れそうである。
「幸せだったなぁ。温かいご飯も、名前を呼んでもらえるのも」
口に出すと、胸がぎゅっとなった。
望みすぎはよくない。首を絞めるだけだから。
「私はお客さん。高野君たちの家族にはなれないんだから。弁えないとね」
目を閉じる。
やはりすぐに眠りにつけた。




