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私の右手には今、500円玉という大金がある。
学校の帰り道、近所のおばあちゃんの荷物を家まで運んだら、お駄賃にとくれたのだ。
この500円でどんなおいしいものを買おうか、それとも少しずつ使って飢えを凌ごうか、天にも昇る気持ちで一番近くのスーパーに立ち寄った。
家で調理することはできないし、そもそも家で何かを食べてるところを見られるわけにはいかないので、ここは出来合いを買うこと一択だ。
総菜パンは少しお高め。だけどお総菜のコロッケなら1つ100円もしない。
五日間も飢えを凌げる。
決まりだ。
けれど、いざお総菜コーナーの前に立つと意識が遠のきそうになる。
そこに、むき出しの食べ物が、山になっているのだ。
理性が死にそう。手が伸びてしまう。
「おい、お前。取るならそこのトングを使え。非常識だ」
後ろからした声に、死にかけていた理性が一命をとりとめた。
「すみません、トング……って高野君。高野君もお買い物?」
振り返ればそこにはクラスメイトの高野君が立っている。
私の勝手なイメージだが、高野君はこのスーパーのような主婦率の高いお店とは縁がなさそうなので驚きだ。
「お前には関係ない」
突き放されるのは慣れっこなので怖くはないが、皆が怖がるのはこの言い方もあるのだろうなと思う。
そして今は高野君よりもコロッケ。私はコロッケが食べたい。
「てか、何も買わないならそこ退け」
高野君は私を押しのけるようにして、トレーに残っているコロッケを全部備え付けの袋に入れてしまった。
「待って! 一個譲ってください!」
「はぁ? お前が早くしないからだろ。諦めろ」
諦める? コロッケが目の前にあるのに?
「嫌だ。私コロッケ食べたい」
抑え続けた食欲が爆発して、いい歳なのに涙が滲む。
空腹で自我が崩壊した。
「お、おい……」
「早く取らなかったのは私のせいだけど、でも、でも」
全部取ることはないじゃないか。
「あ~、お兄ちゃんが女の子泣かしてるぅ」
「ちょっと、あんた大人気ないわよ。こんな小さい子泣かせるなんて」
高野君のそのまた後ろからカートに乗った女の子と、綺麗な女性が歩いてきた。
「は、はぁ!? いや、これはこいつが」
「言い訳とかみっともないから、やめな?」
美人さんの言葉に、高野君のこめかみがピクピクと動く。
「おい、お前も何とか言えよ」
「私、高校生です。高野君と同い年です」
「そうじゃないだろ! 今話してんのは!」
高野君は頭痛がするというように頭を抱えた。
「私はコロッケが食べたいです。とてもとてもお腹が空いています。それなのに高野君が一つ残らずコロッケを買い占めようとするんです」
「あんたねぇ、好きな子いじめるなんてガキっぽい事してんじゃないわよ。情けないわねぇ」
「はぁ!? なに勝手な事抜かしてんだよ!」
ぎゅるるるる
私の胃袋が猛抗議している。
「あらあら、ほんとにお腹空いてるのね。よし! じゃあうちにご飯食べに来なさいな」
綺麗な女の人は「ナイスアイディアね」と笑いながら私の背中を押す。
そして高野君は「なんで誰も俺の話を聞かねんだ!」と言いつつも、ちゃんと後ろからついてくる。
口は悪いし意地悪なのに、意外と押しに弱いのかもしれないな、高野君。




