小話 母の日の贈り物。
小話 母の日の贈り物。
それは今は少し昔、サリアがまだ幼かった頃。
五月に入った王華殿、とある日曜日の昼下がりの事だった。
「かあしゃま、かあしゃま」
まだ舌っ足らずな幼い皇女は、ぱたぱたと元気よく駆けて母の元に向かった。
そして程なく日当たりの良いテラスで、ゆっくりと寛ぐ母を見つけると目を輝かせて母の膝に飛び込んだ。
「かあしゃま!」
「まあまあ、どうしたのサフィー?」
クラヴィアは優しく微笑みながら、膝に縋る娘の頭を撫でて問いかけると、小さな娘はニコニコしながら手に持っていたものを差し出した。
「はい、どうじょ」
小さな娘がクラヴィアに差し出したのは、大輪の綺麗な赤いカーネーションだった。
その目の前に捧げられた花を見て、クラヴィアは思わず目を見張る。
「まあ、これは何かしら?」
「んっとね、かあしゃまへのプレゼント」
「プレゼント?」
「うん、今日は“かあしゃまの日”だってミアが言っていたの」
“かあしゃまの日”、それは恐らく「母の日」の事だろう。一年に一度、日頃慈しんでくれる母親に感謝する日であった。
どうやらその事をこの小さな娘は、“ミア”と呼んで慕う年の近い傍仕えの女官見習いから聞いたらしい。
そして自分でも母親に贈り物を贈りたくなったのだろう。
小さな自分に出来る精一杯の贈り物を選んで、こうして母の元に届けたのだった。
「これを母様に?」
「うん、そうなの! だって『“かあしゃまの日”には綺麗なお花をあげるのよ』ってミアが教えてくれたの。 そして今日が“かあしゃまの日”だから、サフィーお庭でいちばんきれいでおっきいのをかあしゃまにあげるの」
小さな娘が選んでくれた贈り物は、王華殿の庭園に咲く花一輪。
しかしそんな些細なものでもクラヴィアは嬉しくて胸が熱くなった。
「ありがとう、私の可愛いサフィー」
花を受け取ったクラヴィアは、膝元にいた可愛い娘を抱き締めた。
「うんだってサフィー、かあしゃまだいすきだもん」
「フフフ、母様もサフィーが大好きよ」
「うん」
王華殿、五月の日曜日の昼下がり。
陽光が優しく包むテラスの中で、そこには温かな絆を育む母娘の姿があった。