第67話「そこに潜む魔」
翌朝、颯太は澪と共に、都内某所の住宅街へと向かった。空は、まだうっすらと霞がかっている。
「これが、今回の案件だ」
澪がタブレットの画面を差し出す。ニュース記事が、いくつも並んでいた。見出しの文字だけで、事の重さが伝わってくるようだった。
「――子供の、失踪事件」
「この二週間で、四件。誘拐の痕跡はない。防犯カメラにも、それらしい映像は映ってない」
颯太は画面をスクロールしながら、眉を寄せた。どの記事も、似たような見出しばかりだった。
「四件とも、この地域なんですね」
「ああ。それと、共通点がある」
澪はタブレットの画面を一枚進めた。地図上に、失踪現場を示す、四つの赤いピンが表示されている。全て、この公園を中心に、半径数百メートル以内に集中していた。
「共通点、って」
「失踪する直前、みんな、"知らない子供"と遊んでいたらしい」
その一言に、颯太の右目の奥が微かに疼いた。
二人が向かったのは、住宅街の一角にある、小さな児童公園だった。昼間の今は、何の変哲もない、ごく普通の公園にしか見えない。滑り台とブランコ、砂場――颯太が普段、澪と待ち合わせる、あの公園と、大差のない光景だった。休日を楽しむ親子連れの姿も、遠くに見える。
「昼間は、これといって、異常はない」
澪が周囲を見渡しながら、言った。
「だが、夜になると、様子が変わるらしい」
「変わる、って」
「近隣住民の証言だ。誰もいないはずなのに子供の歌声が聞こえる、って」
颯太は砂場に視線を落とした。目には、何も見えない。だが、右目の奥、あの独特の疼きが、微かに反応している。
「――澪さん。ここ、何か、いる気配がします」
「――やっぱりか」
澪はしゃがみ込み、砂場の上にそっと手をかざした。
目には映らない何かを、確かめるように。
「霊的な残滓だ。普通の捜査じゃ、絶対に引っかからない類のやつだな。物理的な痕跡は、何一つ残ってない」
「気配の形、分かりますか」
「――輪、だな。何人かが、輪になって、そこにいた気配がある」
颯太の背筋に、冷たいものが走った。まるで、誰かが、この場所で、輪になって遊んでいたかのような気配だった。
「――これ」
「ああ。俺も、気になってた」
澪は目を閉じたまま、その気配をさらに丁寧に読み取っていく。真剣な表情のまま、しばらく集中を切らさずにいた。
「子供の気配にしては、数が合わない。失踪した子供は四人。だが、この気配は、明らかに、それ以上の人数分ある」
澪はそう言いながら、目を開けた。その目には、既に警戒の色が浮かんでいる。宙にかざした手は、まだその気配の輪郭を静かになぞっていた。
颯太の背筋に冷たいものが走った。この静かな公園の下に、何か、得体の知れないものが、確かに潜んでいる――そんな予感があった。
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その日の午後、颯太たちは、失踪を免れた、近所の子供たちへの聞き込みに、時間を費やした。澪が、警察関係者を通じて、あらかじめ手配していた面談だった。
「――知らない子と、遊んだの」
最初の子供は、そう証言した。母親に付き添われながら、俯き加減に、ぽつぽつと話す。まだ、あの時のことを、十分に消化できていないようだった。
「その子、どんな見た目だった?」
「男の子、だったと思う」
次に話を聞いた子供は、また違う証言をした。人懐っこそうな笑顔で、身振り手振りを交えながら。
「女の子だった。すごく、可愛い子で」
三人目の子供は、さらに違う答えを返した。少し人見知りする様子で、母親の陰に隠れながら。
「お姉ちゃん、だったよ。優しくて、遊んでくれた」
四人目は、こう言った。淡々とした口調で、まるで他人事のように。
「僕と、同じくらいの歳の子。名前は、教えてくれなかったけど」
颯太はこれまでの証言を、頭の中で静かに並べ直した。男の子、女の子、お姉ちゃん、同年代の子――見た目は、まるで統一性がない。それなのに、失踪した状況だけは、不気味なほど似通っていた。
全員の証言を聞き終えた頃、颯太と澪は公園のベンチに、並んで腰を下ろしていた。西日が二人の影を、長く地面に伸ばしていた。
「――バラバラですね、見た目が」
「ああ。だが、共通してる点もある」
「共通点?」
「全員、"その子と一緒にいると、すごく安心した"って言ってる」
澪の声に確かな緊張が滲んだ。膝の上、握りしめた拳に僅かに力がこもっている。
「もしかして」
颯太は思わず口を開いた。
「同じ相手が、それぞれの子供にとって、一番、心を許せる姿に、化けてるんじゃ」
澪は静かに頷いた。
「俺も、同じことを、考えてた。だとしたら、これは――」
「相手の、一番、大切な人間を、利用する妖怪」
その言葉が、颯太自身の口から出た瞬間、背筋に鈍い悪寒が走った。もし、それが本当なら、この妖怪はこれまで対峙してきた、どの相手よりも性質が悪い。人の心の一番柔らかい部分を、平然と踏みにじる存在だということになる。
これまで戦ってきた、橋姫や産女――彼らには、それぞれ悲しい過去や、深い恨みがあった。だが、この妖怪は、そうした感情の発露とは明らかに違う。ただ、人間の一番大切な想いを、道具のように利用しているだけだった。
夕暮れの空が、次第に、赤く染まり始めていた。公園の砂場、あの目に見えない気配の輪だけが、長く伸びた影の中、静かに、そこにあり続けていた。




