第62話「審問の刻」
天海が静かに口を開いた。
「まず、結論から伝えておきます」
颯太は思わず姿勢を正した。背筋に、緊張が走る。
「彼岸として、あなたを正式な構成員として迎える。この方針は、既に固まっています」
その一言に、颯太は静かに息を吐いた。東京での話が、既に、ここでも共有されていたことを、改めて実感する。肩から、僅かに力が抜けていく感覚があった。
「一連の経緯は、陣内からの報告と西条からの書類、両方で把握しています。くだんとの交戦、その後の経緯についても」
天海の視線が颯太を、まっすぐ捉えた。
「ですが、書類だけでは分からないことがあります。今日は、それを確かめさせてください」
「――分かりました」
颯太は深く頷いた。
三条が静かに身を乗り出した。
「颯太くん。一つ、聞きたい」
「はい」
「君は、彼岸という組織に忠誠を誓えるか」
その問いは、これまでの、どの言葉より重く響いた。会議室の空気が、一段と張り詰めていくのが分かった。
「忠誠、というのは」
「御座に、そして、この組織の決定に従う覚悟があるか、ということだ」
颯太はしばらく言葉を探した。安易に頷くことも、拒むことも、正しいとは思えなかった。頭の中で、これまでの出来事が、次々と巡っていく。玄一の言葉、
澪の支え、そして、自分自身が、何のために戦ってきたのか。
「――全てに無条件で従うことは、できないかもしれません」
その答えに、三条の眉が、僅かに動いた。財前が、思わず身を強張らせる。
「ですが」
颯太は続けた。
「彼岸が正しい方向を向いている限り、俺は全力で力を貸します。それが、俺なりの、誠実さだと思ってます」
部屋に一瞬、緊張が走った。
「――ほう」
三条が静かに呟いた。その表情からは感情が読み取れない。
「小僧にしちゃ、ええ返しやなかい」
黒川が口の端を上げた。長机に、肘をついたまま、颯太を興味深そうに見つめている。
「無条件で従う、なんて言うボンクラ、俺は信用できひん」
「銀」
三条が低く咎める。だが、黒川は肩をすくめただけだった。
「三条さん。今の答え、悪くないと思いますが」
陣内が静かに口を挟んだ。いつもの気だるげな口調とは、少し違う、はっきりとした声だった。
「盲目的な忠誠より、自分の意志を持った上での協力の方が長い目で見て、組織のためになる。俺はそう思います」
「陣内。お前の意見は聞いていない」
三条の声が僅かに鋭くなる。だが、陣内は、それ以上引かなかった。
「聞かれてなくても、言わせてもらいます。俺がこの場に呼ばれたのは、颯太の後見人としてでもあるはずです」
その一言に、颯太の胸がじんわりと温かくなった。
「三条さんよ」
財前も静かに口を開いた。普段の豪快さを抑えた、真剣な声だった。
「颯太の覚悟は俺が保証する。多摩川で凪と対峙して、くだんを一人で倒した。それだけで、十分すぎるくらいだ」
三条はしばらく、二人を見比べていた。それから、小さく息を吐く。
「――分かった。今の答えで良しとしよう」
颯太は密かに、安堵の息を漏らした。掌に、じんわりと汗が滲んでいるのに、今更ながら気づいた。
天海が静かに続けた。
「次は、私から」
颯太は改めて、姿勢を正した。天海の視線には、これまでとは違う、鋭さがあった。まるで、心の奥底まで見透かされているような、そんな感覚があった。
「颯太くん。くだんとの戦い、あの一部始終、私は見ていました」
颯太は思わず、目を見開いた。
「――見ていた、って」
「式の目を通して。烏の目は、彼岸が把握すべき事案には常に届いています」
その一言に、颯太は背筋がじわりと冷たくなるのを感じた。あの夜、一人だと思っていた戦いを、誰かが、ずっと見ていた。くだんとの死闘、そして、あの予言の瞬間まで――全てが、この人物の目に映っていたのだ。
「怖がらせるつもりはありません。ただ、事実として知っておいてください」
天海の声は、静かだったが、有無を言わせない響きがあった。
「その上で、聞きたいことがあります」
「――なんでしょうか」
颯太は、僅かに、身構えた。
「くだんの最期の言葉。"堕ちる。そして、最悪を選択する"――あなたはこれを、どう受け止めていますか」
その問いに、颯太はしばらく言葉を失った。
部屋の空気が静かに張り詰めていく。天海の目は、颯太の答えを、一言も逃すまいとするように、じっと注がれていた。他の三人も、皆、口を挟まず、颯太の言葉を待っていた。




